11 教育相談≒お茶会②
カップを置いて、ディアナは表情の固まったツェツィーリエに微笑みかけた。
「私から見たあなたは、ちょっと意地っ張りで気難しいところもあるけれど前向きな、とても真面目な生徒です。だから、あなたがあなたらしく進みたい方向に行けばいいと思っています」
「……嘘よ」
「残念ながら、私はこんなにハイレベルな嘘をつけるほど才能があるわけではないので」
「なによ、それ。あなた、変よ」
口では貶しながらも、そう言うツェツィーリエの表情は穏やかだった。「おかわりはいかが?」と問うと、彼女は上品に微笑んで頷いた。
ディアナが二杯目を注ぐと、ツェツィーリエはカップで両手を温めるようにして口を開いた。
「……わたくし、不安なのです。三月の進級試験はもちろんのこと、冬のグループ試験を通過できるかさえ……とても、不安です」
「……あなたは、コントロール力さえ身についたら十分だと思います」
「それが問題なのよ! ……だって、わたくしの欠点は……誰かを傷つけることしかできないのですもの!」
声を荒らげるツェツィーリエの姿に思わず緊張するが、同時にディアナは妙な安心感も覚えていた。
(今、ヴィンデルバンドさんは自分を見せようとしてくれている)
だからディアナは、ツェツィーリエが見せたいと思う自分を、真正面から受け止めるのだ。
「それは、どういうことでしょうか?」
「……ルッツは臆病者で、リュディガーは腹が立つし、エルヴィンはサボり魔で、レーネはお菓子ばかり食べていて、エーリカは勉強が苦手だけれど……他の皆は、他人を傷つけるわけじゃないのよ。欠点で誰かを傷つけるのは、わたくしだけなのよ……!」
「……ヴィンデルバンドさんは、そのことをずっと気にしていたのですね」
「……。……それに、わたくしが退学処分を受けたら、お父様やお母様に顔向けできない……。あんなに励ましてくださったのに、あんなに愛情を注いでくださったのに、わたくしはヴィンデルバンド侯爵家の顔に泥を塗ることしかできない娘になるのよ!」
(……そう。これが、あなたの理由なのね)
誰よりもプライドが高くて、誰よりも向上心が高いのは――全て、周りの人のためだった。
「ヴィンデルバンドさん。あなたは、とても優しい子ですね」
「……励ましなんていりません! 本当に優しければ、あのときルッツやエーリカを泣かせたりは――」
「ほら今も、後悔しているのは仲間を泣かせたことでしょう?」
ディアナの指摘に、ツェツィーリエは虚を突かれた顔になった。
「あなたはきっと、魔法に関しても友人関係に関しても一生懸命なのですね。だからこそ、失敗を恐れるし人一倍悩んでしまうのでしょう」
「……」
「前に進もうとするのは、とてもいいことだと思います。でも、たまには自分を甘やかしてあげてはどうですか?」
「……自分を、甘やかす?」
とぼけているのではなく本気で分からないようで、ツェツィーリエはきょとんとしている。
魔法実技以外では優秀成績をたたき出す彼女のそんな顔は、とても新鮮だった。
「ええ。もっとゆっくりしていきましょう。実技でも、ちょっと落ち着いて周りを見てから魔法を打ってみたらどうですか?」
これまでの魔法実技での様子からして、ツェツィーリエは次へ次へと焦ってしまっている。
数打つのではなくて、一発に集中してみる。「焦らなくていいんだ」と自分を甘やかす気持ちが、今の彼女には必要だと思われた。
「試験に向けて焦る気持ちはよく分かります。でも、それで空回りしていそうなら……ちょっとやり方を変えてみるのも手だと思いませんか?」
「……。……そう、ね。わたくし、焦っていたのね……」
そうつぶやくツェツィーリエの顔は、どこかぼんやりしている。
もしかすると、自分で自分を追い詰め焦らせていることに、今初めて気づいたのかもしれない。
「冬のグループ試験では皆で協力して魔物を倒すことになりますが……あなたは、どんな戦い方をしてみたいですか?」
「わたくし? わたくしはもちろん、誰よりも先に攻撃を仕掛けて魔物を叩き潰したいわ」
ある意味予想通りの回答で、ディアナは微笑んだ。
「ええ、それがあなたらしいですね。でも、今回はグループ課題です。六人で協力するとなったら、あなたには何ができますか?」
「……。……わたくしが焦って攻撃したら、レーネやエーリカに当たるかもしれない。それくらいなら……癪だけれどだいたいのことはリュディガーたちに任せて、わたくしは正確な一撃に賭けてみるわ」
「ええ、そういう戦い方もありですね。ひょっとすれば、あなたが魔物にとどめを刺せるかもしれませんよ」
「……そうよね。あのリュディガーに吠え面を掻かせることもできるわよね!」
ツェツィーリエはふふっと笑うとぬるくなった紅茶をぐいっと呷り、長い縦ロールを揺らして頭を下げた。
「……先生、ありがとうございます。それから……これまでの無礼な発言を詫びます。申し訳ありませんでした」
「顔を上げてください。……あなたの優しさと正義感は、よく伝わっていました。これからはその強みを生かして、あなたが直したいと思うところは皆と協力して改善させてほしいと思います」
「……そう、ですね。レーネやエーリカ、ルッツなら、分かってくれますよね」
「リュディガーとエルヴィンはいいのですか?」
「そんな二人は知りません!」
ツェツィーリエはぷんとして言ったが、その口元には穏やかな微笑みを浮かべていた。
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