7限目 ちちんぷいぷい……ぷ~い。

 地面に空いている穴に落ちたんだぜ?

 なのに、落ちる感覚がひとつもねーんだ。

 

 気付いた瞬間には、なんだか何も無い小部屋にいる。

 トビラがひとつだけあるので、そこから外に出れそうだった。

 

 けどね――、

 

 あれ、アンジェ先生は?

 ボクちゃんひとりなんですけどおおお。

 

 怖いいぃ。

 

 もうひとつの違和感に気付き下を見下ろす。

 妙な解放感があったからだ。

 

 ぎゃわ、全裸。ド全裸です!

 

 どうすんのよ、これ。ぶらぶらさせて、ダンジョン探検するわけ?

 いや、その前にアンジェ先生が、俺のすべてを見てしまう。

 

 だが、と思うのだ。

 俺が全裸ということは、相手も全裸。

 ほほう……。

 

 Yeeeeeees, we can!!!

 

 久しぶりでしょ。これ。

 お互いマッパなら恥ずかしくないや。

 いや、恥ずかしいけど、メリットがデメリットを上回る。

 

 それでは、いってきま~す。

 

 トビラを開けて意気揚々と外に出た。

 

 ◇

 

「最初に説明しておくべきでした。えへ」

 

 アンジェ先生が、拳で頭をコツンとした。

 

 俺はすでに、黒いローブのようなものを着ている。

 だが、パンツが無いので偉くスースーするのだ。

 

 黒いローブは、ダンジョンで手に入れたアイテムらしい。

 誰が着ていたかは聞かない方がいいそうだ。

 

 なお、さっきの小部屋は、通称フィッティングルーム。

 その名の通り、装備品に着替える部屋で、ダンジョン外の素材が含まれる服は消滅する。

 

「げげ、制服無くなったんだけど……」

「大丈夫です。ダンジョンを出ると、なぜか元の服装です」

 

 ファンタジーというより、超絶テクノロジーなんじゃないの?

 

 フィッティングルームは、ダンジョンに入った人ごとに用意される。

 おまけに記憶されるので、そこに装備品などを置いていけるのだ。

 

 まさに至れり尽くせり。

 攻略してほしいのか、してほしくないのか、良く分からないのがダンジョンだ。

 天邪鬼なのかな。

 

「私の場合は、装備品を置いて行っています。あ、もちろんデリケートな装備品は持ち帰って洗濯しますよ」

 

 は~い。もやもや、ぽわわ~ん。

 

「……しかし、アンジェ先生の装備って」

「どうですか?」

 

 クルリンと一回転する。

 やべーぞ、カワイイ。

 

 なおかつ適度に素晴らしい露出!

 

「ソードウォーリアコーデです」

 

 良く分かんないけど、このコーデ考えた人って神過ぎるッ!

 

 ただ――、

 

 俺的には嬉しいけど、なんでスカートみたいな装備なんだろ。

 ぜったいに堅い素材でガチガチに固めたほうが強いと思います!

 

 ん~まあ、こっちのが良いので、深く考えるのはやめよう。

 

「じゃ、行きましょうか」

「……いや、ちょっと」

「はい?」

 

 さっさと歩き出そうとしたアンジェ先生が、サラリと髪を揺らして振り返る。

 ソードウォーリアコーデの時って、カチューシャみたいのするんだな。

 

「いや、例の魔法しか知らねーけど……もうちょい弱いのは?」

「なるほど……」

 

 少し考える様子を見せた。

 毎回、あの強烈なヤツを使うとなると、さすがに死にそうな気がする。

 

「それはその通りですね。ただ――」

 

 何を、躊躇うことがある!

 弱い魔法をギブミー!

 

「うん。分かりました。では、超初級魔法で矯正していきましょう。ここなら火事にもなりません」

 

 この前は、いきって中級からだったからな。

 ひょっとして、俺のやる気を煽るためだったのかもしれないが……。

 

 周囲を見ると、まさしく洞穴。

 ぜんぜんファンタジーなゲームをしないので分からんが、まあダンジョンなんだろう。

 

 岩みたいな壁だ。

 ただ、なぜか灯りはある。

 ところどころに、ランタンのようなモノが取り付けられていた。

 

 ここ作った悪者って、親切心の塊なのかな……。

 

「壁の方に掌を向けてください」

 

 アンジェ先生に向けたらエライことだ。

 

「呪文を唱え終わったら、掌から力が抜ける感じがするでしょう?」

 

 脳天から何かが入って、身体で暴れてから出てくアレだ。

 前回は、強烈だったぜ……。

 

 俺は黙って頷いた。

 

「その時に、出て行くのをキュウッて抑えるんです」

「……キュウッて何だ?」

「キュウッです」

 

 アンジェ先生は、手を胸に当てて「キュウッです」と同じことを言った。

 

「……」

 

 実は知らないんじゃなかろうか。

 

 ――私はエルフでありながら、魔法が苦手です……というより【開示】しか使えない。

 

 うん。知らんな。

 誰しも不得意分野はある。

 俺も敬語できねーし。

 

「いいや、やってみる」

「では、この前のように続けるんですよ」

「……分かった」

 

 口でもごもご言うだけでいいって、魔法使い最高だわ。

 

「笑っちゃダメですよ」

「は?」

 

 アンジェ先生は真剣な表情だ。

 笑うもんか!

