#03

 リサのアパートの前に戻ったが、102号室には――というより、アパートの全室に明かりはついていなかった。

 角の電信柱にくっついた仄暗い蛍光灯のもと、明かりのない古いアパートはなおのこと暗く、風が吹くとバタバタとベランダの風除けの剥がれた部分が乾いた音をたてていた。

 リサの母親は家の中にいるのだろうか?

 少なくとも、リサを待っている様子はない。


「……お母さん、いないのかな?」


 ――リサを探しに外に出ているのだろうか。


 僕は不安になった。


 ――警察に駆け込んでやいまいか。


 もしも、警察に捜索願が出されていたら、僕は罪に問われるのだろうか。もしも罪に問われるのなら……僕はこの場でリサひとりでも殺しておく必要がある。


 102号室のドアに手を伸ばしているリサの背中を見つめながら、僕は考えた。


 ――今、殺す。


 背中のリュックをおろそうと肩紐に手をかけた時、102号室の扉が開いた。

 

 部屋からは生ゴミの腐臭と汗臭い饐えたにおいが混ざりあった刺激臭が鼻をついた。


 ――ゴミはちゃんと捨てているのか?虫がわいてないのか?

 

 強烈な悪臭に怯んだ僕に気づいた素振りもない。

 リサはお構いなしに家の中に入っていった。玄関の電気スイッチの前で背伸びをしている。


「お兄ちゃんも、どうぞ」


 電気がつくと、リサは僕の方に、前歯のない笑顔をにぃっと向けた。


 玄関を上がると六畳一間の畳の上に、布団が敷きっぱなしになっているのが目に入った。布団の周りには、カップラーメンを食べた後の容器であるとか、吸い殻でいっぱいの灰皿だとか、電気料金の請求書だとか、脱いだままの服だとかが散らばっていた。

 右手がは台所で、流し台には汚れた食器が山積みになっていた。まな板と包丁も裸のまま置かれっぱなしだが、調理をした形跡はない。うっすらと埃が溜まっている。


 室内をぐるりと見渡して観察する僕のほうは振り返ることなく、リサは部屋の中央にある白い座卓に駆け寄っていった。机の上に置かれた紙を掴んで、僕に見せる。


「なんて書いてるの?」


 僕は手紙に目を移した。


「………………」


「ねぇ、なんて書いてるの?」


 手紙を凝視して黙ったままでいる僕のコートの袖を掴んで、リサが答えをせがむ。


「……これ、どうしたの?」


 僕は答えられなかった。


「ママのお手紙!ねー!なんて書いてるの!?」


 リサは、掴んでいた僕の袖を力いっぱい引っ張った。


「ねぇ!!!」


 されるがままの僕をオモチャにして、リサは声を上げて笑った。


「ねーえ!!!」


 リサは無邪気だ。


「……ママ、ちょっと出かけるんだって」


 本当のことは言えなかった。どうせ殺すから、言わないほうがいいと思った。


『リサへ。パンはたなの中ににあります。ママはもうかえりません。バイバイ』


 手紙には鉛筆でこう走り書きされていた。

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