第12話
ここで、僕が彼女に『好き』と言って、この関係が壊れてしまうのが嫌だった。
今の彼女は、僕に微笑み、そして、なんの遠慮もなしに話してくる。それを壊したくない。
素直になれない空気が支配している教室では育たなかったこの感情を、意気地なしの僕は、伝えることが出来ない。
離れてしまう恐怖と、彼女と一緒にいられる幸せの中に、僕は意図して溺れた。水面を見ながら、そこに上がるまいと必至に水底へ泳ぎながら、自分の気持ちが浮上していかないようにしていた。
今思うと、あの時に何か行動をしておけば、僕の恋は簡単に引き裂かれなかったかもしれない。
夏休みを十日後に控えたある日。
学校から帰る途中、家と学校の中間地点まで来ていたところで急に雨が降り出した。母親から傘を持っていくように言われていたが、その傘は学校に置いたままだった。雨が降っていないので、学校に置き忘れてしまったのだ。
自分の間抜けさを呪いながら走り出し、お化け寺の前の階段にさしかかった時に、秘密基地に傘が置いてあるのを思い出した。
家の倉庫から適当に持ってきた祖母の使っていた派手な色の折り畳み傘。『もしもの時の為に』という理由でその傘を置いていたのだ。
周囲に誰もいないことを確認してからお化け寺の坂を駆け上がり、少しぬかるみ始めている地面を蹴って、秘密基地へと急いだ。
入り口に体を滑り込ませる。自分の顔をハンカチで拭き、秘密基地の中から外を見た。雨は先程よりも大粒になり、激しく地面を叩いていた。
止むまで待つのも手だったが、この勢いでは雨が止むとは思えなかった。傘を持っていこうとしたが、そこにある筈の傘が見つからない。
「おかしいな」
そう言って、ここ数日の出来事を振り返る。
そういえば、この前の休日に父が倉庫に行った際に、母に『傘はどこにいった?』と聞いていた。それを知った僕は急いでここから傘を持っていき、両親が不在の時に倉庫に入れておいたのを、すっかりと忘れていた。
あの傘以外にここに傘はなく、他に雨を防げる物もない。
雨が止むのを祈りながら待つか、それとも、濡れながら帰るか。どちらかしか選択はなかった。
どうしようか迷っていると、誰かが敷石を歩いている音が微かに聞こえた。音をたてないように聞き耳を立てる。
ゆっくりと歩くそれは、止まることもせず、こちらを目指して歩いてくる。
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