 

「ちちんぷいぷい」

 

 はい?

 頭がクラッとしましたよ。

 なんだか、中級と方向性が違いすぎるぞ。

 

「ほら、何してるんですか?」

「……あ、ああ」

 

 アレを、俺が言うのか……。

 高校二年生とはいえ、今年で19歳になる男子。

 というより英語圏だと、どんな呪文になるんだろう。

 

「だから、この前は中級からにしたんです。帰っちゃいそうで……」

「となると、初級も?」

「ええ。コンセプト的には」

 

 だが、やるほかねぇ。

 誰も見てないし、動画も取られてないからいいや。

 アンジェ先生とふたりきり。

 

 俺が頷くと、アンジェ先生は右手でファイトッてやりながら頷き返してくれた。

 いちいち挙動がカワイイよな。

 

「ちちんぷいぷい」

「ちちんぷいぷい」

 

 おらあああ!唸れ俺の魔力!

 

「火の玉さん、頑張れぇ」

「火の玉さん、頑張れぇ」

 

 迸れ、我が炎!

 

「ぷ~い」

「ぷ~い」

 

 うはっ。来ました。脳天侵入!

 けど、この前よりは、間違いなく小さい。

 

 ぞわぞわと全身を巡り、掌に来る来る来るうううう!

 キュウッ!

 

 ドガーーンッ。

 

 爆音と共に、スイカぐらいの火球が壁にぶち当たる。

 ボコッと岩肌がえぐられて、俺とアンジェ先生に小石が飛んで来た。

 

 痛いと言う間もなく、フラッと力が抜けて俺は膝を地面につけてしまう。

 

「さ、さすが【極】……ではあるのですが、あまりに解放し過ぎですね」

 

 アンジェ先生の手を借りて、立ち上がる。

 意識が残っただけ、前回よりもマシか。

 いや、あれは中級だったからか。

 

「これって、何が持ってかれてるんだ?ドバっと俺から出てく感がある」

 

 映画で見た魔法使いって、ジジイが楽々と火の玉出してた気がすんだけど。

 

「体力です」

「ほう。はぁ?」

「魔法使いは、体力勝負ですから!」

 

 おいおい。もごもご呪文言うだけじゃダメなのか。

 甘い話ってねーな。

 

「ですから、なるべく体力消費せずに、キュウッと」

 

 出て行くのを、抑えるわけか。

 でもって、身体も鍛えメシも食って体力アップ。

 

 なんか、俺のイメージとぜんぜん違うな。

 

「術を繰り返しても鍛えられますから。エルフ族ではダイエットにも活用されています」

 

 ふざけた利用法だな。

 

「とりあえず、倒れる直前までやるか」

 

 ガバ屋をバックレちまった……。

 こうなったら、ダンジョンで稼げるようになるほかねぇ。

 

「ちんちんぷいぷい――」

 

 ◇

 

 ハッ!

 

 ガバリ。キョロキョロ。

 

「やべええ」

 

 またもや、ぶっ倒れたらしくアンジェ先生の家にいた。

 さすがに帰らねーと、オヤジも心配――しないか。

 ただ、制服のワイシャツとか着替えたいんだけど……。

 

 またパンツ買うのも勿体ねーし。

 

 ――ちんちんぷいぷい

 

 幻聴だな。

 もうやり過ぎて、幻聴が聞こえるようになっちまった。

 

 何度唱えたか覚えてないが、すげえやったと思う。

 ただ、キュウッの感覚は、少しばかり分かった気がする。

 

 中級野郎はまだ無理だが、超初級、初級くらいは大丈夫そうだ。

 

 ちな、超初級は、キッチリ抑えるとビー玉ぐらいの火球になった。

 それでもデケェらしいが、負担を感じないので、もうそれでいいわ。

 

 ――ちんちんぷいぷい

 

 しつこい幻聴だな……。

 いや、そっか。

 

 ――ぷ~い

 

 アンジェ先生が、きっと隣で練習してんだな。

 

 やれて当然のこと。

 持ってて当たり前のもの。

 それが無い。

 

 辛いわ、それ。

 

 起きるのは止めにして、俺はベットに戻った。

 寝てると思われてるなら、そうしよう。


 目を閉じた。

 

 ――チミは【%$&#*】が、いないのですかぁ?

 ――いけない子ですねぇ……。

 

 シーツを被って丸くなる。

 

 クソがよ……。

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