第54話 僕は一体、何者なのかを

『ギルドを抜けるって話、本気なの?』


 ルルから言われた言葉を心の中で復唱。


(……なんでいきなりこの話になった? まさかセリスがバラしたのか!? どうする、どうする……二度も冗談じゃ通じないぞ……)

 

 そんなことを考えていると自然と無言になる。


 僕の態度に不安を抱いたのか、少しだけ距離をおいて座っていたルルが、僕の方へと身体を寄せ——抱きついてきた。


「……ルル?」


「私を捨てないで……っ」


 鼻にかかった、切ない声。

 こんなタイミングに限ってルルのタオルの結び目が解け、はらりとタオルが湯船に浮かぶ。


 すべすべときめ細やかな肌と、ほっそりとした体つき。豊満な乳は露わになる。


 身体なんて堪能している暇ではない。


「ちょっと待って。話を聞いて」

 

 肩を掴んで離し、一旦落ち着かせる。


「話……?」


「うん、話」


 ……こんな必死な顔されたら本音を言うしかないよね。


「あの時はギルドでは最弱だし、イケメンと美少女しかいないし……そんな軽い理由で抜けようと思ってたんだ」


「それが理由……でも、クロウは!」


、って言いたいんでしょ」


「っ、ええ……」


 この世界を生き抜ける力は持っている。けど、転生者の僕からすれば、普通に強いでは満足できなかった。


「信じてもらえないけど、僕は別の世界から来た。前世ではというと、顔がブサイクでいじめられていた。けれど、平気、余裕で耐えれるって強がったまま人生が終わったんだ」


 異世界ではファンタジー小説みたいな最強で無双できる主人公になりたかった。

 それが前世の僕とは真逆だから。


 だが、チート能力はあくまで死なないための保険であり、最強の保証ではない。使いこなすには実力が必要。

 

 僕は仲間を越すことはできなかった。

 けれど、憎んだりはしてない。

 何故なら素直に尊敬していたから。

 

 元々の運動神経の差もあったが、彼女たちには原動力があった。


 努力を惜しまず捨てた者たちにやり返す。


 僕はそれを前世に置いてきてしまった。

 何もせずにただ強がって終わってしまった。


「あれからもギルド抜けるって言ったことが頭の片隅に残ってて……サキュバス国の時も、ギルドリーダー交換会の時も獣人国の時も……そして今日も」


「……それは私たちも同じ。あの時、冗談なんて信じた人は誰もいなかったわ」


「やっぱり誤魔化せてなかったか。獣人国に行った時、ガルガとホルスが自分たちの力で、努力して得た力で圧倒してるのを見て2人が純粋に凄いなって思った。僕はいじめられても何か努力することなく、強がって人生が終わったから。もちろんルルたちも凄いって思ってるよ」


 微笑むも、ルルは険しい表情のまま。

 流石にもう勘づいているか。


「君たちはもう大丈夫。捨てた人たちを圧倒する力を身につけてる。問題は僕の方だ。みんなに守ってもらう人生でいいと思ってた。けど、みんなの頑張りを間近で見て、リーダーとして見て、僕自身も何かやり遂げたいと思った。だから……」


「嫌だ……嫌だ聞きたくないっ!」


「んぷ!?」


 ルルが僕の口を手で押さえてきた。

 よほど言わせたくないのだろう。こんなルル本当に見たことないな。


 両手を押し付けるルルの頭をそっと撫でる。彼女が驚き、手の力が緩んだ瞬間、手を下ろして言う。


「ねぇ、ルル」


「な、に……」


「ありがとう、今まで守ってくれて。副リーダーとして支えてくれて。そして……まだギルドを創立する前から一緒にいてくれて」


「クロウっ、クロウ……ねぇ、言わないで……その言葉をっ」


 鼻声、震えてる声……そんな彼女に言葉を続ける。


「もう一度戻ってきた日には、君と肩を並べられるくらい強くなりたい。だから僕は……よ」


『今後、冗談では言わないから』


 次は冗談ではなく、本当に抜ける時に言うつもり。

 

 あの日、そう言った。決めた。

 だからこれは冗談ではない。


 それは彼女も理解しているだろう。


 ルルの顔は泣きそうで、辛そうで……ぐちゃぐちゃの感情。


「まぁ要するに修行ってことかな。ギルドにいるとみんなが瞬殺しちゃうからね」


「……や」


「ん?」


 ルルが僕の胸に飛び込んできた。そして叫ぶように言う。


「嫌……嫌よ! 貴方に縋ってないと生きてられない……! 私はまだ、未熟なのっ! だから貴方の元でこれからも——」


「大丈夫だよ、ルルは強い。僕なんかより世の中にはずっと凄い人で溢れてる。君たちならどんな環境でもやっていける」


「嫌っ……貴方がいない環境なんて……」


 彼女の瞳はウルウルと潤み、僕の目を見つめて綺麗に揺れる。


 互いに見つめ合い、数秒。


「私は……」


 ルルが肩を掴んできた。力が入る。

 徐々に唇が近づき———


 ——僕はその唇を手で止めた。


「え……」


「……ごめん」


 慰めのキスなのか、僕を引き止めるためのキスなのか。その他なのか。


 どれにしろ僕に受け取る資格はない。


「じゃあ僕、先に上がるね」


 そのまま出入り口へ。

 脱衣所についた僕は、力尽きたように床にへたり込んだ。


 正直、心が痛んだ。

 だって、尻目に見たルルが涙を流していたから。





『僕はギルドを抜けるよ』


 大切な人のために強くなったのに。

 逆にそれが彼に不安を煽っていたなんて。


 ずっと傍に居てくれるものだと思っていた。

 やれやれと困りながらも私たちの事を信頼してくれる彼に甘えていた。


 キスも拒絶され、もう何もできない。


 ……クロウがいなくなる。


 私の傍から、視界からいなくなる。


 嫌だ、嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ


 どんなにワガママを言っても彼は本気でギルドを抜けたいと思っている。


 ぽちゃんぽちゃんと雫が湯船に落ちる。

 泣いてる、私泣いてるんだ……。

 泣くなんて両親が暗殺されたあの日以来。もう泣かないと思っていた。


 それくらいクロウが大切で大好きで……。


「私は、私は……」




 



 眩しい日差しが差し込み、朝だと知らせる。


 僕は重い瞼を開けた。


 ……昨日はルルに悪いことしたな——


「おはよう、クロウ」


「おはよう……え」


 広い部屋には僕1人のはず。なのに違う声。隣にはルルがいた。


「えーと、なんでいるのルル?」


「そんなの決まってるじゃない」

 

 髪を耳にかけながらルルが近づく。


 唇に柔らかい感触。

 

 ……え、キスされた。


「え、ちょっルル!? これ、ダメなやつ……ん、んん!?」


 僕が逡巡すると、彼女は駄目押しのように全身で絡み付いた。腕を回し、ねっとりと唇を押し付ける。


 トドメの誘惑を仕掛けてくる。

 切なそうな、今にも泣きそうなくらいの潤んだ瞳で。


「ぷはぁ……好きよ、クロウ」


「……っ」

 

 そして耳元で囁くように、唆すように彼女は呟く。


「……鈍感はもう無しだから」


 鈍感。

 全くもってその通りだった。


 最凶に変えてしまったその瞬間を……僕はまだ知らない。


 ———物語はまだ、始まったばかり。


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