似たものどうし ~ある12月の出来事~

睡蓮

第1話 彼女の場合

 これでよし。


 紬子つむぎは満足げに完成したケーキをぐるりと回し、微笑んだ。

 今日はクリスマス・イブ、付き合って半年になる諒汰りょうたと彼の家でパーティーをすることになっている。


 この日のためにアルバイトをして貯めたお金で、オーブンレンジを買い、スポンジを焼く練習を何度もした。

 以前から菓子作りは趣味だったが、彼の為、ケーキをゼロから作りたくて努力を重ねてきた。


 持ち運び用のボックスに入れ、鼻歌交じりで家を出た。

 諒汰の家までは徒歩二十分程度で着く。お互い一人暮らしの大学生だから普段は自転車で往き来しているが、さすがに今日だけはそれはできない。


 いつも見ている景色でも視点が違うせいかとても新鮮に見える。

 こんな所にたわわに実る柚の樹があったとか、色とりどりのパンジーを並べた家があるとか。歩くことでこんなにも発見があるのかと思っていたら、不意にドン!と背中に衝撃を受けた。


 危うく持っていたケーキを落としそうになったものの、目の前の電柱に手を当て、ギリギリの所で踏ん張った。同時にバサッ!と大きなものが落ちる音がした。


 脇を見れば小さな女の子が道路で俯せになっている。

 その前には自分が持っているのとほぼ同じ大きさのケーキ用のボックスが底を見せている。


 状況は理解した。彼女が私にぶつかり、はずみでケーキを落としてしまった訳だ。これではとても原形をとどめていないだろう。


 女の子を起こし、前をはたいてあげる。その時、何が起きたかを理解したのか大声で泣き始めた。

 その気持ちは痛いほどわかる。私だってそうなれば泣き出しているだろう──楽しみにしていたケーキが潰れ、家に帰れば怒られるのかも知れないし。


 背中をポンポンと叩き、耳元で囁いた。


「お姉ちゃんのケーキと交換しよっか」


 小さくピクリと反応して、泣き声が小さくなった。


「私もケーキを持ってるから、それと取り替えようよ。今度は落とさないように一緒におうちまで行ってあげるから」


 逆さになっているボックスを拾い、手を繋いで家の傍まで一緒に歩いた。

 自分から家人に説明しても良かったのだが、時間を取りたくないし、面倒ごとになると嫌だからその場で別れた。少し怒られるのかも知れないけど、そこは許してもらおう。それよりも、だ。


「どうしよっか」


 約束しておいたケーキがなくなってしまった。

 スポンジの内外に生クリームとイチゴをふんだんに使った真っ赤なケーキだったのに。丸半日を掛けて作った自信作だったのに。

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