第28話

「じゃあ行こうか」


「そうだな」


 S級になった翌日、休みの日に俺たちは二人で出かけることになった。


「良い家あるかなあ」


 目的は涼の新しい家を探す為だ。


 かなりの期間同居していて、お互いに文句も一切出ていないのに新居を選ぶ羽目になったのにはちょっとした理由があった。


 それはA級ダンジョンの一つ、群馬県にある高崎ダンジョンを攻略していた時に遡る。




「涼さんってブーメラン作る時ってどこで作っているの?」


 周囲のモンスターを一掃してしまい、暇だった時にリンネがそんな質問をした。


「普通に私の部屋だけど」


 それに対し、涼は別に隠すことでも無いのでさらっと答えた。


「私の部屋って……?もしかして……」


「元はAIM君の家の配信部屋だね。配信用に防音設備がしっかりしているからどれだけうるさくしても響かないから都合が良いんだ。夜でも作れるしね」


 と答えると、リンネが呆れた顔で、


「結婚もしていない、付き合っても居ない男女が二人で何カ月も同居しているのは色々とどうなのさ」


 と話す。


「ん、別に何もないけど、ね?」


「ああ。ただ二人で住んでいるだけだし、特に何もないぞ」


「特になくてもダメに決まっているでしょ!」


 と強く主張するリンネ。


「そんなものなの?」


「そうか?なあ視聴者たちよ。別に問題無いだろ?」


 別に問題無いだろと思った俺はどちらの言い分が正しいのかをはっきりさせるため、視聴者のコメントで是非を問うことにした。


 その結果、


『馬鹿だろ』


『これはリンネが正しい』


『そもそも何故リンネの言葉が間違っているという結論になるんだよ』


 とリンネを支持するコメントばかりだった。


 流石に視聴者に全否定された上であの家で同居を続けるのはどうかと思い、今日家探しをすることになったというわけだ。


「予約した一ノ瀬です」


「はい、分かりました。担当の者を呼びますので少々お待ちください」


 それから間もなく、担当の方がやってきた。


「今回家を紹介させていただく、上野と申します。本日はどうぞよろしくお願い致します」


「こちらこそよろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


「それではまずはお探しの家の条件をお願いします」


「はい。場所は世田谷区か杉並区で、防音設備が付いているもしくは付けられる広い部屋があること。そしてセキュリティ対策が万全な場所であること。先程の部屋とは別に広い部屋があることです。家賃に関してはいくらでも構いません」


 涼は事前に決めておいた条件をそのまま伝えた。


 場所が世田谷区か杉並区となっている理由は単に俺が世田谷区、リンネが杉並区に住んでいるからで、パーティを組んで一緒にダンジョンへ行くのであれば近い方が良いという判断だ。


