甘くて、酸っぱい。そんな2月。

 2月、この時期のイベントといえばまぁ、色々ある。でも俺のような学生にとってはバレンタインデーがビッグイベントだ。人によっては製菓業者のステマみたいな言い方するけど、俺はそこそこ好きだ。甘い物は好きだしこの時期はチョコレート製品が充実してくるし、安く手に入れやすい。


 ま、残念な事に俺はモテるわけじゃないから自分で買って食べなきゃならないのだけど。それはそれでお返しとか考えなくて良いから気が楽とも言えるが。


 で、そんなこと考えながらバレンタインデーまであと数日と迫った今日もちょっと期待しながら下駄箱を開ける。もしかしたら、フライングしてチョコレートを入れてる人がいるかもと思うけどそんな妄想は一瞬にして瓦解する。だって入ってないから。大体モテないんだから入ってるわけ無いだろと自分に心の中でツッコミを入れながらさっさと教室へ向かい、自分の席に着く。


 「やぁ、おはよう!」そう言って話しかけて来たのは、大林葵おおばやしあおいさんだ。大林さんは気のいい友人で、知り合った切っ掛けと言えば去年の文化祭、クラスで出展する彫刻を作るチームで一緒になった事だ。スタイロフォームを切り貼りしながら色々お喋りして、それで仲良くなったっけ。


 「聞いてくれよ大林さん、今日もチョコレートも何も下駄箱に入ってなかったよ。」


 「期待しすぎだよ!こんなに早くフライングする人いないってば!奥村くん!」


 「期待するのはタダじゃん。」


 「される方はプレッシャーじゃん!」


 「そんなもんなのか?」


 「決まってるじゃん!」


 なんて会話をする。こういう時間が生活に潤いを与えてくれる。そんな気がするのだ。


 「しかし、この時期はどうにも甘酸っぱい雰囲気が漂ってる気がするよ。今年も誰か彼かカップリングするだろうし?」


 「甘酸っぱい?酢飯っぽい雰囲気ってこと?」


 「酢飯って……。すしネタと合わせてまさにカップリングってか?やかましいぞ!」


 「ははっ!切り返し早いね。大喜利向いているんじゃない?」


 「……かもな。そっちも酢飯ってワードもってくるのすげーわ。」頭の回転の速さで言えば、俺としては大林さんのが速いんじゃないか。そう思っている。


「そうそうこんな話をしにきたんじゃなくて、14日は今年休みだけど予定空いてるかな?」話を無理やり路線変更させた大林さんは結構驚きの事を言っている。


「いやぁ……その日は一応空いてるけど、何するの?」デート……な訳は無いと思うけど、バレンタインデーに関係することだろうか?


「うん。ちょっとね。渡したい物があるだけだから。家まで届けに行くよ。」


「ああ。わかった。待ってるよ。」お届け物、中身は大体予想つくけど楽しみだ。


−−−−−−−−


 そして、2月14日。バレンタインデー当日。俺はなんだかそわそわしながら家で大林さんが届け物をしてくれるのを待っている。


 スマホのメッセージアプリでくれた連絡だとお昼前には来ると言っていた。で、今は午前11時半。そろそろか?と思っていると、呼び鈴が鳴る。


 小走りでウキウキしながら玄関に向かい、扉を開けると、やっぱり大林さんが立っていた。


 「約束通り、持って来たよ。ハッピーバレンタイン!」笑顔で大林さんは綺麗にラッピングされた箱を差し出してきた。


 「おお!ありがとう!」バレンタインのチョコレートは誰からでも嬉しい物だ。思わずウキウキしてしまう。


 「早速開けてみてよ!」ニコニコしながら大林さんは言う。もしかして、感想を聞きたいのかな?


 「おう。」早速包みを丁寧に開けて、中の箱のフタを開けてみる。するとそこには……。



 寿司が入っていた。しかもやけに旨そうだ。


「びっくりした?やっぱりバレンタインだから甘酸っぱくって思ってさ!」ケタケタ笑いながら大林さんは言う。


「そらびっくりしたわ!チョコかと思ったら寿司て!あと甘酸っぱいってのは物理的な話と違うから!」


「なーにー?チョコを期待してたの〜?」


「そらするだろ!あんな引っ張り方してからに!」


「まぁ、そんなことはさておいて、食べてみてよ!」大林さんはそんなこと言って箸まで差し出してきた。


「お、おう。」なんて言いながら俺は早速食べてみた。味は……とても美味い。ネタの切り方は綺麗だし、新鮮だ。酢飯の塩梅もとても良い。なにより握り方が固すぎず柔らかすぎず丁度良く出来ている。


「なにこれ?めっちゃ美味いんだけど?」最早困惑するレベルだ。


「まあね。前々からしっかり準備していたから!」そう言って大林さんは胸を張る。顔はどやっ!という表情をしている。


「なんだってそんな手の込んだ事を……?」


「だって、私奥村くんのこと好きだから。」ニコニコしながら事も無げに言う。


「……えっ!?」好きって、まさか、いや、そんな。


「私、好きな男の子にしかこんな事しないよ。」ちょっとだけ赤くなった顔をして、大林さんは言った。


「あの……好きっていうのは?」そんなわけないそんなわけない、と思いつつ最早そういう意味しか無いだろとか思いながら俺は聞き返していた。


「もちろん、恋人ってこと。付き合ってください。」……そして、そういう意味だった。俺は、今まで異性として大林さんを意識してきてはいなかった。でも、どこかでは好意はあった。どこか一緒に居られないと物足りなさもあった。もしかしたらこういうのは恋の前段階なのかもしれない。それなら、だ。


「……ああ。わかった。付き合おうぜ。」俺は告白を受ける事にした。


「やったぁ!ありがとう!」大林さんはとってもまぶしい笑顔を浮かべた。うん。とってもかわいい。でも、少しばかり残念なのは、チョコレートを貰いそびれたことか。だから、


「しかしなぁ、俺は今日というこの日に寿司貰って嬉しかったけど、バレンタインだからチョコレートほしかったなぁ。」なんて言ってみた。


 すると、「あるよ。はいこれ。」なんて言って別な箱を差し出してきた。しかも箱の形はハート型ときた。アイ・ラブ・ユーなんて書いたメッセージカードまで付いてる。


 「最初にこっち出せよ!あるならよ!」思わずツッコミをしてしまった。


 「いや、ね。チョコレートだと思ったら寿司だった時のリアクションが見てみたくてつい……。」あいも変わらず笑いながら大林さんは言う。


 「それで断られたらどうするつもりだったんだ?」


 「でも奥村くん、付き合ってくれるって言ってくれたじゃん。」


 「いやまあそうだけどさ……。」


 「それに、奥村くんはきっとどっちも喜んでくれるって思ったから。」またこのまぶしい笑顔を浮かべて言う。この顔を見ているとどんどん好きになりそうだ。


 妙なバレンタインデーだったけどこれはこれでいいか。俺はそう思っていた。

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