エルフ先生と俺。

砂嶋真三

第1章 エルフ先生と出会いました!編

1限目 エルフ族。独身。キミを矯正することに決めました!

 俺は二年間寝たきりだったらしい。

 

 ――モルペウス症候群。

 

 世界規模で――と言っても十万人程度だが、突然寝たまま目覚めなくなった。

 地球がグルっと一回転する間に、各所で発症したのだ。

 

 俺が住んでいる町でも、その症状が出たヤツがいる。

 通っている高校の教師一名と、俺だ。

 

 モルペウス症候群で、目覚めたヤツはいない。

 

「キミは奇跡かもしれない」

「え、なんで?」

「是非、今後も検査に協力して欲しい」

「はあ」

 

 俺の生返事を聞きながら、医者がメガネを触った。


「あと、ボクは気にならなくなったけど」

「なんだよ」

「敬語って知ってる?」

 

 何のトラウマか分からんが、敬語を使うと蕁麻疹が出る。吐き気もする。体調が悪くなる。


「マスコミってうるさいからさぁ。SNSも怖いし……」

「ふうん。ま、マスコミとか関係ねぇし」

 

 そんな会話で俺の入院生活は終了。

 病院の玄関を出てみれば、ずらっとマスコミが待ってやがった。

 

 カワイイ看護師に花束を渡された瞬間、周囲のカメラがフラッシュを炊きまくる。

 眩しいだろうが。

 

 いや、そんなことより、入院代を払ってない。

 

 ハッ!

 

 後から請求が来るのだろうか……支払える気がしないな。

 

 いや、オヤジが払っておいてくれたのかもしれない。

 ロクでもないオッサンだが、親だからな。

 

 ――笑顔くださ~い。

 ――今のお気持ちは?

 

 などの声が聞こえる。

 つっても笑うの苦手だしな。

 たぶん、困った表情の俺が、映像として残ったと思う。


 敬語も使えねーから、黙ったままやり過ごす。SNSで叩かれるの怖いんだもん。 

 ただ、最後の質問の意味が分からなかった。

 

 ――新しい世界に馴れそうですかぁ?

 

 ◇

 

「おい、五郎」

 

 オヤジが一升瓶を抱えてタバコを吸っている。

 長男だぞ。五郎ってふざけてんのかよ。

 

「なんだ」

「オメェ明日から学校だろ」

 

 二年間の爆睡!

 そのため、ふたたび高校二年生をやり直すことになる。 

 ちょうど5月のGW明けに目覚めると言う偶然で、まさにリセット状態だ。

 

「そうだな。学校に行く。オヤジみたいにならないためにだが」

「……テメェ。まあいいや。学校終わったら、ガバ屋に寄ってけ」

 

 ガバ屋とはオヤジ行きつけの居酒屋だ。

 ガバガバ飲ませるぞ、という店主のヤクザな性根が見える店名だ。

 

「なんでだよ?」

「バイトしろ」

「イヤだ」

「オメェの入院代な……とても払えねぇ」

「いくらだよ」

「なんか、こ難しい制度で値引きとか色々あったんだけど」

 

 そういうの値引きって言うのか?

 

「200万くらいだ」

「……」

「それも無かったから、ガバ屋に建て替えてもらった」

 

 そう言って、グビリと茶碗で酒を呑んだ。

 

「俺の稼ぎじゃ無理だ。となるとオメェが働くほかない」

「……チッ、仕方ないな」

 

 勝手に爆睡してたのは俺だからな。

 ケツは拭くほか無いだろう。

 

 こいつが店に来たら追い返すこともできるだろうし……。

 

「俺が行った時はよ、こっそりサービスしろよ」

 

 するかッ!

 

「ところで、オヤジ」

「んだよ」

「ニュース見てるか?」

「見てねぇよ」

 

 オヤジに、世界の様子など聞いても仕方がないな。

 

 ◇

 

 奇跡の男が来ました~!

 

 校門前で、全校生徒が歓迎してくれるかと思ったが、そんなことは無かった。

 まあ、誰も興味ないか。

 

 病院から家へ帰る時は、周囲の様子など見る余裕が無かった。

 オヤジが行方をくらませているかもしれないと思ったからだ。

 

 ロクでもないヤツだが、親がいないと色々と困る。

 俺ひとりで高校へ行きながら食っていくなどできないからだ。

 

 で、今日の通学路。

 

 どうにも耳慣れない言葉が飛び交っていた。

 

 ――スキルが伸びねぇ。

 ――親にさ、ダンジョン行くなって言われてるから今日無理だわ。

 ――お前の親古いな。もう大学なんて行っても意味ねーよ。

 

 スキル、ダンジョン。

 

 んだ、それ?