 防音設備に関しては主に配信とブーメラン制作用だ。どちらにしても近隣住民に迷惑が掛かるため、その配慮をしなければ追い出されてしまうからな。


 そしてセキュリティ対策と広い部屋に関してはブーメランを飾るためだそうな。


 わざわざブーメランを盗みに来る奴なんていないとは思うのだが、出来る限り危険性は少なくしておきたいとのこと。


 正直この条件を満たすだけで家賃がバカみたいにかかるのは確定の為、予算に上限を決めないことになっていた。探すだけで時間が溶けていくだろうからな。


 そんな金はどこから出てくるんだ、という話だが、三人で狩りをしてちゃんと採集をすればいくらでもお金はいくらでも湧いてくるから問題ない。


 俺とリンネの殲滅効率は他の奴らの30倍はあるからな。


 それを全部マジックバッグにでも入れて役所にぶん投げればアホ程金が入ってくる。当然査定額は下がってしまうが。


 それでも丸の内に巨大なビルを建てられる日本一のギルドの最強パーティの数十倍稼げるのだ。


 そのレベルで賄えない家なんてあるわけが無いので家賃を気にする必要が無いってわけだ。


「分かりました。はい、候補が10件程見つかりました。それでは早速向かうことにしましょう」


 俺たちは上野さんの運転する車に乗って、物件を見に行くことになった。


「それでは一軒目です。どうぞ」


「すごいねこれ!!」


「何だこれは」


 一軒目からかなり広い物件だった。こういう所に会社の社長は住んでいるんだろうなと感じさせられる高級感のある物件だ。


 リビングは窓ガラスに囲まれており、街を一望出来る素晴らしい景色だった。


「リビングは大体40畳ほどとなっており、景色を堪能しつつ過ごせるようになっております」


 金はいくらでも持ってるが、感覚は一般庶民なんだよ。凄く場違いな所に来てしまった感が凄い。


「いいね。ここでワインとか飲んで、『人がゴミのようだ』って言って高笑いするんでしょ?素晴らしい素晴らしい」


 一方の涼は何も考えていないのか、精神が強いのか分からないが、一切動じずに物件を楽しんでいる。


「では次へ行きましょう。こちらが防音室となっておりまして、25畳ほどですね」


 防音室が25畳って。スタジオかよここは。


 作業用に確かに広い部屋が欲しいのだろうけれども、ここまで広いとは思っていなかった。


 まあでも広い方が作業しやすそうだし良いのか。


「めちゃくちゃ広いね。大きな機械とかも導入できそうだし、色々出来て良いね」


「では次の部屋です。30畳となっておりまして、各々好きなようにカスタマイズして使うための場所ですね。主にカラオケやダンスホール、集団でのパーティ用に使われている方が多いですね」


 なるほど。金持ちはそんなことをしているのか。


「なるほどね~」


 多分ブーメランの展示に適しているかどうかのチェックをしているのだろう。


 それから色々な部屋の案内をされたのだが、どれもこれもスケールが違いすぎた。


「それで家賃は月300万となっております」


「「300万!!」」


 思わず声が出た。あそこに住むだけで年に4000万近く飛んでいくのかよ。確かにその位しそうな見た目だけれども。


 あれに住むやつって実在するのか?


「築も浅いですし、駅から非常に近い場所にあることもありまして、かなり割高になっているんですよ」


 と申し訳なさそうに話す上野さん。


 これで割高なのか。妥当な300万ってどんな化け物なんだよ。


「で涼、ここはどうだった?」


「うーん、無いかな。展示スペースが足りない。あれならリビングをもう少し小さくした上であの部屋を大きくしてほしかった」


 なるほど、馬鹿だなコイツ。


「そうですか、では次の物件へ向かいましょう」


 それから数件ほど物件を紹介された。どれもこれも一軒家ではなく、マンションのはずなのだが、その部屋だけで普通の一軒家の広さを凌駕する広さであり、それ相応に異次元の家賃を要求されるものばかりだった。


「では、どれか良い物件はありましたでしょうか?」


 不動産屋に戻ってきた上野さんは俺たちにそう聞いてきた。


「うーん…… 正直微妙です。どこも何かが欠けていまして」


 正直どこも神みたいな物件に思えたが、涼には物足りないらしい。


 どれだけブーメランを飾る気なんだよ。


「そうですか。では追加でお探ししますか?」


 そんな涼の言葉にめげることなく、物件を見るかの提案をしてくれた。


「いや、やめときます。多分私が欲しい物件はマンションとかアパートじゃあ実現できなさそうだから」


「分かりました。では本日はありがとうございました」


「「ありがとうございました」」


 そして俺たちは不動産屋から出た。


「全部断ったけど、当てはあるのか?」


 恐らく涼は一軒家が欲しいんだろうが、アパートやマンションと違ってすぐ準備なんて難しいぞ。ましてや人が多く、一軒家が少ないであろう東京23区内の2つから探すのだ。


「うん、ちょっといい考えがあるんだ」


 そう言って涼が向かったのはまた別の不動産屋。


「予約していた一ノ瀬です」


 どうやら涼は俺に言わずに追加で不動産屋に連絡していたらしい。


「はい、お待ちしておりました。レヴァンテ不動産の原田です」


「早速なんですけど、説明していた条件の物件は見つかりましたか?」


「はい。お客様の条件に沿う物件は指定範囲内では10件見つかりました」


「それは良かったです。見せてもらえますか?」


「はい、こちらをどうぞ」


 今回は実際に内見へ向かうのではなく、写真と間取り図での紹介だった。


「は?」


 一体どんな物件を購入しようとしているのか見たら思わずそんな声が出てしまっていた。


「どうしたんだい?良い家でしょ?」


 俺の反応を見越していた涼は楽しそうに笑っていた。


「良い家なのは事実だが、これはどう見ても——」


 一人で住むような広さではない。


「どうせブーメランをどんどん飾っていくのなら最初からこれだけ広い方が良いかなって」


「にしてもだろ」


 どれもこれも先程の内見で向かった家賃が100万以上するような高級マンションの部屋が3つ以上は余裕で収まってしまう位の広さだった。


「まあお金はいくらでも用意できるらしいし。これくらいやっても良いでしょ。それに家をチャンネルで公開して私たちのジョブに夢を見る人が増えるかもしれないしね」


「確かにそうだな……」


 まあ涼がそれで喜ぶのなら良いだろう。


 それから30分程で全ての物件を見た後、


「これが一番良いかな」


 とあっさり決めてしまった。

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