第3話 傷ついている婚約者




 私とレックス様の少しギクシャクした関係が始まりました。

 普通の婚約ではないから仕方ありません。

 かつては義妹になるべき相手だった私。

 それが今は婚約者になったのですから。


 理由も、あまり良くない理由で。


 レックス様は婚約者に裏切られたから婚約破棄を。

 私もアルフに裏切られたから婚約解消を。


 その結果、レックス様の女性不信の枠に入らない相手である私が新しい婚約者に。


 両家の都合も混じり合ってぎくしゃくしてしまうのは仕方ないことです。



「レックス様」

「な、なんだい。アイリーン」

 まだぎこちないレックス様に声をかけます。


 レックス様は悪くはありませんが、弟であり私の元婚約者だったアルフの件もあるのでしょう、やはりぎこちないです。


「レックス様、お茶にいたしましょう」

「う、うむ」

 執事の方が助け船というべきか、それともお節介というべきかそれをだすと、レックス様は頷きました。



 ウィルコックス侯爵家のお茶とお菓子はいつもおいしいです。

 小さい頃はこれ目当てに来た子どもっぽい面もありました。


 私の家のお菓子もおいしいのですが、ウィルコックス侯爵家にはかないません。

 お茶も。


「……レックス様覚えてますか?」

「な、何をだい?」

「私、小さい頃ここのお菓子が目当てで通いことを」

「──ああ、そうだった。君は我が家のお菓子とお茶がたいそう気に入ってよく我が家に通っていたものだ」

「あまり通いすぎてお父様に怒られましたっけ」

「そんな事もあったな」

 レックス様はくすくすと久しぶりに笑いました。

 少し笑って、そして何かを思い出したようにひどくしんみりとした表情になりました。

「──やんちゃだったアルフの事をどうにかしていた君も、お菓子の時はアルフの事はそっちのけ、アルフはお菓子に嫉妬する、そんな時だった。でも今は──」

「レックス様、アルフの件はもうどうしようもありません。私が会おうと話しても会わない日が増えたり、金の無心が増えたりした事をお父様にいったからわかった事です」

「──すまない、愚弟アルフが」

「いいんです」

 私は首を小さく振りました。


「私の事よりも、レックス様の事が心配です」

「私の?」


 レックス様の言葉に私は頷きました。

「あの日の夜会でレックス様は今まで見たことがない位激怒しておりましたが、酷く嘆いているようにも見えました」

「……」

「レックス様は裏切られて──」


「悲しかったのでしょう、私よりもずっと」


 そういうと、レックス様は息を吐きだし、泣きそうな顔をしてこちらを見つめました。

「参ったな、アイリーン。君にそこまで見破られているなんて……そう私は悲しくてたまらなかった。ジョディーを愛していたから、裏切られた事を知った時嘘だと思いたかった」

「いつお気づきに?」

「知り合いからジョディーがお前や家族以外の男と歩いていると聞かされてな、最初は偶然だと思ったんだが、何度も聞かされている内に不安になって調べさせたら……御覧の通りだ」

 レックス様は項垂れました。

「……愛した女性がそうだった結果、私は女性が恐ろしくなった、信じるのが怖くなった。そんな時、怖いと思わずにいれたのが君だアイリーン」

「私、ですか」

「幼い頃から知っているからではなく、何故かわからないが……君なら信じられる、そんな不思議な感覚なんだ」

「……」

 レックス様の言う感覚がどのようなものなのか私には分かりません。


 ですが、レックス様にとって救いなのなら──


 私はその義務を果たし、レックス様に寄り添って生きていきたいと思います。



「お父様」

「おお、お帰り。アイリーン」

 屋敷に戻り、お父様に挨拶をします。

「今日はどうだった教えてくれるかい?」

「はい」

 私はレックス様の自尊心を傷つけないように言葉を選びました。

 お父様経由でレックス様のお父様に何か伝わり、レックス様が刺激されるのが嫌だったからです。


「──やっぱり、婚約破棄と弟の件か……」

「はい、レックス様はお心が優しいですから」

「身内になるはずだった相手と、身内、両方に裏切られたんだ、彼も傷つくな」

「はい」


 私は、裏切られて傷ついているとだけ伝えました。

 婚約者だった方に裏切られて悲しくてたまらないことは内緒です。

 後、何故私が平気なのかわかってない事も。


「ですので、私達はゆっくりと絆を育ませていただきます」

「うむ、それが良いだろう」

 お父様にそう言うと、私は自室に戻りました。



 裏切りによる婚約解消と、裏切りによる婚約破棄。



 私も悲しくない訳ではなかったですが、明らかに変わっていくアルフへの愛情は薄れていました。

 だから、そこまで悲しみの海に沈むこともなかった。


 けれどもレックス様は、深く愛し、愛していたままだからこそ、悲しみの海に溺れている、憎しみの炎に焼かれている。

 それが苦しくてたまらないのに、救われる方法がわからない。


 私は歯がゆかったです。


 かつて兄の様にお慕いしていたレックス様の傷が癒えるのがいつになるかわからない。

 レックス様の痛みに本当に寄り添えているのかわからない。


 それが辛く、歯がゆいのです──







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