第22話 過影対峙
三人は建物の外に出た。扉が開けっ放しになっていたので簡単だったのだ。
「入る時に閉めなかったのかよ」
豊平が扉を締めながら言った。敦は湿り気の在る外の空気に触れて少しだけホッとしていた。
「ええー、どうだろう?」
川崎は最初に建物内に入って、そのまま奥に進んでいってしまったので扉のことには関心が無かったようだ。
「覚えていない」
最後に入ったのは敦だったが、良くは覚えていなかった。あの時は先頭を行く川崎の行動に呆れていたのしか記憶にないのだ。
「あの猪もここから入ってきたんだろうな……」
「そうかもな……」
鼠がドンドンと扉に当たる音が聞こえる。
(何かに怯えている?)
彼らは外に出たかったのかも知れないと敦は考えた。
(外に出たいだけなら俺らのことを無視するかも知れないな……)
三人の持ってきた荷物は建物の中のままだ。敦は荷物を放置して帰るのは気が引けてしまっていたのだ。
(いやいや、外で襲われたら逃げ場が無いぞ)
考え直した敦は扉を開けるのを諦めた。
「参ったな……」
「荷物を持ってくる暇が無かった」
川崎や豊平も荷物のことは気にしているようだ。
ここで、じっとしている手もあるが、鼠が何処かの隙間から抜け出てくる可能性もある。
「少し、外でやり過ごして鼠の興奮が収まるのを待とうか……」
敦が提案してみた。
「いやいや、拙いだろ」
だが、豊平が異議を言い出した。
「なんで?」
「雨もいつの間にか止んでいるし……」
今、雨は降っていない。だが、時刻が問題であった。
外は夕焼けで辺りが赤く染まっている。陽が落ちて漆黒に包まれるのもまもなくであろう。
「暗くなる前に車に辿り着けないと暗闇の中を歩くことになるぞ」
「……」
「廃病院で一泊は簡便だな」
「ああ、昼間でさえああいう感じなのに夜中だともっと凄いんだろうな」
「止めてくれよ……」
敦は地下で見た黒目の連中を思い出してしまったようだ。
あの黒目の連中が夜中に病院を徘徊している様子を想像してしまったのだ。
「じゃあ、荷物は後日取りに来る事にして車まで戻るか……」
「そうしよう」
「うん……」
三人は建物から離れて門に向かって歩き出した。正直、敦はホッとしていた。
ところが、いつまで経っても門に辿り着けなかった。
「こんなに遠かったっけ?」
「もっと、近い印象だったような……」
「門から建物が見えていたじゃん」
廃病院に来る時には門を通り過ぎて五分程度で建物に着いたはずだ。それに道は真っ直ぐだったのを覚えていた。
いくらなんでも間違えようがないように思える。
「通り過ぎたとか……」
「いや、見過ごすわけ無いだろ……」
「あの白い奴は門の側に有った奴じゃね?」
豊平が前方の木を指差しながら言った。
見ると干からび池から門の途中にあった白い紐が見えていた。それが木から無数にぶら下がり風になびいている。
「……」
「やっぱり、アレは何らかの儀式に使われてたもんなんだな」
「じゃあ、五芒星の方角の一つが此処ってこと?」
「そうなるね」
「だったら、門に向かう方角じゃないって事じゃないか」
「引き返そう」
「了解」
「分かった」
三人はもと来た道を引き返そうとした。
「待て!」
「どうした?」
「何か動いてる……」
見ると森と廃病院との境目らしき藪の中を何かが動いていた。そして、三人がジッと見つめていることに気が付いたのか動きを止めてしまった。
藪の中は夕闇に沈んでいてハッキリとは分からない。十メートル程離れているので携帯ライト如きでは光が届かなかった。
「何だアレ……」
「……」
「……」
正体が不明なモノと対峙して緊張する三人。
「!」
緊張に耐えきれなくなった敦が足元にあった石を藪に向かって投げた。
ごんっ
何かに当たったようだ。少し鈍い音が返ってきたのだ。
「おい、何をするんだ!」
「だって……」
「人間だったらどうする」
「いや、逃げて行くぜ……」
