第17話 命の均衡を保つ飴屋

 「帰れ!!」

 「断る!!」


 ここは街と大店の間で誰とも寄り添わずにぽつりと建つ《飴屋》。

 色とりどりの飴がぎっしり詰まったガラスケースが路面に向けて設置されていて、棚には瓶詰めにされて陳列されている。

 店内は丸い飴玉のような、和紙で作られた雪洞が葡萄の房のように連なりぶら下げられている。ほんのりと光るそれは幻想的で美しい。

 そんな美しい店先で、累は三角巾を付けた水干に似た着物姿の少女とガンを飛ばし合っていた。

 その議題はというと……


 「地下倉庫を避難所にさせてくれ!!」

 「駄目なモンは駄目だ!帰れ!」


 これの発端は数時間前まで遡る。


 巨大出目金を倒しても、それに引きずられたように出目金がちらほらと鉢に入り込んできた。

 そのほとんどを神威が一人で掃討し、戦う手段を持たない人間は掴まらないように逃げるだけだった。


 「っだ~!疲れた!」

 「お疲れ様。ご褒美ね」


 依都はぐったりと座り込んで項垂れる神威をぎゅうっと抱きしめてやる。

 神威は余程疲れたのか、何も言い返さずじーんと何かを噛みしめ依都の腕の中に納まっていた。

 累は何か突っ込んでやろうかと思ったけれど、鉢のためにかれこれ二時間以上も走り回ってっくれたのだから気兼ねなく癒されてもらおうとからかうのをやめた。


 「結局全部俺じゃねーか。仕方ないとはいえイラついてくるぜ」

 「しょうがないよ。鉢の人達に戦えなんて言えないし」

 「まあなー。仮に倒したとしても人間は魂ごと消滅しちまうしな」

 「消滅?何だよそれ」

 「出目金(たましい)を消すには魂をぶつけて相殺するしかない。人間が出目金を殺せたなら、それは誰かの魂を犠牲にしたって事だよ」

 「けどお前は戦えるじゃないか」

 「破魔屋さんは本当に特別なんですよ。破魔矢は破魔一族の秘具ですから」


 累はここに来てから出目金に立ち向かう人間を見た事が無かった。

 それは単純に恐怖からくるものではあるが、それとはまた別の理由があったのか、と累は少し考え込んだ。


 (それなら確かに鯉屋の跡取りは必要だ)


 だからと言って弟を犠牲にして良しとはできない。けれどそれは鉢の人達を見捨てるという事にもなる。

 どちらを取るかと言われたら自分はどうするのか、その答えを累は口には出さずに呑み込んだ。


 「逃げを徹底するしかないな。なあ、シェルター……えっと、地下って無いのか?」

 「そんなのがあるならとっくに使ってますよ」


 この世界の建築技術がどれほどかは分からないけれど、ここの人間は水路を作る考えが無く焼却にも困る生活レベルだ。

 とても地下を掘る技術があるとは思えない。


 (……そうとも言えないか。この世界に必須な物であれば現世と同じ物もある)


 累が不思議に思ったのはビニールだ。

 どう考えても便利で流通してもよさそうな物なのに、大店には一切存在しない。ビニールという名称すら存在しないのだ。

 あれはあくまでも金魚屋が金魚と水槽を保護するための物で、他の用途に多用するという事をしない。

 水路もそうだ。滝から水を引くなんて真っ先にやりそうな事を死人が出ても着手しない。その理由を聞いても「考えた事も無かった」と言う。


 (この世界の人間は定められた用途でしか使わない。地下室が無いんじゃなくて、用途が定められてる地下室はあるかもしれない)


 累がもう一つ不思議に思ったのは金魚屋の水槽と金魚鉢だった。

 あの巨大な水槽群は一体どこから来たのかという事だ。現世の技術がなければ大量生産はできないし硝子を加工するなんて、この世界でホイホイ出来るとは思えない。

 けれど確かにそれは金魚屋にあり、そして金魚屋のみに与えられた物だ。

 つまりこの世界において必須である物は何らかの手段で用意され、ただ流通しないだけなのでは、と考えていた。


 (現世のような発展をしないように情報操作してるのかもしれない)


