鬼族2
「すごい……ミズミ、あっさり中に入れたね」
鉄の柵で作られた門を押し開けて中に入ると、背後で再び門がガチャリと締る音がした。ミズミはああ、と短く答えると、すぐにニヤリと笑ってみせた。
「さてと。俺がいきたい場所に出るには鬼族の王に合う必要があるからな」
「王様? ここに王様がいるの?」
オウム返しする私に、ミズミはまた口角を上げて微笑んだ。
「その部下がな」
建物の中に入ると、そこは活気に溢れてていた。何人もの武装した人たちが走り回り、何かやり取りをしているようだった。それを横目で見ながらミズミは建物の中を進んでいくので、私もそれに続く。
急に口笛を吹く音がしてそちらに視線を向けると、大きなテーブルにいくつも椅子が並び、そこの一つに腰掛けている男性と目があった。この場所は食堂だろうか。
「おっと、美人さんの来客だ」
テーブルから身を乗り出すように私達を見る男性は、少々頬を赤らめている。その言葉に、部屋の奥にいたらしい何人かの男性も顔を出す。
「おっと、お客さんか。女二人とは、よくここまで来れたね」
「怪我はないかい?」
次々かけられる言葉は、どれも私達を気遣ってくれるものばかりだ。酷い賊の話ばかり聞いて警戒していたから、親切にしてくれる人を余計に嬉しく感じる。私は思わず笑顔を見せて答えた。
「大丈夫です! 強い人がいるから」
「すまないが、団長の部屋は何処なのか教えてくれないか?」
私に続けてミズミも振り向いて問うと、たちまち男性たちの視線がミズミに釘付けになる。最初に声をかけた男性なんかは、再び口笛を鳴らした。――ああ、無理もないか、ミズミの服装、ちょっと薄着すぎるものね。
「これまた美人さんだな」
「ちょっと、魅惑的すぎるね」
そんな男性の熱い視線に少々眉を寄せ、ミズミの顔色が怪しくなる。視線が自分の胸辺りに注がれていることを察してか、無言でマントの首元を改めて押さえる。彼女の不機嫌そうな顔色に気がついて、私は慌てて彼女の前に立ち質問を繰り返す。
「ちょ、ちょっと聞きたいことがあって急いでるんですけど、ど、何処ですか⁉」
「そこの階段を上がったところだよ」
後から顔を出した男性の一人がすぐに答えてくれたので、私はお礼もそこそこにミズミを押しやるように階段に向かった。
「なんでお前が慌てるんだよ」
男性たちから見えないところに来ると、ミズミがため息混じりにそう呟いた。
「だ、だってミズミあからさまに不機嫌なんだもん! あの人達、私たちのこと心配してくれてたのに、悪いじゃない?」
「……早いところ、服を探さないとだな……」
ため息交じりの心底困ったようなその言葉に、思わず私は笑ってしまった。
石の階段を登ると、すぐに大きな扉が見えた。その扉の前で、一人の武装した男の人が立って、その扉を守っているのが窺えた。
「あの、すいません〜……」
私が恐る恐る声をかけると、視線だけをぎろりと向けて男性は私達を見た。瞳の奥が細くぎらついて見え、思わず私は声が小さくなる。なんでこんなに怖そうなんだろう……。
思わず小さくなる私をさておいて、ミズミは堂々とその男性に近づいていく。
「なんだ、ここから先はここの砦の長の部屋だ。そう誰でも入れる場所ではないぞ」
威圧的にそう制する男に、ミズミは無言だった。しかし無言のまま彼と向き合う様子は……もしかしたら睨んでいるのだろうか。男性の視線がミズミの瞳辺りに釘付けになっていた。お互いに無言ではあったが、男性の表情が徐々に崩れていくのが見て取れた。
「団長に聞きたいことがあるだけだ。敵意はない。そちらがなければな」
静かに囁くように言うミズミの声は、大きさこそ囁き声だが威圧感は音量の逆だ。背後から見ていても分かる異様な威圧感に私まで足がすくむ。
暫しの沈黙を挟んで、男性は呆気なく扉の前を開けた。
「……ど、どうぞ……」
たちまちミズミは私に振り向いてあごで合図する。
「さ、中にはいるぞ」
そう言う彼女の表情は、いつもの女性とも男性とも言えない中性的な空気だった。先ほどの空気とは一変している彼女の様子に、私は驚いた。でもそれも束の間、慌てて頷いて彼女の後ろに続く。すり抜け際に扉の警護をしていた人を見上げると、その顔はこわばり青ざめている。正直、敵と戦う時のミズミは怖いけれど、それをこの人も感じたとしたら、そりゃあこの態度にもなるかな……。
