始まった決勝戦
試合前の練習中、これから始まる決勝戦に、ギャラリーは皆楽しそうに雑談をしていた。試合中はマナーとしてあまり大きな声で喋れないから、今の内に喋っておこうって魂胆だろう。
そんな中、俺のコートがギャラリーのいる金網側だったことが要因で、俺には彼らの声がよく聞こえてきていた。
「いやあ、まさか同校同士の試合になるとはなあ」
個人戦であるが故、これまであまり意識したことがなかったが……言われてみれば確かにそうだ。
平塚、という後輩と俺との対戦成績は……実はあまりよく知らない。これまで俺が意識してきた選手は塩田君ばかりだったから。
だから、それ以外の選手との成績はあまり興味の範疇ではなかった。
ただ、先日の練習試合……そして、いつか俺に負かされた、という平塚の言動を加味すると、多分俺が負け越している、というわけではなさそうだ。
そんな成績。
そして、平塚はまだ一年生。つまり高校テニス界においてニューフェイスであることを考えると……、
「なあ、お前あの二人、どっちが勝つと思う?」
もしギャラリーがそんなことを考えた時、果たしてギャラリーはどちらの応援をするのか。
「さあ? まあ、奥村は久しぶりとはいえ決勝戦まで来るの、常連だしなあ」
「でも、最近はずっとグダグダじゃん。今日も足元掬われるんじゃねえの?」
「確かに。……そもそも、応援するなら平塚だよな」
こういう時、今の勢力図にマンネリを感じている人は珍しくない。だから、結構な人がニューフェイスを応援するものなのだ。
俺だって、最近は優勝トロフィーは手にしてねえよ。
そんな文句を抱きつつ、俺はなんとなくアウェイ感を感じながら練習していた。
練習が終わり、まもなく試合が始まる。
ネットの傍に、俺達は近寄った。
「先輩、いつか僕が言ったこと、覚えてますか?」
精神統一をしながら歩む中、睨む平塚に言われた。
いつか、平塚が俺に言ったこと。
何だろうか。
俺は首を傾げていた。
「……僕が勝ったら。今の部で僕が一番テニスが上手いとわかったら……橘先輩に告白しますから」
「えっ」
思わず、素っ頓狂な声が出た。
……そう言えばいつか、そんなことを言っていた。
ただ、まさか……まだ諦めていなかったとは。
「お前、それだけは止めておけよ」
あくまで良心から、俺は呆れ顔で平塚に言った。
あいつにそんなことしても……あいつ、多分彼氏なんて作らないだろ。それどころか、あいつの性癖を知ったら、平塚、どう思うのだろうか。
それ自体は少し興味があるが……いたいけな後輩にはとてもオススメは出来なかった。
「ふんっ、自分の内なる気持ちを伝える度胸もない癖にアドバイスだけはご立派ですね」
「……う、内なる気持ち?」
「好きなんでしょ、橘先輩のこと」
「誰が?」
「あんただよ、あんた」
「うぇぇっ!!?」
なんでそうなるの?
試合前にこれ以上精神を乱すの止めて欲しいんだけど。
「……最近、前にも増して一緒にいる時間が増えているじゃないか」
「……それは」
あいつの、性癖のため……いや、あいつの性癖のせいです。
「ほら、何も言えない」
お前のためを思って言わねえんだよ。
「……本当に、僕はあんたのこと、大嫌いだ」
「へいへい」
なんだかこれ以上まともにやり合うのも疲れる。
そう思って俺は、呆れて適当に流した。
「そうやって……まあいい。この試合で目にもの見せてやる」
ただ、その言葉は気に入らない。
「平塚」
だから俺は、平塚を呼び止めた。
苛立った顔で振り返った平塚に……。
「俺も、お前に見せてやるよ。目にものってやつを」
不敵な笑みで俺は言った。
途端、平塚の顔が歪む。まるで、幽霊だとか、殺人鬼でも見たように……微かに、顔に恐怖を滲ませていた。
踵を返して、リターン位置に向かった。
ベースラインに近づくにつれ、再びギャラリーの声が耳に届く。
「……そもそも、さっきの平塚の準決見てたけど、あのサーブは中々返せねえよ」
「へえ、じゃあやっぱ平塚優勢じゃん」
どうやら、しばらくネット付近で話し込む間に……ギャラリーの下馬評は平塚優勢になっていたようだ。
理由は、準決勝で見せた奴のサーブだろう。
あいつのサーブの威力は、練習試合で体感していた。でもあれからしばらく経って……あの男はきっと、あの時以上にサーブの精度も威力も、増してきていることだろう。
「ザベストオブ3セットマッチ。平塚サービストュープレイ」
……なら。
俺の最初の目的は、決まった。
トスを上げた平塚。
宙を舞う黄色いボール。
ラケットが、ボールを捉えた。
ワイドサーブ。
塩田君のサーブよりも。
あの日の練習試合のサーブよりも。
やはり、高威力高速度。
そんなサーブを……。
「っし」
ストレートにリターンエース。
静まり返るギャラリー。
呆気に取られる平塚。
準決勝までの平塚のサーブの状況。
ギャラリーの下馬評の結果。
まず、第一に俺が狙ったこと。
それは……勢いに乗る平塚の出鼻をくじくこと。
だから、必ずリターンエースを決めてやろうと、そう思っていた。
ただ、あいつのサーブは何度も言う通り高威力高速度。
コースを読めでもしない限り……そうやすやすとリターンエースなんて取れっこない。
そう、コースが読めでもしない限りは。
あいつも大口を叩いているものの、さっきの怯えたような表情。そしていつかの練習試合の結果。
最初はまず、手堅く行きたいと思ったはずだと直感していた。
そんな中微かに俺の位置が、センターよりだったら?
あいつは、どこにサーブを打とうと狙いを定めるか。
「0-15」
審判のコールが響いた。
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