 この世界の技術力や科学力は現代と比較すれば圧倒的に劣る。

 しかし現世のような発展をしてしまえば現時点のこの世界の均衡は崩れるだろう。大店の権力や資産は分散し鉢の人間が大成する可能性もある。

 それは平等な世になるように思えるが、累はこの格差が存在する事にも意味があるように思っていた。


 (ここの人間はこれから生者になる魂だ。その中に罪人である鉢の人間がいる以上、生活を平等にしてはいけないんだ)


 この世界には目的に沿った在るべき形でのみ存在が許されるのだろう。

 そして格差を保つために流通させず、固有の技術とする。


 (なら地下室が必須な人間は地下室を持ってる可能性がある。地下が必須な人間……)


 累はしばらく考え込んだが、そうか、と何かを思いつき顔を上げた。


 「依都!来い!」

 「わわわっ」

 「あ!何すんだ!」


 ゆったりと身を預けていた神威から依都を引き剥がし、累は走り出した。

 そして向かった先がこの飴屋というわけだ。


 「食べ物屋ならその保管をする場所が絶対にある!」

 「そりゃあるよ!でも駄目!食べ物は清潔さが命!アンタ人が踏み荒らしたモン食べたい!?」

 「人の命とどっちが大事なんだよ!」

 「人の命助けてウチは売上ゼロで飢え死にしていいってわけ!?飴はウチの収入源なの!!」


 ぎゃんぎゃんとやり合う累を、見かねた依都がぐいぐいと引っ張った。


 「累さん、これ以上は止めましょう」

 「何でだよ!人の命に関わるんだぞ!」

 「分かってます。でも飴屋さんを怒らせたらそれこそ命にかかわるんです」

 「は?何で?」

 「飴を作れるのは飴屋さんだけです。怒らせて作ってもらえなくなったらどうするんですか。それこそ飢え死にです」


 仕組は分からないが、この世界で栄養となるのは飴だ。

 この世界の人間は魂だとすれば飴は魂を繋ぐ物で、それを司る飴屋はこの世界だけでなく現世にも影響を及ぼす存在という事になる。


 「それに累さんは飴屋さんを味方につけた方が良いと思います。何しろ飴屋さんは鯉屋様から完全に独立してるんです」

 「独立?鯉屋が支配者なんじゃないのか?」

 「飴屋さんだけは特別です。飴は僕らの命で、引いては生者の命。命の偏りを防ぎ均衡を保つ人達です。それを誰かが支配するなんて、それは理に反します」

 「鯉屋も逆らえないって事か……」

 「どちらが上という事ではないですけど、鯉屋様に進言ができます。不興を買って鯉屋様にそれが伝われば結様を助ける障害になります」


 絶対に駄目です、と依都は厳しい顔をした。

 依都は一見すれば小学生のようだが、中身は子供ではない。金魚屋とその従業員を預かり現場指揮をし、大店への納品も一人で行う。一つの店の管理人なのだ。

 それだけに軽率な行動はしないし、どちらかといえば慎重だ。同情心で規則を逸脱するような事は絶対にしない。

 累は、鈴屋がこの世界を学べと言って自分を依都に預けた意味がようやく分かった気がしていた。

 その依都がこうまで言うのなら押し切るのは得策じゃない。累は今回ばかりは引こうと思ったが、その時飴屋の店内から熊のような男が現れた。

 ぼさぼさの髪にたっぷりとした髭は飲食店には相応しくないが一体誰だろうと依都を見ると、依都はあわわわと慄き神威の背にぴゃっと隠れた。


 「神威、誰あれ」

 「飴屋の旦那だ。ここの一番エライ人」

 「累さん!絶対逆らっちゃ駄目ですよ!」


 依都が震えているのは権力に対してなのか旦那の見た目なのか、うう、と震えて神威の後ろから出てこようとしない。

 それを神威が破魔矢も抜かずにデレデレと宥めてるあたり、飴屋の旦那は敵対する相手ではないのだろう。 

 累はのそりと自分の前にやってきた旦那に、どうも、と会釈をした。


 「この世界は平等だと思うか?」

 「え?平等?」


 急に何だこの質問は、と累は眉を顰めた。

 だがこの雰囲気に累は覚えがあった。


 (……鈴屋と同じだ。試されてるんだ、俺は)


