ひとでなしの熱い一夜
藤ともみ
前編
「んもう、信じらんなあい!」
イライラして、思わず握りこぶしを、だんっ、とテーブルに叩きつけた。
グラスの中のきらきらしたカクテルが、ゆらゆらと揺れる。
「お客さん、飲みすぎですよ?」
初老のバーテンがなだめてくるけど、そんなの知らない。
「良いのよ! 好きに飲ませてちょーだいっ!」
今日は久しぶりのデートだと思ったのに、急に彼氏からドタキャンの電話が入った。
せっかく職場のブスメガネに残業押し付けて、オシャレで高級なバーに来てテンション上がってたのに、サイアク!
取り敢えず、カクテルの揺れが落ち着いてから、友達にあとで見せるようにケータイで写真を何枚か撮っておく。
その間に、さっきの電話の内容が脳裏によみがえって、せっかくキラキラな写真を撮っているのにイライラが治まらなかった。
『ほんとに悪いと思ってるって……』
『そう言ってこの前もドタキャンしてきたじゃん! 浮気でもしてんじゃないの!?』
『そんなんじゃねーよ!! とにかく、もう切るからな! 今度埋め合わせしてやるから!』
『ちょっと、待ちなさいよっ! この間だってそう言って何もしてくれなかったじゃん! 埋め合わせ、本当にする気があんの!?』
『あー! もうマジうるせえ!』
最近、彼氏の様子がおかしい。
あたしがメール送っても全然返事してこないから、電話かけまくってやっと出る始末。
電話に出る声も、いっつも小声で、すぐに電話を切りたがる。きっと他に女ができたんだわ。このあたしを差し置いて一体どんな女と浮気してるって言うのよ、絶対許さないんだから……!
「どうされたんですか、お姉さん。」
不意に、後ろから声をかけられた。
「ああ? 誰よ――」
声のした方を振り返って見て、驚いた。
すっごいイケメン……!!
どこかの商社マンとかなのかしら、ぱりっとした高級そうなスーツが良く似合う、黒髪のイケメンがこちらに微笑みかけていた。
「突然お声かけして、すみません。その……美しい方が声を荒げておられたものですから、何かあったのかな、と気になって。」
やだ、声もめっちゃ好みなんだけど……!! 今まで会ったことのない、将来有望で真面目なエリートタイプって感じ……。
ていうか、何コレ、あたし、もしかしてこのイケメンにナンパされてるの!?
「僕でよろしければ、お話を伺っても……?」
気が付けばイケメンは私の隣の席に腰を下ろしていた。ああ、近くで見てもきれいな顔!!
酔った勢いもあって、あたしはぽつぽつと彼氏に対する愚痴をこぼした。なるべく、しおらしく見えるように、彼氏が最近全然会ってくれなくて寂しいということ、もしかしたら浮気されているのかもしれなくて不安なの……ということを伝えた。
「なるほど、それは酷いな……。」
イケメン君が、眉をひそめて同情してくれる。
「実は、僕も彼女とここに来る予定だったんですが、フラれてしまって……。」
「え!? ウソー!!」
思わず、大きな声が出ちゃう。こんな、イケメンで、収入もありそうな男がどうして!?
「あなたみたいな人が、フラれるなんて……。」
「僕も、自分の何が悪かったのかわからなくて……『あなたの考えていることがわからない』って、泣かれちゃったんですよね。」
バッカじゃないの、その女!! そんな中学生みたいな理由でこんな優良物件逃がすなんてね!! まあ、そのおかげであたしが得できるんだから、感謝しなきゃかしら?
「じゃ、あたしたち似た者同士ってコトね……。」
テーブルの上に置かれた、高級そうな腕時計が嵌められたイケメン君の手に、私はそっと自分の手を重ねた。ここに来る直前にネイルサロンに行っていたから指先のケアは完璧だわ、よかった。
一方、手を取られた彼は、びっくりしたみたい。
「あの、これは……駄目ですよ、彼氏さんに悪いです。」
「良いのよお。あたしを放っておいたアイツが悪いのよ。……あなたをフッた、彼女さんも悪いのよ、ね?」
そう耳元で囁いて、自慢のおっぱいの谷間がよく見えるように近づいてあげる。これで大抵の男はイチコロなんだから♪
案の定、彼は一瞬アタシの胸をちらと見て、すぐにさっと目を逸らした。うふふ、カワイイ。
「怖がらなくて良いのよ? ちょっとした火遊びだと思って……ね? 二人きりになれるところ、行こ?」
あたしの言葉に、イケメン君も覚悟が決まったみたい。お会計を、と言ってカードで支払うと、私の肩を抱いて歩き出した。
うんうん、やっぱり男には決断力って大切よね! きっと仕事も出来る男に違いないわ。私の肩に回された手も、たくましくてドキドキしちゃう……。
こんな優良物件、もちろん一夜限りで逃がすつもりなんて無いわ! 彼氏から上手いこと彼に乗り換えてやろっと。
まあ、すぐに別れちゃ勿体ないから、クリスマスプレゼント貰うまでは付き合ってやるか……埋め合わせするって言ってたしね。
やがて、歓楽街を過ぎて、人気の少ない通りに入ると、シックな装いのラブホテルの前にたどり着いた。
最近、彼氏とはこういうところに来てなかったから、なんだか新鮮な気分だわあ。安っぽくなくて、オシャレな外観なのもテンションが上がっちゃう♪
「……こういうこと、慣れているんですか?」
私の肩を抱いたまま、彼が私の顔を上から覗き込んでくる。バーであたしの話を愛想よく聞いてくれた時よりも、少し低い声で囁かれてドキドキしちゃう。
「やだあ、人を軽い女みたいに言わないで……♪ あなただけよ……なんか、運命感じちゃったの。あなたもそうでしょ?」
「……ええ、そうですね。」
そう言うと、彼は私の顎を掴んでキスをした。触れるだけのキスなのに、全身がびりびりっと痺れるような感覚に襲われる。
「うふふ、意外と大胆なのね……。」
彼の背中に手を回して、ぎゅっと抱きつくと、彼もあたしの背に手を回してくれた。もう、身体が燃えるように熱い……ああ、今夜のあたし、どうなっちゃうのー!?
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