凶暴な美女1
「ところで、この森って何処なの?」
眩しい木漏れ日を受けながら、私は隣を歩くミズミに声をかけた。色々と不安はあるけれど、迷っていたってどうしようもない。そう思うと自然と気持ちは明るくなった。それにこうして森の木漏れ日を受けて歩くことは気持ちが良くて、それだけでもここに来てよかったかな、なんて思っていた。
そんな明るい私に呆れるように一瞬視線を投げてくるが、ミズミはまたため息一つ吐いて口を開いた。
「さあな、正確には俺も分からん」
「ええっ!? ミズミも知らない場所なの!?」
思いがけない返答に、私は思わず大声を上げる。もしかして、この森にミズミも知らないうちに足を踏み入れてしまったのかしら? だとしたら、ミズミも私も境遇は一緒だ。そんな私の考えを後押しするようにミズミは呟いた。
「ま、お前と似たようなモンかもな。気がついたらこの森にいた」
「じゃあ、もしかしてミズミも何処に行けばいいか分からないの?」
自分と同じ境遇の人がいるというのは、それだけで何故か心強い。この森はもしかしたら急に人を迷い込ませるところなのかもしれない。そこに私もミズミも気がついたら来てしまって、何処に行けばいいのかも迷わせているのかも……。
そんな私の考えは一瞬で崩れ去った。
「いや、俺は行くべき場所もやるべきことも分かっている。一応帰る場所もな」
私の期待に反してミズミはそう答えた。淡々と答える彼女の回答に私は思わずうなだれた。なんだ、ミズミも私と同じく、記憶をなくしているのかと思ってしまった……。
私はまた気持ちが沈んでしまう。一体どうして、私はここにいるんだろう……。
「――お前、記憶が無いのか?」
私が思っていた不安を、ミズミは的確に一言でついた。私は静かに頷いた。
「もともと何処にいたのかも……よく分からなくて……どうしてここにいたのかも分からないの……」
私の言葉に、ミズミは無言でしばらく歩いていた。思わずため息を零しそうになった時、ミズミが唐突に言葉を投げかけた。
「もしかしたら、無理矢理ここに連れて来られたのかもしれないな」
「……無理矢理……?」
思わず不安になって問いかけると、ミズミは私の方を見ずに真っ直ぐ前を向いたまま答えた。
「闇族の多くは女をよく攫う。姦族は完全に犯すことが目的だし、喰族には食われることもあるし、お前をさっき襲った強族なんかもそうだ。よく女を犯す」
「闇族……? 闇族って何?」
単純に気になって問うと、一瞬ミズミは目を丸くしたようだった。何度か瞬きした後、彼女はああ、と気の抜けたような声を上げた。
「なんだ、お前さては精霊族か。それなら知らなくても無理ないな。闇族ってのはお前たち精霊族と違って、陰の気が強い一族のことだ。まあ魔物が人間になったとでも思ってくれればいい」
その説明に、私はちょっとだけ納得がいった。最初にあの強族とやらを見た時、あまりに姿が人間離れしていたから魔物かと思ったけど、やっぱり当たらずも遠からずだったんだ。
「やっぱり、人に悪さをするの? 魔物みたいに?」
私の問いにミズミは頷く。
「特にさっき言った姦族、喰族、強族はな。意外にお前たち精霊族は知らないだろうが、鬼族を含んだその四つの種族は闇族四大種族と言われていてな。それ以外は別に悪さもしないし害はない。それに、鬼族だって怒らせなければ無害な方だ」
「ふぅん……じゃあ普通の人と一緒なんだ?」
私がそう呟くと、ミズミは急にくすりと笑った。思わず視線を向ければ、優しく微笑む緑色の瞳と目が合う。
「……お前、飲み込みが早いな」
「え? なんで?」
そんな褒められるようなことだったかしら? 意味が分からず首を傾げる私を見ずに、彼女は優しい顔で遠くを見ていた。
「普通は闇族といえば恐怖の対象だ。精霊族がそんなすんなり『普通の人』と判断するとは思わなくてな。俺だって闇族だからな……」
「そうなの?」
私は改めてミズミの横顔をまじまじと見つめる。先ほどの強族は人間にしては手足が長かったし、尻尾まであって指の数も少なかったけど……ミズミの姿は私と大きく変わらない。本当に普通の「人」の形だ。
「……じゃあ闇族って、いうなれば人の種類……人種って考えればいいのね」
私がそう尋ねると、ミズミは薄っすらと微笑を浮かべていた。その表情に肯定の意志を感じて私も口元を緩めた時だ。不意にミズミが真面目な顔をして私の方を向いた。
