第四話 リンリンと天使(下)

『あ、んんっ。随分と脱線してしまいましたが、話を続けますね』


 顔はまだほんのり赤いものの、先程までの失態をなかったかのように天使様が態度を変えたので私もそれに従い。


「はい。天使様お願いします」


『えっと、どこまで話しましたっけ……思い出しました。

 そう、【転生しても記憶も強さもそのまま!】なんて好条件をアイリンさんに伝えたのです。

 本来なら転生したら記憶も肉体的な強さも全てがリセット……無くなってしまいます。

 ですが、違う人物になっても記憶や強さはそのまま! 凄くいい条件ですし断るはずもない! そう思ったのですが、アイリンさんはその条件をなんと断ったのです!

 私は信じられませんでした。なので『私の条件が嫌なの』と問いかけたのです。

 するとアイリンさんはこう言いました。

『それって万が一男に生まれたらどうするの? 男のまま女の子の精神なんて私嫌だよ!』と。

 盲点でした……かと言って、そう簡単には他の条件が思い浮かばず、神の指示も来なかったので結局なんの特別扱いしないまま、アイリンさんは普通に転生を選び、天界から去りました。

 ちょうど、アイリンさんが去ったタイミングで神から【条件一つ増やすだけでいいよん♪3つ目は異世界転移でよろ〜】って返信が来て、もう転生した事を神に伝えると【ウッソマジ? じゃあせめて同じ家系で、可愛い少女にして、強さも前世と同じにしとくわ〜】とおっしゃり貴女に転生したのです』


 天使様の話はここまでのようでした。


「そうだったのですね。前世の私とそんなやりとりをしていたなんて……」


 なんとなくでしたが天使様の特別扱いする理由がわかった気がしました。

 それと私が生まれ変わった理由も。

 でも天使様の話を聞いてこうも思ってしまいます。

 あれ? 初代リンエスターの力が私にあるなら、あの時ドラゴンを倒すのに最終奥義を使う必要あったのかな?と……。

 だけど私の考えを読み取った天使様が首を横に振ります。


『確かに貴女はアイリンさんの強さを受け継いでおります。

 しかし、彼女の時代と貴女の時代は違います。

 アイリンさんの時代は、ドラゴンや他にも強大な力を持った者達がいた戦乱の時代。だからこそ、アイリンさんはそんな強大な力を持つ者から人類を守る為に強くなったのです。

 平和な時代を過ごした今の貴女では、本来の力を引き出せはしないでしょう。引き出せても、せいぜいが10分の1といったところですね』


「そうですか。私はずっと本気のつもりでしたが、これでもまだ本来の強さではないのですね」


 私はその時ふと、歴史書でかつて読んだアイリンの時代を思い出していました。

 そこには確かこう記されてました。『魑魅魍魎があちこちに蔓延る神話の時代で陸には巨人、ドラゴン、ペガサス、鳳凰がいて、海にはクラーケンやそれを食べるギガシャークなどが存在したりしたと』

 大多数の国民も私自身も空想の物語として受け取ってましたが本当だったようですね。かつての私凄いです。

 私がそう納得した所で、天使様は淡々と続く言葉を話しました。


『さて。3つ目の選択肢は伝えた通り【異世界に転移】です』


「【異世界に転移】ですか」


 異世界と聞いて思い出したのは、かつて国を襲ってきたあの男でした。

 天使様は私の思考を読み取り頷きました。


『そうです。貴女がリンリンさんのまま別の世界に転移するという選択肢です。そこには【魔法】という力が存在します』


「【魔法】ってまさか」


『はい。わかりやすく例えるなら、貴女の国を襲った男が使っていたあの力です』


「やっぱりあの力ですか」


 国を襲ったあの男は今でも許せない気持ちがありますが、魔法には個人的に興味がありました。

 それと最後にあの男の『まおうさま』という言葉が未だに気になってました。その『まおうさま』を復活させる為に、罪のない国民達を殺したと言ってたのですから。

 私の思考を読み取った天使様が、今度は難しい顔をして話し出しました。


『貴女の疑問にお答えすると【魔王復活】はあの魔法使いが死んだ事でなされました』


「【魔王復活】したって。じゃあその世界はどうなるのですか!」


 少なくとも数百人。いえ、私の知らないだけで、もしかしたらそれ以上に命を奪って復活した存在です。それで復活した存在は国をも滅ぼす力を持った脅威に違いありません。

 私の思考を読み取った天使様が頷きながら。


『はい。復活した魔王の力は凄まじく、先輩天使が送り出した勇者達が全員殺されております』


「!? そんな……」


 天使様の言葉に私は黙ってしまいました。自分の世界に来た魔法使いのせいで、別の世界が危険な状態になってしまった!