 この世界において累は招かれざる異物だ。

 だからこそ真新しい思考を提供できるけれど、それが本当に必要かどうかを判断するのはこの世界の権力者だ。

 おそらく理とやらを犯す事は却下されるだろう。ならば理を守る範囲で地下の利用を許可してもらえる回答をしなければならない。


 (あの娘は売上がどうこう言ってたけど、この人もそうかっていうと……)


 鈴屋も一種特別な権力を持つようだが、それでも鯉屋に完全服従ではなく独自の利益を追求していた。

 だが鈴屋は大店を取り仕切る、いわば商人の総元締めだ。利益を追求する事こそが鈴屋の存在意義でもある。

 飴屋もそうであるのなら売り上げや利益を提案すれば良いのだが、それは違うように思えた。


 (依都は『命の偏りを防ぎ均衡を保つ』と言った。値の付かない命が商品なら利益度外視のはずだ。その上で平等を問う)


 飴屋としての意義と矜持を向上させる回答が必要か、と累は数秒考えてから答えた。


 「努力する場の有無においては不平等だと思います。だから生活落差が著しい」

 「ほう。落差を無くすことが平等か」

 「現世ではそれが美徳とされます。けどこの世界は魂の世界だ。人間の思想ではなく世界の理を基準とした絶対的な罪が存在する」

 「それは鉢の事で良いか」

 「ええ。そして罪人と罪のない人を同等に扱うのは不平等だと思います。けど……」


 鉢の人間は苦しんでいた。死者も出た。怪我で苦しむ人もいる。

 そしてそれは、結が苦しみ脳死となった生前の姿と重なっていた。


 「消えていい命なんてないんだ」

 「罪人でもか」

 「罪人なら殺して良しという法は無いんでしょう。あれば彼らはとっくに消されてる」

 「なるほど、確かに。だがそれが理であれば彼らを助けるのは理に反する」

 「理が何なのか俺は知らない。でも今彼らが苦しい生活を強いられるの鯉屋と大店が虐げるからだ。罪人を消して良しという理ではないのにそれをする事こそ罰せられれるべきでは?」

 「……ほう。支配者を罪に問うか」

 「鯉屋が理に従うのなら支配者じゃなく特定の個人にすぎない。そしてこの世界の命は特定の個人に左右され偏っている。それは飴の提供が不平等だからです」


 にたりと口角を上げ、くく、と飴屋の旦那は笑った。


 「お前さんの言う通りだ。だがな、生産と運用は別物だ。飴屋は作るだけで流通を握るのは飴屋じゃあない」

 「流通を握る?流通ってのは――」

 「飴屋は中立を保つ。だが流通の主はお前さんに味方した」


 飴屋の旦那は懐から何かを取り出した。

 それはどこかで見た事のある鈴だった。


 「やっぱり鈴屋か」

 「お前さんが来たら手を貸してやってくれと頼まれてる」


 ではこれは鈴屋からの試験か、と累はため息を吐いた。あの表情を隠す狐面を思い出すと憎らしい。

 結局累はどこまでも鈴屋の手のひらで踊らされているだけだった。


 「命の偏りを正す事ができるか」

 「中立決め込んでる奴よりはな」

 「はっはっは!いいだろう!地下全部とはいかないが、半分なら空けてやろう。好きに使え」

 「はい!有難う御座います!」


 飴屋の旦那は娘に累の手伝いをするよう言いつけると、くるりと依都と神威を振り返った。

 依都は神威の後ろからがっちりと腰に抱き着いたままで、神威はそれを守るように頭を撫でている。

 

 「厄介な男を押し付けられたな、お前達も」

 「厄介じゃないです。鉢の事も考えてくれるし金魚屋の仕事も手伝ってくれるし。それに家族を大事にする良い人です」

 「ほう。お前にそこまで言わせるとは実に厄介。こりゃあ依都を取られるぞ、破魔屋の坊主」

 「はあ!?やらねーよ!!」

 「お前もう隠す気無いだろ」


 そうして、累達は飴屋の地下倉庫を一部借りていざという時の緊急避難場所を手に入れた。

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