01.大好きなお嬢様とお嬢様の婚約者の兄の王太子と執事の僕との関係

「ようこそ、アレクサンドル様」


 そう淑女の礼を完璧にとるお嬢様の横で僕も綺麗にお辞儀をする。ここはミハイロフ公爵家の庭である。


 丁寧に整えられた薔薇が咲く美しい庭園はパーティ等にも利用されるが、今日はパーティではなく皇太子は私的に遊びに来ている。


「恐れながら、皇太子様。あまり頻繁に来られてはピョートル殿下の心証が悪くなります」


 お嬢様には婚約者がいるのだから、妙な噂になるのはとても困るのだ。僕の大切なお嬢様が悪い噂の的になるなど絶対に許されないことだ。


「そうだな。まぁ既によくないのでいまさらではないか」


 そうきっぱりと言いきった王族故の傲慢さと正反対の晴れやかな笑顔。


(皇太子じゃなければ一発殴ってやりたかった)


 顔のせいかドヤ顔すらもとても美しいのが腹立たしい。


「そうですわね。それにね、テオ、私とアレクサンドル様はあくまでただの友人です。になることは決してありませんのよ」


 なぜかお嬢様はふたりの関係をきっぱりないといつも言いきる。僕が入れたアールグレイの紅茶を涼しい顔で飲んでいた皇太子もはっきりした言葉に流石に苦い表情をする。


「わかりきってはいるけどそう言いきられると悲しいね」


「あら、むしろアレクサンドル様こそ私にそのようなこと期待されておりませんでしょう?」


「そうだね。弟の婚約者に手を出すなんて真似はしないよ、絶対に。ところでテオ」


「何か御用ですか皇太子殿下?」


「そんな他人行儀はやめておくれ。私達は幼なじみではないか。昔のようにアレクお兄様と呼んでくれてもかまわないのだよ」


 綺麗な笑顔で難易度がルナティックなことを平気で言ってきたが、それには慣れている。僕に会うたびにこの男はこういうことを言うのだからいつも通り事実を述べるだけだ。


「僕はもう17歳でございます。幼なじみでもあまりに身分が違い過ぎますし本来なら皇太子殿下とこのように口を聞くこともかなわないのです」


「それに関しては私が許可しているだろう。テオ。私はねエレナとも君ともこれからもずっと仲良くしていきたいのだから、いや、テオとはもっと深い仲になりたいのだよ」


 その言葉に皇太子との初対面の嫌な記憶を思い出した。


 皇太子と僕は、僕がこの家に仕えるようになった頃からの付き合いになる。


 お嬢様とピョートル殿下はその頃にはすでに婚約者同士であったから皇太子ともいずれは義兄、義妹の関係になる間柄なので距離的には遠くはない。


 しかし、今ほど頻繁に出入りするようになったのは何故か僕がこの家に仕え始めて、初めて皇太子に会ってからのようである。


 僕は実は皇太子がとても苦手だ。僕の大切なお嬢様との距離が近すぎるし、何より僕と皇太子の出会いが最悪だった。


 僕と皇太子が初めて会ったのは、お嬢様の親戚宅で開かれたお茶会でだった。当時、僕はまだ見習いの使用人でお嬢様の側にはいたが、基本的にお茶会の雑務を手伝っていた。


 そんな僕に、皇太子は何故か近づいてきた。


「君が新しいエレナの従者だね」


「はい、テオドールと申します」


「苗字はないのかい?」


「平民の子供ですので……」


「……こんなに……なのに?」


 何かをつぶやいたようだったがそれは聞き取れなかった。不信に思い近づいたことをずっと後悔する羽目になる。


 突然、皇太子は僕の顎を掴み顔を近づけてきたのだ。まるで瞳をのぞき込むようにした皇太子に、驚いているうちに、柔らかいものを唇に感じた。


 あまりのことに理解が追い付かなかったが、僕は何故か皇太子にキスされていたのだ。


 叫びだしたい気持ちだった。けれど必死で声を抑えた。僕は平民だ。皇太子に何かすれば僕の命は紙より軽いことはその当時すでに知っていた。


 そして何故かキスされた瞬間に妙に頭がぼんやりとしたのを覚えている。それは例えるなら何かを刻まれたような感覚だった。


「やっとみつけた」


 唇が離れた時に見た皇太子の顔は今までみたどんなものよりも恐ろしい。とても美しいその顔はまるで肉食獣のそれだった。まるで捕食対象をみつけたというような恐ろしい顔。


 あの顔は、未だに夢に見るし、僕のファーストキスを奪ったことも忘れるのはさすがに無理である。

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