「とはいえ、その三つの種族は危険であることに変わりはない。安易に近づくなよ」
そこまで言ってミズミはまた正面を向くと、横目で私を見てわずかに微笑む。
「ティナは綺麗だからな。余計に襲われやすい」
「……それを言ったらミズミもだと思うけど……」
思わず口をついた言葉に、ミズミは思いがけず意地悪に口の端を歪めて笑ってみせた。
「俺は強いからな」
……確かにその通りなんだけど……ミズミだって綺麗だよっていう褒めのつもりだったのに……。
まじまじと彼女を見れば、その薄着がいやでも目に付く。首で止めたマントが動かなければその姿を隠せるけれど、風で揺れるマントの隙間から、どうしてもその姿が見えてしまう。上半身は胸をかろうじて隠す下着を身に着けているだけで、ほぼ裸と言ってもいいくらい。確かによく見れば、女性らしい体つきながら、その腕やお腹は随分筋肉質に見えるし、実際にあの強族の男をあっさり倒しているのを目の当たりにしているから、強いのは分かるんだけど……
それでもやっぱり、この姿はなかなか男性を惹きつけると思うけどな……
そんな私の視線に気付いたのか、彼女は軽くため息を零して言葉を続けた。
「……好きでこんな格好をしているわけではない。そう見るな」
「そうなの?」
「ああ、ワケありでな……」
そう答えるミズミは視線を前に戻し、真剣な表情をしていた。ワケありって、何かあったんだろうか……。何か考え込んでいるようなその顔を見て、私は彼女のことに興味が湧いてくる。
「ところでミズミはこれからどうするの?」
私の問に、ミズミはため息一つ挟んで答える。
「……まずは迷子の女性を安全な場所に送り届けないとな」
迷子の女性って、私のことか……。一瞬反発したくなるが、それよりも彼女の目的の方が気になった。私は立て続けに質問を投げかける。
「そっちじゃなくて、その後。ミズミは何か目的があるんでしょ?」
すんなり答えてくれるかと思いきや、ちらと私に視線だけを投げた後、彼女は鼻で笑うようにあっさりと言った。
「お前には関係ない」
「む……何よ、イジワル……」
ちょっと残念で私は肩を落とす。別に知り合ったばかりなのだから、あれこれ打ち解けるような間柄ではないのだろうけど、それでも彼女のことをもっと知りたい気持ちはある。あっさりとそう返されると、こちらとしても少々傷つくってものだ。
そんな私の表情でも見たのだろうか。今度はミズミから声をかけてきた。
「別にイジワルじゃないだろう。ただ人にいうべきことじゃないってだけだ」
視線だけ向ければ、無表情に道の先を見つめる横顔があった。見つめていても何も答えない彼女に、また好奇心には勝てず私は質問を口にする。
「……人に言うべきことじゃない……って、なぁに? イケナイこと?」
「なんだ、イケナイコトって」
私に視線を向ける彼女の表情は、明らかに呆れている。
「なんだ、俺がなんか悪いことでも企んでるのかって、ことか?」
その言葉に、私は慌てて弁解する。
「な、違っ! 違うよ! ミズミを疑ってるんじゃなくて、なんか、その……ほら、人に言いにくことなのかなぁって……」
「……例えば?」
まだ呆れた表情のミズミは、私を胡散臭そうに横目で見ている。私は彼女を疑っているわけじゃないことを、なんとか伝えようと必死に言葉を並べる。
「えっと、その……悪いことっていうか、その、ちょっと後ろめたいこと? た、例えば、落とし穴を掘ろうとしているとか……」
途端、ミズミが急に吹き出した。
顔を背け、肩を震わせている様子は笑いをこらえている証拠だ。ぽかんとする私の目の前で、ミズミは笑いを抑えこむようにして言葉を絞り出した。
「くく……落とし穴って、お前な……何処のガキの発想だよ」
「た、例えばだって言ったじゃない!」
笑われたのが恥ずかしくて思わず声が大きくなる。ミズミはそんな私の言葉を聞いているのかいないのか、まだお腹を抱えて肩を震わせている。
「お前、見た目は十分な女性だが、中身は意外に子供か?」
「例えばだってば!」
その時だ。急にミズミが笑いを止め、静かに息を吸った。
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