頑固ジジイの鉄道旅 〜ワシはもうすぐお迎えが来る身だからな〜

大橋 仰

第1話 家出してやる!

「オレは家出するんだ! だからパパは家に帰れよ!」

 小学3年生になる息子のタクヤが駄々をこねている。



 ここは俺と息子のタクヤ、それから娘のミキ、妻の4人で暮らしている賃貸アパートから徒歩5分の場所にある俺の実家。息子のタクヤが『家出する』と言って、『ジイちゃん』、すなわち俺の実家に駆け込んだのだ。


 俺の両親は今、二人だけで暮らしている。両親とは別居しているが、俺は別に二人のことが嫌なわけじゃない。今でも実家の近くにアパートを借りているぐらいだ。ただ…… ウチの父親が頑固なのだ。特に妻との折り合いが悪くて困っている。



「タクヤ、いい加減にワガママを言うのはやめなさい。おじいちゃんも困ってるだろ?」

 俺がそう言うと——


「ワシは全然困ってなどおらんぞ?」

 飄々とした顔つきで口を開く我が父親。

 まったく父さんは…… ちょっとぐらい話を合わせてくれてもいいだろ?


「父さん、いい加減にしてくれよ。これは俺たち家族の問題なんだ」

 俺はため息混じりにつぶやいた。


「……ほう。お前にとってワシは家族ではないのか。では赤の他人のお前には、ただちにここから出て行ってもらおう。おいバアさん、この家に不審者がいるぞ。今すぐ警察に電話だ」


「もう、あなた。ちょっとは夏樹なつきの話も聞いてやりなさいよ……」

 困り顔の母が仲裁に入ってくれたのだが……



 俺の名前は夏樹。この両親から生まれた二人きょうだいの長男で38歳。妹の秋奈あきなも今では独立してこの家から出ている。


「フン。もうさんざん聞いたぞ。タクヤが今度の休みにワシと九州旅行へ行くのが気にいらんのだろ?」


「気にいらないなんて言ってないじゃないか。今度の休みは家族で…… いや、俺たち夫婦と息子と娘でウラヤスノ・ホーノ・ランドに行こうと思ってたんだ。それなのにタクヤが行きたくないって言うもんだから……」


「俺は行きたくないなんて言ってないぞ! 家族旅行でお金がかかるから、九州には行ったらダメだってパパが言ったんだ!」


「タクヤの旅費はワシが出すと言っただろ?」

 何言ってんだ? みたいな顔をする父さん。


「この前だって、父さんはタクヤを山陰旅行に連れて行ってくれたじゃないか。旅費は全部父さんに出してもらったんだぞ? いつも世話になるわけにはいかないよ」


 父さんは半年程前、60歳で定年退職を迎えた。それ以降、暇をもて余しているらしい。


「やれやれ…… おいバアさん、せっかくタクヤが遊びに来たんだ。ケーキでも食べさせてやりなさい」

「ウチにケーキなんてありませんよ」


「なら、タクヤと買いに行けばいいだろ? ああ、目の前にいる家族じゃない人の分はいらないからな」

「まったく…… ねえタクヤ。おじいちゃんはパパと二人でお話したいそうだから、おばあちゃんと一緒に買い物へ行きましょうね」


 こうして、母と息子は席を外した。

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