虐げられる女性3
眩しい光に気がついて、そこで私は目が覚める。瞳を開ければ、板の隙間から漏れる光が私を射す。そこで私は気がついた。ああ、夢か――。
私は起き上がると、ボロ布をのけて自分のお腹に触れてみる。ぺったんこなお腹はどう見てもいつもの自分のお腹だ。そこで夢の様子を思い出す。大きく膨れたお腹――あれはどう見ても……妊娠している夢だったよなぁ……。
そこまで思って、私ははっとする。もしかして、あれは――
「お前の昔の記憶……?」
まだ寝ぼけた顔で、果物をかじりながらミズミが懐疑的な声を上げる。
朝起きるとまだミズミは隣で爆睡していた。そんな彼女を無理矢理叩き起こし、今朝見た夢の話を彼女に告げると、開口一番、彼女はそんな返しをしてきたわけだ。
「で、夢のなかでお前は妊娠していたと……」
言いながら彼女の視線がお腹に注がれていることを感じて、私は先程食事をとって膨れたお腹を隠す。それを目ざとく見つけてミズミが真顔で呟く。
「……今妊娠三ヶ月ってとこか?」
「ち、違うっ! い、今はご飯食べた後だから膨れてるだけよ!」
「随分食ったんだな、その様子だと」
「……」
悔しいけど返す言葉がない……。
「しかし、妊娠しているふうには見えんがな」
ミズミは思いがけず真顔で首を傾げた。
「飯で膨れた以外、お前の体からそんな様子は何も感じなかったが……」
彼女の言葉にカチンと来るところはあるものの、私はひとまず夢の解読に集中する。
「私も、今は違うと思う……。夢ではもっとお腹大きかったもの」
「昔の記憶……か……。そうなると、お前母親だったのか」
呟くミズミに私は思わず息を飲んだ。
「子どもがいるってことだよね……。どうしよう、全然思い出せない……」
「子どもだけじゃないだろう。相手の男性もいるってことだろう?」
ミズミのその言葉に私ははっとする。
男性……? その言葉は私の心をざわつかせた。
男性――私の好きな人……なんだろう、すごく大事なことを私は忘れている気がする――
「……ティナ……?」
そんな私の様子を心配したのか、ミズミが静かに私の名を呼ぶ。
「どうした、思い出したことがあるのか……?」
「はっきりとじゃないけど……でも、すごく大切な人がいたことだけ思い出した……」
その言葉にミズミが思わず身を乗り出す。
「その相手の男のことか。姿や名前はどうだ? 思い出せるか?」
私は目を閉じて夢を思い出す。
……優しい声の人……緑色の髪をした……
「相手の男性の姿がちょっとだけ……でも……」
そこまで思い出して何故か違和感を感じる。本当に私は……そういう人と結婚していたのだろうか……? それに……
「でも……名前は思い出せない……」
そう、名前が出てこないのだ。大切な人はいた。それはきっと間違いはない。でもその人の名前が出てこない。そんなことってあるだろうか? これからの人生を誓った人の名前を思い出せないなんて……。
そう思うと気分は酷く落ち込んできた。
「そうか……」
私の返しに、ミズミは静かに呟いた。何も答えられない私を気遣うように、ミズミは優しくため息をつく。しばらくは果実をかじる音が響いていたが、暫しの沈黙を挟んで最後の一口を頬張りながらミズミが言葉を紡ぐ。
「……ま、焦るな。ティナ」
ゆっくり視線を向ければ、穏やかに微笑むミズミが身支度をしていた。
「少なくとも夢で思い出せただけ良かったじゃないか。そのうち少しずつ思い出すかもしれんぞ」
「……それもそうだね……」
ミズミの言葉に私は息を吸う。悩んだって仕方ないもの。そのうち思い出すだろう。今は目の前にあることに全力を尽くさなきゃ――
そう決心すると不安は自然と和らいでいった。
「そろそろ出発するぞ」
見ればミズミは既に身支度を終え、ここの女性からもらったボロ布の袋に果物を幾つか詰めて立ち上がっていた。それを見て私も慌てて立ち上がる。
「ま、待ってよミズミ!」
「早くしないと置いていくぞ」
言いながら既に家から外に出るミズミを、私は慌てて追いかけていった。
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