第9話

 その声を聞いた七海が笑い出す。

「『ひゃうっ』だって、かわいい」

「お、お前が変なことするからだろ」

「変なこと……?もしかして、これ?」

 耳にわざと息を吹きかけられ、またも僕は情けない声を上げた。

「そそそ、それ!」

 耳を手で何度もこすりながら、そのくすぐったさを取ろうとしていると、自分の耳が熱を帯びているのがわかった。頬以上の熱をもつそこが、赤くなっているのが容易に想像できた。

 急に恥ずかしくなり、両耳を塞ぐようにしてそれを隠すと、七海が僕の手を耳から離そうと、手を掴んできた。

「これがダメなんでしょ?もう一回する!」

「やーめーろー!」

「いーやーだ!」

 七海は必至になって手を離そうとしてきたが、あまり力は無く、手は耳から離れない。

「そんなんじゃ、離せないよーだ」

 勝ち誇ったように僕がそう言うと、七海は手を離した。

「じゃあ、こうする」

 頭をこちらに向けて一気に突っ込んでくる。

 頭突きだった。

「ぬおおおおおおおおおお、させるかあああああ」

 アニメのような台詞を吐きつつ、避けるために僕は立ち上がった。

 バカだった。

 学習能力がないと言い換えたほうがいいのかもしれない。

『立ち上がると頭をぶつける』

ということを、数日前に頭をぶつけた時に学んだはずだったのに、また同じことをした。

 律儀にも前回とまったく同じ場所をぶつけた瞬間に『ここで立ってはいけなかった』と思った。しかし全ては遅く、頭を強打した僕は椅子の上で頭を抱えたまま、うんうんとうなる羽目になった。

 じんわりと溢れてくる涙を、歯を食いしばりながらこらえる。『こんなのは大したことはない。全然効いていない』と自己暗示をかけるように、心の中で何度も同じ言葉を繰り返す。

「大丈夫?」

 七海のその言葉を聞いて、怒りが湧いた。

 お前のせいでこうなったのに、謝らないなんてどういうことだ。

「ひっさんって、私がここに来ると毎回頭ぶつけるよね」

 そう言ってきた彼女に、無性に腹が立った。

「お前のせいじゃん!」

 拳を椅子の手すりに振り下ろす。

 ゆっくりと目を開いて、七海を見ると、泣き出しそうな顔でこちらを見ていた。

「お前……が」

 これ以上の言葉が出てこなかった。

 女の子を泣かすことがかっこ悪いと思っていたせいもあるだろう、けれど、それ以外にも理由はあった。

 視線が合うだけで、うまくしゃべれなくなるのだ。

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