黒歴史とともに

エリー.ファー

黒歴史とともに

 私は生きている。

 この場所で生きている。

 捨てたい過去と共に生きている。

 いつか、死ぬ。

 けれど、死ぬまでは過去と共に生きていくしかない。

 呪いである。

 妻の暴力を我慢して生きていた時間があった。

 私は。

 そこから逃げた。

 男らしさというものを行使できなかった。

 私は無力であった。

 何かコンプレックスのようなものを抱いていたのかもしれない。事実、その点を指摘されたこともあったが、思い返せばあったかもしれないという程度である。自認できない部分をどのように評価するかは、難しいところである。

 私は、今新しい恋人と暮らしている。

 彼女は、私のことが好きである。

 それが伝わるように愛を示す。

 私は少し照れくさい。

 そのようにして時間が過ぎ去っていくのを待っている。

 黒歴史を。

 女性から逃げたことを。

 しかも、それが元妻で。

 愛し合った時間が存在していたということも。

 すべて沈黙の中に押し込めている。真っ黒に塗りつぶしても良いのだが、そこまで器用ではない私である。

 何かになれると思っていたが、何にもなれないまま大人になってしまった私でしかないのだ。

 彼女は私のことを心配してくれる。私はその心配してもらっている間だけは、自分を持ち直すことができる。失った軸がもう一度現れて私を貫くような感覚である。これがまた、とても心地いい。

 私も彼女にとっての軸になることもある。

 この関係が尊い。

 一、二、三、四、五、とんで、九、とんで、十二、十三。

 時間が細切れになって吹き飛ぶ瞬間は、不思議と彼女のことを考えている。そうやって幸せが持つ効力と、それによる変化を感じられる現状を確認する。

 確認は何度行っても良いものだ。

 私が自分の体にある傷を、子どもの頃に遊んで付けたものだと嘘をつく日々が運んでくる罪悪感も消してくれる。

 私だけではないのだろう。

 多くの人がそうであり、気づいていなくともありふれているのだ。

 私は社会において、よくあるサンプルである。捨ててしまっても、どこからともなく全く同じ結論が現れる。確認、再確認、バーター、サブでしかない。スーパーサブではなく、ただのサブ、もしかしたら簡易サブなのかもしれない。

 彼女は私の手を握る。そして、笑う。

 私は握られた手から伝わる温かさを知る。そして、笑う。

 彼女はとても賢く、私のことを理解している。嘘をつくことは、数えきれないほどあるが、そのすべてが私を笑顔にするためのものである。

 私は一人。

 部屋の真ん中で考え事をする時がある。

 それは遠ざかる救急車の音に近い。

 変化するのだ。

 発信者は何も変えていないというが、受信者は変わっているという。この誤差を生めるための時間である。

 私は自分の想像した場所にいるのだろうか。いるはずだ。でも、それは本当なのか。彼女が近くにいるという満足感によって何かを歪められている可能性だってある。

 疑った結果。

 私は妻に会いに行く。

 立ち位置は間違っていなかった。

 驚くほど前に進んでいる。

 ため息がでる。

 誰かがこちらを見ている。その目は虚ろだった。焦点が定まっておらず、表情は笑顔に近いが維持できていなかった。

 そして。

 本人も維持できていないことに気付いていた。

 話したわけではない。他の人に確認をとったわけでもない。

 でも。

 私もその誰かも、お互いのことをよく分かっていた。

 歩かされている誰かは明らかに歩行速度が落ちている。

 歩いているはずの私は本当は走り続けている。

 誰かの姿は、静かに消えた。

 幻だった。

 息遣いも聞こえなくなった。

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