第4話 急がされた結婚式




「裏切らないでくれ」


「そばにいてくれ」


「お願いだ、アイリーン」



 レックス様はそう言って私を抱きしめ、すがるように言います。


 こうなったのは、二人で買い物に出かけた際「男性」の商人の方々から声をかけられたのが原因です。


 私がいつものように、挨拶を返していると、レックス様は震える手で私の手を握り──


『帰ろう、アイリーン』


 そう言って、私の手を引っ張って馬車の方へと戻り、屋敷に戻ると自室まで招いて私を抱きしめたのです。


 そして言葉を繰り返します「裏切らないでくれ」と。


 ああ、レックス様、貴方の傷はそれほど深いのですね。


「レックス様、裏切りません。しばらくは買い物は侍女達に任せます、ですからどうか──」


「私を見てください」


 私がそう言うと、おびえた子どものような表情でレックス様は私を見つめます。


「アイリーン……」

「レックス様、私はジョディー様ではありません。貴方の元婚約者ではありません。今の貴方の婚約者アイリーン・ディラックです」

 言い聞かせるように私は静かに言いました。

「レックス様の傷は深いのはわかっております、だからこそ、私を見てください。私だけを見てください」

「アイリーン……」

「貴方の婚約者アイリーン・ディラックを、私を」


 子どもに何度も言い聞かせるように私は申し上げました。


 未だに元婚約者からの傷が癒えないレックス様の傷が早く癒える様に、願いながら。





「オーガスト、我が娘はどうしている?」

「今日もレックスの側にいて、レックスの話を聞いているとも」

 アシュトンと、オーガストは食事の席を設け話をしていた。


 レックスとアイリーンが買い物に出かけた日から、アイリーンはオーガストの屋敷で過ごしている。

 レックスの側にいて。


「婚約したからとはいえ、早急すぎる気がするのだが……」

「いや、アレはレックスの心の傷を理解しての行動だ」

「どういう意味かね?」

 アシュトンが問いかけるとオーガストは葡萄酒に口をつけてから友人たるアシュトンを見据える。

「レックスは元婚約者──ジョディーを愛していた。それを裏切られた恐怖がまた消えないのだよ」

「……そうか」

「だが、日に日によくはなってきている」

「ならいいのだが……」

「そこでだ」

「?」

「早急だが、結婚させようと思う」

「は?!」

 オーガストの発言にアシュトンは耳を疑った。

「いやいや、早急すぎる!!」

「レックスが落ち着いている今しかないそれに──」

「それに?」

「……レックスの元婚約者が贖罪の旅をしていると言う、戻ってきてレックスとアイリーンに何かするというか……贖罪をしたから許して欲しいと言うかもしれない。そのとき、きっぱりとレックスには彼女を拒否してもらいたい。でなければアイリーンに不義理だろう」

「確かに……」

「後、アルフの奴も何かしているらしいし……そこも踏まえて早く動いた方がいい」

「わかった、誰が伝えるのだ」

「私が伝えるとも」

「そうか、頼むオーガスト」

「勿論だ」





「「結婚?!」」

 ウィルコックス侯爵様──オーガストおじ様から結婚式を行うと言われて私とレックス様は驚愕の声を上げました。

「ち、父上。いくら何でも早すぎではないでしょうか?」

 レックス様は狼狽えたように言います。

「レックス、お前はいつまで元婚約者の事を引きずり、アイリーンに不義理でいるつもりだ?」

「!!」

「オーガストおじ様!」

 実父であるオーガストおじ様からの言葉に、レックス様はうなだれます。

 私は傷つくレックス様が見たくなくて思わず声を上げます。

「私は不義理とも思っていません、レックス様が傷ついているのは当然かと」

「アイリーン、君は優しいな。だが、アルフの奴が何かしようとしていると情報が入ってな、君の身を守るための結婚でもある」

「……アルフが」

 どこまで迷惑をかければすむのでしょう、アルフは。

「それは……本当ですか、父上」

「勿論だ」

 アルフの話が出ると、レックス様はまっすぐとお父上であるオーガストおじ様を見据えました。

「わかりました。式を挙げましょう」

「レックス様……本当に、よろしいので?」

「ああ、君の為だ」

 一生懸命笑うその姿が痛々しくて、私は拒否するなんてできませんでした。



 式は知り合いの貴族の方々を招き行いました。

 警備を強いて。


 滞りなく終わり、私とレックス様は晴れて夫婦となりました。

 本当はレックス様が前をもっときちんと向けるまで結婚はしないで欲しかったのですが、仕方ありません。



 良くないことが起こらない事を祈るしか私にはできませんから──






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