そんなことを思っている間に、ミズミは扉を開けていた。扉の軋む音と共に視界に入ったその先には、ちょっとだけ豪華な雰囲気の部屋が広がっていた。白っぽい刺繍が縁に入った紺色の絨毯がひかれ、部屋を左右から挟むようにたくさんの本を詰めた本棚が二つに、簡易だけど大きな机と椅子が四つ。そしてそれを前にして、立っている男性が一人いた。中年の男性だ。流石この砦の長、服装は今まで見てきた武装男性よりももっといかつい服装だ。皮の鎧だけでなく金属製の腕当てを両腕につけ、大きなテーブルに広げた地図に両手をついて、驚いたような表情で私達を見ていた。わずかにシワを寄せるその額に、やはりツノのような出っ張りが三つ見えた。やはりこれが鬼族の特徴なのだろう。
「誰かと思えば綺麗な女性がお二人も……」
男性は暫し呆気に取られたように私達を見ていたが、軽く微笑を浮かべて私達に椅子を勧めてきた。
「どうぞ、お掛けください。素敵なお客さん、わざわざ私のところに来られるとは、どうしました?」
「山を超えて鬼族の城下町に用がある。道を教えてくれないか?」
ミズミの単刀直入な言葉に、男性だけでなく私まで彼女に視線を向ける。
「ほう、城下町に用……というわけですな。どうしました、何か買い物でもされに行くのですか?」
「まあ、俺にとっては大事な仕事でな……」
団長の言葉に、またミズミは多くを語らない。そんな大雑把な説明で、この人が納得するのかしら……と思わず私は心配になるが、ミズミはその真っ直ぐな瞳で男性を見つめているだけだ。
暫しミズミの瞳をじっと見つめている団長だったが、何故か感心したような笑みを浮かべて口を開いた。
「……ここまで来るほどのお方だ。危険な場所だが行けるだろう」
そう言うと、中年の男性は静かに手を伸ばしミズミを手招いた。
「腕をお出しください」
その言葉にミズミが素直に従うと、彼はその手の甲に奇妙な模様を書いた。指でなぞるだけなのに、なぞった部分が薄っすらと光っている。これは何かの術なのだろう。
「これは何?」
私が問うと、団長は微笑んで答えた。
「ご安心下さい。結界を解く鍵です」
「結界?」
その言葉にミズミが首を傾げると、男性は机に広げている地図を指さしながら説明を始めた。
「ここから我らの城下町に行くには、古い洞窟を通らねばなりません。しかし強族が最近よく現れますのでな、その道を結界で封じていたのです。私達鬼族の許可がなければ通れないようにしてあるのですよ」
「成程、これがその許可となる結界の鍵というわけか」
彼の説明にミズミはそう呟き、しばらく手の甲の模様を見つめていた。それを私も横から眺めていた。いろいろな術があって面白いなぁ……。闇族の術というのはどんなものがあるんだろう……。見つめている間に、ミズミは視線を団長に戻して軽く頭を下げた。
「結界に入る鍵、感謝する」
淡々と礼を述べるミズミに、男性はにこやかに答えた。
「いえいえ、女性二人で大丈夫ですかな? よろしければウチの部下をつけましょうか?」
その申し出にミズミは口の端を歪めて薄っすらと笑い、首を振った。
「その心配は無い。気を遣わせてすまないな」
そう言って踵を返すミズミに、私も慌てて頭を下げた。
「あ、ありがとうございました!」
振り向けば、もう彼女は扉に手をかけている。さくさくと物事を進めていくミズミに、私はちょっと不満だった。折角親切に言ってくれているんだから、もっと丁寧に対応したっていいのに……。
その時だ。部屋から出ようとしたミズミに、不意に背後から声がかかった。
「しかし……あなたの顔、何処かで見たような……」
振り向けば、首を傾げる団長の顔がある。その言葉に一瞬動きを止めたミズミだったが、それも一時。すぐに軽く鼻を鳴らすように薄っすらと笑うと、横顔で視線だけを彼に向けて頭を下げただけだった。
「あ、ありがとうございました!」
彼女に続いて私も慌てて頭を下げて部屋を後にする。私が扉を閉める頃には、既にミズミは階段を降りていた。
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