虐げられる女性1



 初めて来る場所だとミズミは言っていたけれど、その割に道は的確だったことに驚く。しばらくすると私たちは森を抜けることができた。森の外にでればすぐに小道を見つけることが出来たし、獣道のようなその小道を道なりに歩いていくうちに、ひとつの集落にたどり着いた。集落と言っても、林の中にこっそりテントや簡易な木の小屋が建てられた程度。十数人程度で集まって作られた集落なのだろう。人の気配を感じさせないほど、とてもひっそりしていた。人が少ないから無理もないけど、なんだか活気がある感じではない。

「……なんだか、ちょっと寂しい所ね」

 率直に私がそう呟くと、隣のミズミはきょろきょろと集落を見回して、それには答えなかった。私が視線を向けると、それに合わせるように一息ついて、ミズミは声を発した。

「ティナ、ここでお別れだ。この場所なら安全だろ」

 その言葉に私は思わず彼女を見つめて呆気にとられる。私よりちょっと背の高いミズミを見上げるようにしていると、彼女はわずかに首を傾げた。首の動きに合わせてまたあの茶色の髪がさらりと溢れる。

「安全なところに連れ出すって言ったろ」

 彼女の言葉に私は首を振った。

「でも、この場所は私のいた町じゃないよ。まだミズミについていくわ!」

 私の返しにミズミは案の定ため息を付いた。私は彼女が口を開く前ににこりと笑って続けた。

「こう見えて私、治癒魔法は使えるよ! ミズミのお役に立てそうだし!」

「…………」

 胸を張って笑顔で答える私を横目で見て、ミズミはまたため息を付いた。

「……仕方ない」

 呟くように言い捨てると、ミズミはそのまま集落の中に足を踏み入れていった。

 集落の人は老人や若い女性、それに子どもばかりだった。私達の姿を見ると、一瞬驚いたようにビクつく人が多かったが、私達がどちらも女性であることに気がつくと、とても親身になってくれる人たちばかりだった。

「こんな所に人がくるなんて珍しいわ。しかも女の子が二人で……どうぞ、良かったら休んでいって」

 集落の一人の女性が私達を家に案内してくれた。緑の髪に褐色の肌、ミズミのように緑色の瞳をした細い木の様な女性だった。尤も、家というには少々質素すぎるほどで、板でなんとか作り上げた小屋のような感じだ。それでも中には火も起こせて簡易な寝床もある。ここで一人、生活しているのだろう。

「……どうしてこんな所に住んでるんですか?」

 率直に問えば、女性は少々困ったような表情で答えた。

「この辺りがまだ安全だからよ。この辺りは強族も姦族もいない、鬼族の縄張りの近くなの。だから隣の土地から逃げてこの辺りに住み着く人は多いのよ」

 その言葉にミズミが出された水を一口すすって口を開いた。

「鬼族の縄張り……か。近くに奴らの砦はあるのか?」

「ええ、ここから東に行った辺りに。時折私達も鬼族に出会いますよ」

 女性の返しに私は思わず小声で尋ねる。

「鬼族は……その、乱暴したりしないんですか?」

 私の問いに女性よりもはやくミズミが口を開く。

「鬼族なら手当たり次第女を犯すこともない。まだ好戦的ではない平和な民だ。運が良かったな」

 その言葉に女性も穏やかな表情で頷く。

「ええ、本当に。私も昔は隣の雪国に住んでいたのですけど……あの辺りは強族が支配していて、何人もの友達が奴隷として狩られました」

「奴隷……!?」

 その言葉に私は思わず声が大きくなる。隣のミズミもその言葉に動きを止めた。

「ええ……強族は時折この鬼族の土地にもやってきて奴隷狩りに来ます。流石にこの辺りまで来ると、めったに出くわしませんけど」

 女性の説明に私は唇を噛む。女性を奴隷として狩るだなんて、なんてこと……!

「人をなんだと思っているのかしら……許せない……」

 思わず漏れた言葉に、女性は深くため息を付いて答えた。

「あの男たちにとって女性はただの道具なんです。特に私達樹族のような力のない民は、抵抗しない扱いやすい玩具なのだと……樹族は、闇族の中でも最弱といわれる民です。戦う力なんてないに等しいから……」

 言いながら女性の声が震えている。その様子に私は強く手を握りしめていた。ミズミが言っていたけれど、まさか、それほどにまで人に害をなしていたなんて……。目の当たりにして私は胸が締め付けられるような思いだった。

 あの森で私も襲われそうになったけど、あんな怖い思いをこの土地の多くの女性が経験しているということなんだろうか。ミズミが安易に近づくなと強い口調で言っていたのは、本当に油断ならないからなのだろう。強族や姦族といった種類の奴らは、女性に悪意を持って襲ってくる事が多いのだということを改めて感じていた。