 

 とはいえ、今はそれどころじゃない。

 転校生みたいな扱いになるそうなので、まず職員室に行く必要がある。

 

「よぉ」

 

 ガラガラと引き戸を開けて入ると、職員室にいた教師たちが一斉に俺を見た。

 

「おお、唐沢久しぶりだな!」

「おかえり!」

「五郎、良かったなぁ」

「うんうん」

 

 顔見知りの教師たちが喜んでくれた。

 

「迷惑かけた」

 

 あのオヤジの息子にしては、礼儀正しく返事ができたと思う。

 

「良かった良かった。で、お前の担任なんだけど」

 

 きょろきょろと辺りを見回す。

 

「遅刻かなぁ」

 

 頭を掻きながら言った。緩いな。

 

「まあ、転校生でもなし大丈夫だろ。前と同じ2年3組だ。覚えてるよな?」

「……ああ」

 

 さすがに覚えている。

 

「じゃ、先に教室行ってろ。お前の事情は、みんな知ってるから良くしてくれるはずさ」

「はあ」

 

 そういうわけで、ひとり職員室を出て、これから一年間を過ごす教室に向かった。

 

 ――教室の前。

 

 中には、年下でありながら同級生となる連中がいる。

 どんな扱いになるのか分からない。

 

 ちょっと緊張するな。

 とりあえず真面目な顔で、トビラを開けて中に入った。

 

 シーン。

 

 俺が入った瞬間、教室内にあったざわめきが消える。

 全員の視線が俺に集まった。

 

 くっ……そんなに見るんじゃねぇ。

 

 ここまで注目されるのは、給食費ドロボウの疑惑をかけられた小学校以来だ。

 そういえば、あれの真犯人は結局分からなかったな。オヤジかもしれん。

 

 誰も寄ってこない。というかどこに座ればいいんだ。

 教壇に立ち、空席が無いか見回す。

 

 全部、埋まってるじゃねーーーか!

 おいおい、クラス委員とかさっと寄って来いよ。

 

 ――唐沢くんだね!

 ――キミの席はね、かくかくしかじかで、決してハブろうとかそういうのじゃ……

 

 って、そんな役回りのヤツはいないのだろうか。

 いないようなので、自分で席を探すほかない。

 

 なるべくフレンドリーに聞こう。最初が肝心だ。

 俺の顔は怖いらしいから、気を付けないといけない。

 

「……俺の席……どこょ」

 

 ボソボソ。

 だって、前に立って話すのって恥ずかしいんだモン。

 早くぅ、誰か返事して~。

 

 シーン。

 

 こ、こいつら……。

 ダブりのお兄さんを、初日からイジメる気満々なんじゃねーか?

 

 やだよ、俺。

 今回こそは、ボッチを卒業して、みんなとキャッキャッするんだ。

 体育祭とか文化祭とか頑張ったりしてさ。

 

 でもって、帰りにトモダチと遊んだりして……。

 

 シーン。

 

 くそがああああああッ!

 思わず、俺はギロリと教室中を睨みつけてしまった。

 人殺しの目だと、死んだババアに言われたことすらある魔眼!

 

 全員が目線を逸らす。

 口笛拭いてるヤツまでいるぞ。バカか!

 

 もうダメ。確定で~す。

 またまた、ボクちゃん一年間ボッチでございますぅ。わ~い♪

 

「あ、あああああの、あのッ」

 

 諦めて、誰かを押しのけて座っちまうか。

 どいつもこいつも、ヒョロッとしてるから、俺ごときでも勝てるだろ。

 席を用意しておかねーのが悪い。

 

「あのあのあああのーーーー!」

 

 ん?

 

「ひぃ」

 

 声がした方に顔を向けると、ひとりの女生徒が「ひぃ」と言った。

 ゾンビみたいな扱いしやがって……。

 

「なんだよ」

「あのあのですね、唐沢五郎さん、くん、先輩、えっと」

 

 俺のポジションってややこしいんだな。

 

「せ、先輩の教室は、ととと隣でございますッ!」

 

 ビシィ!

 女生徒が、黒板の方を指差す。

 

「あ……」

 

 ヤバい。超恥ずかしい。超絶逃げたい。爆絶死にたい。

 ゴメンね。ホント許して、みんな……。

 

 俺が土下座でもしようと腰を屈めた時、ガラガラと再び引き戸が開けられる。

 

「ん?」

 

 ひとりの女――いや、とんでもない美女がいた。

 

「唐沢くんですね!」

 

 見た目より、ちょっとカワイイ感じの声だった。

 ビシッとスーツを着こなす大人の女。

 その極悪なプロポーションは、十代男子にとって目の毒過ぎるううううッ!

 

「あ、ああ」

 

 ヒールの音をカツカツと言わせて俺に近付いて来た。

 な、なんだ、この圧倒的に良すぎる匂いはッ!

 

「敬語って知ってますか?」

 

 け、敬語ですかあああ。

 すげえ、苦手なんですうう。

 使うと蕁麻疹が出ちゃうのです、なぜか!

 

「知らねぇよ」

 

 待って俺~。

 どこから、その反抗的な口調が湧き出るのですか!

 ホントは「ゴメンなさい。よろしくお願いします」なんです。

 

「フフ」

 

 超絶美女が微笑する。

 

「これからが、楽しみですね」

 

 ふぅ、良かった。

 楽しみにしてくれてるぞ。

 

「キミの担任です」

 

 腰に手を当て、俺をジッと見つめる。

 た、担任が、これほどの美人になるとは極熱ラッキーかも。

 爆睡したカイがありました。

 

「そうかよ」

 

 わーい、美人だ美人だ、び・じ・ん♪

 俺の脳内で、ハッピを着た小人たちが踊っている。

 

竜巻たつまき アンジェリカです」

 

 ずいぶんと奇姓ですね。


「こ、国際結婚?」

「独身ですけど――」


 アンジェ先生って呼べばいいか。

 

「――エルフ族です。キミを矯正することに決めました!」

 

 そう言って彼女は、金髪ロングの髪をサラリと払った。

 

 あれ、お耳がちょっと長いですよ?

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