第2話 スカーレットと兄夫婦
私ことスカーレット・セラーは伯爵家の令嬢だ。
上には兄夫婦がいて家督はそちらが継ぐことになっている。
貴族の娘というのは政略結婚のための道具であり、私も例外ではなかった。
まだ私が幼い頃に親戚筋の紹介で決まった婚約者は公爵家の三男坊だった。
公爵家は王家の分家であり、もしもの場合は王位継承もありえる偉い家だ。
そこそこな家柄の娘と婚約するなんてと思ったが、あちら側も家督を継がないようなので丁度いいと言われた。
家督は長男、何かあれば次男が補佐するので三男というのは貧乏くじらしい。
それでも流石は公爵家。私の婚約者であるマーベラスは同い年の次期国王であるジン王子の側近となった。
王子の近衛騎士としてマーベラスは育てられ、私はその都合で王子とも会う機会が増えた。
冷静で真面目な性格の王子と感情的で熱くなりやすいマーベラスの二人は見ていてヒヤヒヤすることも多かったが、それでもなんとかやってこれた。
「スカーレットは落ち着いていて一歩引いた振る舞いをしているな」
「あぁ。オレとしてはつまらない女だが、親が決めたんだ。大人しく従うさ」
そんな二人の会話を偶然聞いてカチンときたこともあったが、未来の騎士団長の妻として恥をかかないようにお淑やかな良妻になるべく我慢して来た。
外では大人しい令嬢の仮面を被りながらたまに現役騎士の叔父に胸を借りながらストレスを発散したりして過ごしていた。
貴族の子供達が通う学校に通うようになってからは人付き合いに苦労することもあった。
中でも困ったのがマーベラスの女癖の悪さだった。
学校では同級生達と一緒に手当たり次第に美しい女の子達に声をかけては食事に誘っていた。
流石にこれはまずいと注意をしたのだが、
「ふん。オレがモテるから嫉妬でもしているのか? だが生憎とこれは将来のための行動なんだ。オマエにどうこう言われる筋合いはない」
将来のため。そう言って仲間と笑い合うマーベラス。
騎士団が男所帯でそういう人付き合いの仕方もあるというのは理解している。
ただ、それをするのは婚約者のいない者や下っ端の者であって決して王子の側近で騎士団長を目指す人間のやることではない。
むしろ暴走しそうになる部下を諫めるのが役目なはずだ。
側近の悪評はそのまま主人の評価に繋がる。このままではジン王子に迷惑をかけてしまうのにマーベラスは全く言うことを聞いてくれなかった。
なので仕方なく私は学校に通う令嬢達に事情を話してマーベラス達の暴走に悪ノリしないようにと釘を刺して回った。
時には身分が上の令嬢に頭を下げにいったものだ。
大半の娘達は苦笑いしながら私の肩を叩いて応援してくれた。
中にはマーベラスと一緒に女遊びをする婚約者がいる娘もいて慰め合ったりもした。
男共は学生時代の、それも一時的な遊びだと気楽にしていたが裏では女同士の交渉が行われていたのだ。
そんなことをしていれば当然私とマーベラスの距離も前以上に離れて行った。
婚約者同士でありながら言葉を交わすことも減り、なんとなくお互いを避けるようになった。
それでも私がマーベラス達のために動き回ったのはジン王子に迷惑をかけないため、兄夫婦を面倒事に巻き込まないためだ。
甥っ子が産まれて家督を継いだばかりの優しい兄と私の女の師匠である義姉がいなかったらここまで我慢出来なかった。
学校に通い始めて三年が経った。
この国では学校を卒業すると同時に成人として迎え入れられる。
そうなってしまえばマーベラスはジン王子の近衛騎士としてこれまで以上に厳しい鍛練を積んで職務に励まなければならない。
これでやっとあの婚約者も大人になってくれるだろうと私は思った。
「あらスカーレットちゃん。なんだか嬉しそうね」
「えぇ、義姉さん。やっと私の苦労も報われる時が来るんだなって」
「妹が急に奇行に走った時は驚いたがそれももうすぐ終わりか」
「あら兄さん? 叔父さんと一緒に私と汗を流したいんですか?」
「それは素敵なお誘いねアナタ。最近お腹周りがだらしなくなっていたものね」
「か、勘弁してくれ!!」
こうやって兄夫婦と一緒に暮らしていられるのもあと僅か。
学校の卒業と同時に私はキュラソー公爵家に嫁入りしてマーベラスと夫婦になる。
「そうだ。スカーレットに成人祝いを渡さないとな」
兄夫婦がそう言って用意してくれたのは一本のボトルだった。
ラベルに書いてあるのは私が生まれた年の数字だ。
「我が伯爵家では子供が生まれた時に酒を買って成人まで保存するんだ。そうして大人になった時に自分の生きた年数の味を楽しむという風習がある」
「兄さんの結婚式で開けたボトルも?」
「そうだ。……まぁ、俺の時はハズレだったから癖が強かったがいい思い出さ。だがスカーレットの生まれ年は一番良い物だとも言われている。とびっきり美味しい酒が飲めるぞ!」
「これをマーベラス様と一緒に飲みなさい。そして二人の今後についてしっかり話し合うのよ。お酒が入った状態ならお互いの本音も言い合えるでしょうし」
二人の優しさに涙腺が緩む。
多分、私とマーベラスはこの二人のようにはなれないだろう。
けれども少しでも近づけるように努力はしよう。
あんな男でも騎士として自分より弱い立場の人間には優しいところだってあるのだ。
「うん。私頑張ってみるわ!」
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