「……成程な……北の収穫場とはそういうことか……」

 唐突にミズミが小さく呟いた。その言葉に私は思わず顔を上げる。

「どうしたの、ミズミ?」

 私の問いかけにミズミは視線だけを投げ、すぐに女性に声をかけていた。

「酷な話だとは思うが……もう少し、その雪国での話を聞かせてはくれないか?」

 ミズミの言葉に、女性は雪国の様子をぽつりぽつり語ってくれた。母、姉妹はみんな強族に襲われて命を落としたこと、生き残ったものは奴隷として使われていること、同じ民の男性たちも労働力として奴隷狩りにあっていること……

 聞く話全てが酷い話で、私は耳を疑うほどだった。そんな目に遇っている人がいるんなんて……考えるだけで胸が傷んで涙が溢れてた。


「ティナには辛い話だったかな」

 夜になって横になると、隣に座るミズミがぽつりと呟くように言った。部屋の中心で私達を照らしていた炎はもうだいぶ小さくなり、家の外から虫の声と鳥の声が仕切りなしに鳴り響いている以外、辺りはしんとしていた。この静けさは、この辺りが平和であることの象徴な気さえした。壁の割れ目のような簡易な窓からは、薄っすらと月の光が差し込む。その光を反射して、ミズミの髪は白っぽい黄色に光っていた。それを見ながら私は小さく返事をした。

「辛いっていうか……何とかできないかなって、思ってた」

 私の言葉にミズミは無言だった。ボロ布のような布団を足元にかけながら、何か考えこんでるような表情だ。私は構わず続けた。

「私みたいな女ひとりに何ができるのかって言われたら……分からないけど……でも、何かできることがあるなら、私、助けてあげたい」

「女にしては、強い言葉だ」

 はっとして彼女の方を向けば、同じく横になりながらミズミは無表情にそう答えた。

「女にしては、ってどういうことよ……」

 彼女の表現に少々カチンと来て言い返すと、思いがけずミズミの瞳は強い光を放っていた。睨むように私を見る瞳は、深い緑色が揺らめいている。

「力もない女は、普通なら歯向かわない。どうにかしようとも思わない。襲われないようにひっそりと逃げて生きる。ここの女性のようにな。――それがこの大陸での生き方だ」

 冷徹な言葉だったけど、でもそれがこの大陸の真実なのだというのが嫌でも分かった。非人道的なことが当たり前に行われていて、それを咎めるものがない。自分の身を守る方法なんて、周りに期待できるものなんてほとんど無くて、結局は自分がなんとかするしかない――。そしてもし災難にあたってしまったら、それから逃れる術もないんだ……。

「……確かにそうかもしれないけど……」

 でも、そんなの納得出来ない。彼女たちが悪いわけでもないのに、どうして虐げられなくちゃいけないの……? そう思うと、冷徹に答えるミズミに対しても苛立ってきた。

「ミズミは強いからいいかもしれないけど、そうじゃない人の方が多いわ。そんな言い方ってないよ……! 何か……方法が……助ける方法があってもいいと思う」

 苛立つ気持ちのままぶつけると、思いがけずミズミは笑った。喉の奥を震わせるようにくっくっと笑うその様子に、私は意味が分からずむっとして彼女を睨んだ。

「何よ……」

「いや、ティナは正直者だと思ってな」

 ミズミは月明かりの下、私の方を向いた。私のことを馬鹿にしているのかと思ったら全く違う。優しい笑みを浮かべて微笑む彼女は、いつもの男性的な感じはなく、とても女性らしく見えた。

「お前みたいに、まっすぐ生きれる様になってほしい。闇族の女性もな」

 そう言って瞳を閉じる彼女は、何故だろう。まるで母親のような――いや、どちらかと言えば父親だろうか――そんな空気があった。

 もしかしたら――ミズミは憂いでいるのかもしれない。こんな風に虐げされている女性たちのことを。もし本当に、強くなければ生きられないと本心から思っているのなら、襲われそうになった私のことを助けてくれる筈がない。ここの女性の話を聞いて、ミズミはさっきのことを本心で言っているのではないのかもしれない。もしかしたら私と同じように――

「ミズミ――」

 思わず名を呼べば、彼女は瞳を閉じたまま微笑を浮かべて、片手を払うようにして囁いた。

「明日には出発するんだ。ゆっくり休ませてくれ――」

 言うが早いが、彼女はあっという間に眠りに落ちていった。しばらく私はミズミを見つめていたが、向きを正すと私も瞳を閉じた。規則正しい彼女の寝息を聞きながら、私も深く息を吸う。今日はいろいろあったし、結局私自身ことは何も分からなかったけど、なんだかそんなことよりも、今目の前にある問題を何とかしたい気持ちの方が勝っていた。あんな悲しい思いをしなくても生きていけるような……そんな土地になればいいのに……

 思いながら、意識はどんどん眠りに引き込まれていった。


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