見ると藪の中の黒い影は遠ざかっていくようだ。ズザザッと音だけが聞こえていた。
三人はそちらにライトを向けたままでいた。戻ってきたら困るからだ。
「本当に人間だったのかな……」
「猪だったのかも」
「そう言えば人の顔をした牛って都市伝説があるじゃん」
豊平がそんな事を言いだした。
「件(くだん)の事?」
「件(くだん)って何だ?」
敦が聞いた。都市伝説というからには怖い話に違いないとは感じていた。
「江戸時代末期に広まった都市伝説みたいなものさ」
川崎が答えてきた。
「言い伝えでは牛から生まれて人間の言葉を話すとされているんだ」
「生まれて数日で死ぬけど、その間に作物の豊凶や流行病・旱魃・戦争など重大なことを予言をするそうだ」
「へぇ……」
二人は都市伝説の類が好きなこともありペラペラと詳細に語ってきた。
「そうそう、アレの猪版が出現したって噂を聞いたことがある」
「猪件の影は『お前は最初から誰にも愛されていない……』と言い残して掻き消えてしまうんだそうだ」
「予言じゃないような……」
「誰にも愛されていないって事実じゃん」
「おい、その攻撃は俺に効くから止めて差し上げろ」
ここで三人とも笑いだしてしまった。相次ぐ異変に神経が参りかけている。
それを察した豊平が和ませようと話を持ち出したのを敦も川崎も分かっていたのだ。
「気持ち悪いからこっちから建物を回り込もうぜ」
「そうするか……」
建物の中を見た感じでは大きい印象は持っていなかった。回り込むのも容易であると三人は考えたからだ。
「藪を漕いで行くのは大変だからこの道を使わせてもらおうか……」
「え?」
「これって獣道って奴だろ」
「うん」
「この獣道って猪が付けた奴だろ」
「たぶんね」
「途中で猪にバッタリ遭ったらどうするんだよ」
突進してくる猪を思い出して敦はブルッと震えてしまった。今度は避けきれないような気がしていたのだ。
「いや、大丈夫。 向こうが避けてくれるから」
「そうなのか?」
「どうして?」
「ああ、猪とかは基本的に臆病なのよ」
「でも、地下では襲ってきたじゃないか」
「うん」
眼光鋭く自分たちを見据えて、鼻息を荒くしながら突進してくる猪の姿を思い出した。
「あれは逃げ道が無いからなのよ」
「ああ、廊下の真ん中だったから前後にしか動けないものね」
「後ろには下がれないから前進するしかなかったのか……」
「そう。 だから、前進して攻撃するしか彼らに手段が残っていなかったのよ」
「だから向かって来たのか……」
「ほう……」
「今度は何処にでも逃げれるから、大きな声を出して歩いていれば彼らは避けてくれるよ」
「そうか、さすが山登りの達人やね」
「任されて……」
「うははは」
建物を回り込もうとした時に、敦はまた白い紐を見つけた。
「あそこにも紐があるな」
「ああ、角度的に五芒星の方角っぽい」
川崎は振り返って建物と白い紐と見比べていた。それは廃病院に来る時に有った白い紐と同じでビニール製だ。
ここで敦は或ることに気が付いた。
(建物が見えているのに何で門のある場所を間違えたんだ?)
何かに誘導されているのではないかとの疑念を敦は抱き始めたのだった。
「ちょっと、見てみない?」
この状況下で豊平がそんな事を言い出した。
どうやら、門の所で見かけたのと同じなのか興味を持ってしまったようだ。好奇心の強い豊平は恐怖より興味の方を優先するタイプなのだろう。
「止めようぜ」
「ええー」
当然、早く車に戻りたい川崎と敦は抗議した。
彼らは意味不明なモノには極力関わりたく無いタイプなのだ。
「ちょっと、見るだけだって……」
そう言って、豊平はザッザッザッと白い紐目指して、一人で藪の中に入って行ってしまった。
残された二人は唖然としてしまった。
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