第24話 悪魔の部屋
私服に着替えた悪魔の部屋に
「なんにもないねぇ」
ベッドとカラーボックス以外で目につくものがない、がらんとした部屋を見て、彼女は開口一番にそう言った。
三段あるカラーボックスの中はいずれも一つとして物が収納されておらず、ただの空洞と
部屋はクローゼットを除いて六畳の広さがあり、一人で生活する分にはちょうどよい広さのはずなのだが、ベッドとカラーボックスしか床の上に置かれていない今の状況ではやたらと広く、そして物寂しげに見えた。
「はい、クッション」
佐久間は胸に抱えていた二つの丸い水玉模様のクッションの片方を悪魔に差し出した。
悪魔は前払いという形で一か月分の給料をもらっており、生活に必要な分を差し引いてもある程度であれば自由にお金を使える状況ではある。けれど、これと言ってほしいものもなく、悪魔が手をつけた金額は
アタンで悪魔の体をしていた頃は一か月丸々何も食べなくても何ともなかったのだが、この地球に飛ばされたときに体を人間のものに創り変えられており、慣れない悪魔にとっては一食でも抜くと耐え難い空腹感に襲われるのである。
この世界にきて初めて悪魔が苦しめられたのが空腹感だったというのは、行き倒れた天使に通ずるものがある。
もし互いがそのことを知ったら、どんな風な反応を見せるのか。
片や「くっくっく、あり得ない」、方や「冗談は笑い方だけにしてくれ」などと言うのだろうか。
それは非常に興味深い仮定だが、犬猿の仲の彼らがざっくばらんに日本に来てからのことを語り合うなど、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ない。
仮定はあくまでも仮定で、現実は遥か遠く、手の届かないところにある。
「それ、あっくんにあげる」
半ば押し付けられる形でクッションを受け取った悪魔に、佐久間はそう告げる。
そのまま彼女は悪魔の部屋の真ん中あたりに彼女の分のクッションを
「あっくんも早く。話あるんでしょ。早くしないとお母さんがご飯呼びに来ちゃうよ」
佐久間は「こっちに来て」と言うように隣の床をぽん、ぽんと手のひらで叩く。
彼女の前に悪魔がクッションを敷こうとすると、彼女は不機嫌な顔をしてさっきよりも強く床を叩き始めた。……どうやら正面ではなく隣に座れということらしい。
この地球では、話をするときに相手の隣に座るのが普通らしい――と誤ったことを覚えながら悪魔は彼女の横にクッションを置き、その上に
隣に座る彼女からは、ほんのりと甘い香りがした。
「で、話って?」
顔を向けた彼女が、息がかかりそうなほど近くで問うてくる。
「誰かの顔をこんなに近くで目にするのは
が、それも一瞬のこと。
佐久間が部屋を訪ねてくるまでに考えていたシナリオを頭に思い浮かべながら、彼女に伝えるべき言葉を
「この数日、何か俺の記憶を取り戻す手がかりになりそうなものはないかと周りに気を配って生活しているのだが、どうにもピンとくるものが一つもない」
それもそのはず。悪魔はそもそも別の世界の住人だったのだから。繰り返しになるが、記憶喪失というのも真っ赤な嘘である。
「このままだと、一生記憶を失くしたままかもしれない。……そう考えるだけで、夜も眠れなくなる」
「警察から俺の知人が見つかったという連絡も今のところないし、期待するだけでは事態は一向に変わらないと思う。やはり、俺自身が記憶を取り戻すためにできることをやるべきだと、そう思ったのだ。……そこで無理を承知で佐久間に頼みたいのだが、俺にこの世界について色々と教えてくれないか? そうしたら何か思い出すこともあるかもしれない。それに、記憶のない俺にとってこの世界は異世界も同然。他人から譲ってもらった地図を手に、右も左も分からない中で旅をしているようなもので、早くこのふわふわとした状態から抜け出したい」
色々とこの世界のことを教えてほしいと申し出る悪魔――ああ、本当に、天使と悪魔には通ずるところがある。対極の存在と言えど、アタンで十三の大陸を巡って長年争ううちに、天使と悪魔は仲良しこよし――互いの影響を色濃く受けてしまったということだろうか。本人たちが聞けば
「……それはできない相談かな」
しかし悪魔の場合、天使ほどスムーズに事が運ぶことはなかった。
佐久間に断られるとは思っていなかった悪魔は束の間絶句し、平静を装いながら、
「……理由を聞いても?」
と問う。
その問いに対する彼女の答えは至ってシンプルで、
「だってさっきの言葉、あっくんの本音じゃないでしょ」
彼女はこてんと首を可愛らしく傾げて、
「はっきりとどこが嘘だとか、そういうのまでは分からないけど、でもあっくんが嘘を言っているっていうのは分かるの。――私はそういう風にできているから」
彼女はほんのちょっぴり寂しげに顔を
その表情の理由を――悪魔は
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