第53話 露天風呂と会話
——
「セリス様! 聞きましたよ! 聞きましたよ!!」
ドタバタと慌ただしくリビングに入ってきたのはルエラ。カーペットに足が引っかかり、転びそうになるもそこは運動神経の良さで回避。
「ルエラ、落ち着いて。どうしたの?」
セリスの前に姉のシエラが問う。
「パンケーキ屋の方に聞いたんですからね! セリス様がクロウさんを引き抜こうとしてるの!」
「っ! 本当ですかセリス様!」
2人に咎められたセリスはバレちゃったか、と笑みを浮かべる。
セリスの反応を見て、シエラが険しい顔をする。
「クロウさんをこちらに引き抜けば間違いなく、あのギルドは制御不能です。あの方たちは異常なレベルでクロウさんを崇拝してるんですよ!」
それはセリスものはずだが……。
「だからこそだよ」
「え……」
戸惑う2人にシエラは言葉を続ける。
「すれ違いをそのままにしといてもいいんだけど……それじゃあいつまでも同じだからね。私は見届けるよ、それが最凶になる引き金としても」
◇◆
夕方には海からホテルへチェックイン。
「「「「いらっしゃいませ。お待ち申しておりました」」」
ホテルマンたちが頭を下げる。
相変わらずの迫力。
「お食事は5階にあるレストランでお願いします。温泉のご案内ですが、別棟にある露天風呂は9時まで。それ以降は混浴となります」
半分話を聞き流して、まずはレストランへと歩き始めた。
「おいしそぉ!」
「高級リゾートの料理ってこんな感じなんだぁ〜」
テーブルの上には量は多くないが、一つ一つが高級感溢れる皿になっている。
5人ずつに分かれ向かい合わせに座り、「いただきます」と声をそろえてから食べ始める。
「おいしいっ」
「たまにはこういうのも良いね」
喜ぶみんなの顔を尻目に、僕もパクパクと食べ進める。
食事を堪能した後は、温泉だ。
もちろん男女に分かれる。
露天風呂に続く引き戸を開けると、柵で覆われているとはいえ見渡す限り緑と海。そんな中で石でできた浴槽に熱い湯が湧き出ていた。
「俺が一番風呂だ、どけやホルス!」
「いいや、わたしだ!」
お互いの肩をぶつけ合い、言い争うガルガとホルス。
脱衣所から露天風呂までそんなに距離はないが少しでも早く入りたいのだろう。獣人国では温泉は珍しいしとかいうし。
僕はそんなガルガとホルスを見ながらゆっくりと後ろをついていった。
ホテルから少し離れた場所にあるこの温泉は、自然の地形を利用した露天風呂になっていて周りの島や海が見えてスゴく見晴らしがいい。
「いやー堪りませんなぁーっ」
「いい湯ですね、若」
「だね。はぁ、生き返るぅー」
身体の芯から温まって、心まで癒やされる。温泉は痛風とか火傷とかにいいらしい。お湯がアルカリ性なんで、お肌にもいいとか。
「それにしても2人の獣人国での活躍ぶりは凄かったよ」
圧倒すぎて、国を追い出す相手間違えてないって思ってしまった。僕は王様を煽るという仕事をしただけ。
「俺たちもここまで強くなれるとは思ってなかったですよ」
「これも若との出会いがあったからです。若、改めてありがとうございます」
せっかく2人を褒めたのに、僕が褒められてしまった。
久々の男同士の会話を続け、そろそろ湯船から出ようとした時。
「主、お背中流しましょうか」
「おっ、気が利くね。お願いしちゃおうかな」
「待てガルガ、わたしがやる」
「あ?」
ピキリ
この2人はどうして最後まで平和に終わることができないのか。
「俺が先に提案して了解を得たんだから譲らないぞ!」
「わたしの方が先に心で思っていた。言わなかっただけだ」
「はぁ!? そんな言い訳通用するか! やるかテメェ!」
「ああ、ここでケリをつけようじゃないか」
「……まったく」
言い争っている間に湯船から上がり身体を洗う。その間にさっと仮面を外し、濡れたタオルで拭き、素早く装着。洗わないと仮面の部分だけ汚くなっちゃうからね。
時刻は夜の11時。
お腹は膨れ、温泉にも入り、今頃みんな襲ってきた睡魔に勝てず、そのままするすると眠りに落ちているだろう。
ちなみに部屋は1人一部屋。大部屋過ぎて逆に落ち着かない。
露天風呂の雰囲気が気に入った僕は夜中にこっそりと1人で温泉に向かった。
外は暗いが所々に照明が設置してあり、月も出ていたので不自由はない。
「ふぅー……いい湯だぁー」
はーーーっと1人で満足し切った息を出す。
ガヤガヤしたものいいが、やっぱり1人の方が落ち着く。
ガラガラガラ
脱衣所の引き戸が開く音が聞こえた。
誰が来たのか確認するために後ろを振り向くとそこには——
「ん、ルルだ」
「貴方も来ていたのねクロウ」
僕と目が合ったルルはニコッと微笑むとタオルを巻いて僕の横に浸かってきた。
僕はルルの顔をしみじみと見つめる。
色白で切れ長の目、あごはきれいにとがっており、長い金髪を上にくくっている。お湯の上に見える首や肩も、真っ白で美しい肌だ。
……やっぱり美人だよなぁ。
「どうしたの、クロウ?」
「なんでもなーい。ルルも1人の時間帯を狙ってここにきたんでしょ。なら、僕上がるね」
こんな仮面野郎と混浴したくないと思うし。
湯から出ようとすると、ルルが肩を押さえてきた。
「別にいい。どうせ混浴だし、私は気にしないわ」
「そっか」
再び湯に浸かる。
当たり前だけど女の子と一緒にお風呂に入るなんて初めてだ。
「昼間のナンパ大変だったね、流石モテモテ」
「興味のない男にモテても嬉しくないわ」
ふんっ、と呆れたように鼻を鳴らす。
美人も大変そうだ。
でもちゃんと管理された高級リゾートなのになんですぐに止めにこなかったんだろ? まぁ僕たちがしっかりしてればいいか。
「明日はさ、自由行動にしようと思うんだ。地図で見たら色々ありそうだし、みんな行きたいところに行けた方がいいでしょ」
「その方がいいかもね」
そんな緩い会話が続いた中、話は突然切り出された。
「ねぇクロウ」
「ん?」
「——ギルドを抜けるって話、本気なの?」
いつもと違った悲しげな瞳に僕はゴクリと唾を飲んだ。
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