第14話 治癒と布石

 六月七日、陸軍の一木支隊や海軍陸戦隊がミッドウェー島に上陸してほどなく、同島守備隊は白旗を掲げた。

 この時点でミッドウェー近傍海域には機動部隊に攻略部隊、それに主力部隊が集っていた。

 帝国海軍の戦力の過半を前にしては、ミッドウェー守備隊に勝機は無い。

 事前の空母艦上機による空襲や、第七戦隊の四隻の重巡洋艦による艦砲射撃もまた効果をあげたはずだが、それにもまして降伏の決定的な要因となったのは米機動部隊が撤退したことだろう。

 友軍艦隊が敗れ、制空権と制海権が敵に奪われた時点で孤島の守備隊の運命は決したも同然だ。

 第一航空艦隊司令部の中にはロクな抵抗もみせず早々に降伏したミッドウェー守備隊指揮官を怯将扱いする者もいたが、俺個人は守備隊指揮官が見せた米国人が持つ合理的思考に胸中で称賛を贈っている。

 愚にもつかない精神論を掲げ玉砕を大量生産したどこかの国の間抜けな軍隊よりはよほどマシだ。


 一方、俺のほうは米機動部隊との激闘の後はもっぱら治癒魔法を使って負傷兵の救命や治療にあたっていた。

 女神からもらえるチートについて、万能型魔法を選択した俺はリザレクションのような死者を復活させる超スペシャル魔法こそ扱えないが、それでも重傷者の傷を回復させる程度のことは可能だ。

 直撃弾を食らった艦こそ無かったものの、至近弾を浴びたり機銃掃射にさらされたりした艦は少なくない。

 つまり、その分だけ戦死者や負傷者がいるということだ。

 だから、俺は艦上機や内火艇で「赤城」に運ばれてくる負傷者を治癒魔法を使って次々に治していった。

 傷が深ければ深いぶんだけ消費する魔力も激しいが、そこは南雲長官からゴチになっている美味い士官メシや差し入れの有名な某羊羹、それに十分な睡眠で回復出来る。

 この行為に関しては、傷ついた将兵を助けたいというのはもちろんあるが、それとともに保身あるいはこの後に起こるであろうことへの布石といった意味合いが大きい。

 そのためには一航艦将兵を味方につける必要がある。


 そんな腹に一物を抱える俺の治癒魔法は負傷した将兵からすれば魔法で無ければ文字通り神業のように見えたはずだ。

 特に軍医が見放すような重篤な者はそれが一層強く感じられていたらしい。

 治癒魔法によって一命をとりとめた将兵は涙を流して俺に感謝し、芋づる式に戦友や上官もまた俺に感謝する。

 そうして一航艦の中で俺の存在が知れ渡るとともに、その評判はうなぎのぼりとなる。

 すべては俺の計算通りだ。

 一方、顔に泥を塗る形になってしまった軍医には嫌われるかなと思っていたが、意外にそうではなかった。

 軍医が手の施しようがないとあきらめざるを得なかった重傷者を俺が救ったことによって、つまりは患者が死なずに済んだことで少なからず気持ちが軽くなったらしい。

 手の施しようがあろうがなかろうが、自分が診た者が死ぬのはやはり嫌なのだそうだ。


 負傷者の治療が一通り済んだあとは、病人のほうの治療にもあたった。

 源田中佐たっての依頼で真っ先に手術直後で体調が万全でない淵田中佐の回復をはかる。

 病気も怪我と同樣、その人間のダメージの程度によって魔力消費が違ってくるのだが、淵田中佐の場合は極めて軽くて済んだ。

 放っておいても時間が経てば自然に良くなるのだから当たり前と言えば当たり前だった。

 さらに余裕の出来た俺は不眠不休の一航艦司令部員たちにも回復魔法を使って疲労を取っ払ってやる。

 ここ二、三日は極度の緊張や興奮、それに寝不足によって本人が自覚する以上に疲労は蓄積している。

 それに、この後には「大和」乗り込んで一航艦司令部員たちとともに連合艦隊司令部と一合戦やらかすつもりなのだから、味方には元気でいてもらわなければならない。

 特に連合艦隊司令部は米空母を一隻も沈めなかったどころか攻撃隊すら出さずにいた一航艦の責任問題を追及してくるだろう。

 機動部隊の背中に隠れるようにして、決着が着いた頃にノコノコと戦場にやって来た連合艦隊司令部員らはスタミナ十分なはずだ。


 「どうしてくれようか」


 そんな剣呑なことを考えている俺の元に源田中佐がやってくる。


 「連合艦隊司令部より一航艦司令部に対して『大和』に参集せよとの命令が来ました。申し訳ないのですが我々に同行してもらえないでしょうか。今一度ジュンさんのお力添えをお願いしたいのです」


 何ですか? という天下の海軍参謀様に対してたいへん無礼な視線を投げかけたのにもかかわらず、源田中佐はさして気にする様子もなく事情を説明してくれた。


 「了解しました。ところで、連合艦隊司令部はこの戦いの結果を受けて一航艦に対して何を言ってくると考えますか。その内容に沿って事前に頭の整理をしておきたいと思うのですが」


 俺の承諾にホッとした表情を見せたのも束の間、その後の質問に対して源田中佐は少し顔をこわばらせる。


 「一番の議題、あるいは争点となるのは一航艦が米機動部隊に対してとった方針だと思います。これだけの大艦隊、大戦力を投入していながら結局は駆逐艦の一隻すらも沈めることが出来なかった。戦い方が消極的だったとして連合艦隊司令部が一航艦に対して不満を抱いていることは間違いの無いところでしょう」


 「分かりました。防御全振り作戦の言い出しっぺは俺ですからね。

 それに、源田中佐から依頼が無くても俺は『大和』に行くつもりでした。連合艦隊司令部に対しては少しばかり言ってやりたいことがありましたので」


 そう言って俺はニヤリと笑ってみせる。

 それに対し、源田中佐も困った笑みをみせるが目は笑っていない。

 源田中佐もまた、連合艦隊司令部に対しては思うところがあるのだろう。

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