 天使様は私の考えを読み取り。


『貴女が気に病むことではありませんよ。悪いのは全部あの魔法使いなのです』


「そう、ですよね」


 ですがこの時私はこう思い付きました。

 3つ目の選択肢である異世界転移をして、復活した魔王を私が倒せばいい! と。

 天使様がその思考を読み取り、首を横に振りました。


『それは、今の貴女では難しいでしょう。相手は【全ての魔の王】であり【破壊の権化】です。もし戦ったとしても、貴女一人では返り討ちにあうだけです』


「っ、ですが!」


『それに先輩天使が『私の知ってる中で最強の勇者にお願いするわ』と言ってたので今頃その勇者が頑張っていると思いますよ』


「そうですか……」


 それなら大丈夫かも。と一瞬思いましたが私の心はなんだかモヤモヤします。


『でもあの勇者一人に任せるのは私としては不安があるのですよね。確かにあの勇者は強く、だけれど性格があれですし……』


 私の考えを読み取ったからでしょうか、天使様が一人でぶつぶつと考え込みました。


「あの、天使様。考え事ですか?」


『そうです! いっそリンリンさんがと協力すれば! それにあの世界には今頃が転生して随分経ってるはずですから――』


 いきなりパァと天使様の表情が明るくなり。


『いけます、ええ。貴女達全員が共闘すれば復活した魔王を倒せるかもしれません』


「本当ですか!?」


 魔王を倒せると聞いて私は喜びました。


『貴女とあの勇者とが共闘すれば魔王をたお――』


「今なんとおっしゃいました!」


 私は突然の告白に聞き間違いじゃないか? と天使様の話を止めましたが。


『ですから。貴女と、勇者と、異世界に転生した貴女の父親が共闘すれば魔王を倒せるかもしれません』


「お父様が異世界に転生!?」


 聞き間違いじゃない言葉に驚きました。


『ええ、貴女の父親は既に異世界へと転生なさってます』


「そうですか……そうですかっ!」


 ちょっぴり複雑な心境にはなりましたが私は嬉しかった。なぜなら亡くなった父と再び別の世界で会えるかもしれないからです!

 ですがすぐこうも思ってしまいました。

 あれ? 父が転生しても違う人になっているから私の事をわからないのでは? それと、そもそも会ったとしても、赤ん坊なんじゃ……と。

 ですが私の考えを読み取った天使様の表情は明るいまま。


『うふふ、大丈夫ですよ。異世界とここの時間は違うので、リンリンさん。もし、貴女が異世界へと転移する事になったら、貴女の父親は同い年くらいには成長しているはずです』


「それは本当ですか!」


『はい』


「そうですか。同い年のお父様ですか……」


 同い年と言われ、真っ先に私の脳内に浮かんだのは若い父を描いた肖像画の中の筋肉ムキムキの青年姿でした。

 それと、これは願望ですが凛々しく、まるで物語の王子様のような華やかでカッコいい男性になった父の姿も思い浮かべて顔が熱くなりました。


『えと、リンリンさん。お父様の性別がなのであまり想像しすぎない方が……』


 天使様が何をおっしゃったのか、私はこの時知りませんでした。


『それよりもです。

 長々と話してしまいましたが、そろそろ選択肢を決めてもらいましょか。【天国行き】か、【転生する】か、それとも【異世界へと転移する】か。貴女の希望先を教えてください』


「私は――」


 3つの選択肢を提案されましたが私は迷いませんでした。

 もちろん天使様も私の考えを知ってるので私はハッキリと天使様へ。


「3つ目の【異世界へと転移】でお願いします!」


『貴女の選択。承りました。

 では、転移を始めます。が、その前に、神からの贈り物として、この指輪を差し上げます』


 パチンッ、と天使様が指を鳴らす。

 すると私の右手の中指に黄金の指輪が現れました。


「天使様。この指輪はなんですか?」


 その指輪は、見た感じだとなんの変哲もない普通の指輪でした。

 だけど続く天使の言葉はとんでもない内容でした。


『これは【永輪の指輪】といい、生きた生き物や、大きすぎる物以外は無限に収納できる便利な指輪なんですよ。収納したら中の時間は止まっているので食べ物などは決して腐れたりしませんし、使い方は回収したいと思い浮かべるだけで回収したり、取り出せたりと、生活していく上では重宝すること間違いない指輪です』


 私は衝撃を受けました。この黄金の指輪にそんな事が出来るの! と。


「天使様。こんな凄い指輪をありがとうございます」


『いえいえ。その指輪の中には貴女が父親に会うとそれを知らせてくれる道具も入れてます。ぜひ再びお会いになってね』


 そう言い、天使様は今度は両手を合わせて祈りました。場所が場所なだけに、その神々しい姿につい見惚れます。


 祈りを込めた天使様が私へと視線を向けながら。


『では、転送を始めます』


 天使様がそう言った瞬間。私の足元に美しい羽のような形の模様が浮かび上がりました。

 足元の模様に思わず「綺麗」と呟き、足先からキラキラと優しい光で消えていく様子を見て、完全に消える前に私は天使様へと顔を向け。


「さようなら天使様。それと、ありがとうございました」


『うふふ。私はただ、天使の仕事をしただけですよ。

 リンリンさん。今度会う時は天寿を全うした貴女をここでお待ちしてますね』


「はい。必ず私は――」


 最後まで言えず、気がつくと私は不思議な異空間の中を飛んでました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る