第59話 待ち伏せ②
「……どういう意味ですか……?」
「どういう意味も何も、そのままの意味だよ。LIKEじゃなくて、LOVEの方ってこと。」
「美帆と兄さんは家族ですよ。そんなことあるわけないじゃないですか」
何とか表情を崩さずに言いながら、美帆の中に一つの疑念が浮かび上がる。
――この女は自分と凜玖が義理の兄妹だと知っているのか、と。
実際のところ、美帆の周りでそのことを知っている人はそう多くない。
小学生の頃に両親の離婚と再婚、苗字も変わるという経験をしたせいか、あまり家族の話を自分から進んで友達にするようなことはなかった。
長浜という苗字がそう多くないにしろ、学年も違う自分たちが家族だと認知している人が、教師を除けば校内でどれほどいるだろうか。
血が繋がっていいないのだから当たり前と言えば当たり前だけど、顔は全く似ておらず恐らく性格も異なるだろう。
凜玖の方も友達と一緒の時、美帆がいる前では義理の妹ではなく本当の妹として接したり紹介したりしている。
やはり凜玖の中にも、家庭環境を周囲にバラすようなことは避けたいという想いがあるのだろうと美帆は考えていた。
それらを全て踏まえた上で今まで過ごしてきたからこそ、九条のその問いかけは美帆にとっては出会い頭の一発にしては重すぎる一撃だった。
美帆は机の下で拳を力強く握りしめる。
九条が口を開くその数秒の間に、何度も心臓の鼓動が大きく脈打っていた。
「――家族……ね。わたしにも中学の弟がいてすごい可愛いって思っているんだけど、恋愛感情は全く湧いてこないんだ。不思議だよね、すごい大切な子なのに」
一体何を言いたいんだ。話の意図が全く読めなかった。美帆は目で話の続きを促す。
「長浜さん朝登校する時さ、前までずっとお兄さんの後をつけてきてたでしょ? 最近は彼女と一緒に来てるからしてないんだと思うけど」
「な……なんで……」
それを――まで言えなかった。
美帆が誰にも打ち明けていなかったことの一つ。せっかく同じ高校に通っているのだから一緒に登校したいという願い。
恥ずかしがり屋の兄のことだから、お願いしたところで叶えられないとは知っていながらも、美帆にはその気持ちを抑えることができなかった。
それで自身が納得できる妥協点として、わざと兄のあとに家を出発し、その後ろ姿を目で追いながら登校するということだった。
凜玖には気づかれないように細心の注意を払っていたつもりだったが、まさか第三者に――
「さっきも言ったけど、わたし長浜くんに少し惹かれていた部分があったから、朝教室の窓からよく駐輪場の辺りを見下ろしていたの。そしたらいつも決まって同じ女の子が長浜くんに少し遅れてやってくるからわたしも覚えちゃったんだよ」
どんな視力しているんだとか、そっちも大概ストーカーに近いじゃないかとか、いろいろ突っ込みたいところはあった。
けど美帆はまともに九条の顔が見れなかった。どういう表情を浮かべながら喋っているのか、確認するのが少し怖かった。
「五月ぐらいだったかな、たまたまあなたの体操服姿を見かけて苗字を目にした時にピンときてね。長浜くんにも妹がいるか聞いてみたらいるって言ってたし」
「……それで、それがどうさっきの話と繋がるんですか……?」
「話を戻させてもらうと、長浜さんはお兄さんのことは別に何とも思っていないと」
「はい、一緒に家を出ると兄さんが嫌がると思ってズラしているだけです」
「なるほどね」
軽く何度か頷いた九条。だけど美帆は手に汗を湿らせたまま、身体の内側から静かに燃え上がる興奮を鎮められずにいた。
なぜ九条は、ただそれだけの理由であのような質問を投げかけてきたのか。
九条が何らかの理由で美帆を試しているという可能性もあるけど、聞いた限りでは自分と凜玖は本当の兄妹だと認識している。
よほど頭の中が歪んでいるかネジが吹っ飛んでいない限り、兄妹を異性として意識しているかなどという答えを最初に持ってこれるわけがない。
「まあそうだよね、いくら何でも実の兄妹のことを好きになるなんて気持ち悪いったらありゃしないよね」
「……そう……ですね」
少し空気が和らいだのを感じ、美帆は少しだけ視線を上げた。九条は来た時と変わらず綺麗な瞳で美帆を見据えている。
「ごめんね突然変なことを聞いて。ちょっとわたしの中でいろいろあって」
「いろいろ……ですか」
もうこれ以上話がないのなら、早く帰らせてほしかった。九条の中で何があったかなんて興味ない。けど席を立つタイミングを見計らうも、なかなか足が言うことを聞かない。
まるで魔性の目に金縛りでもかけられているみたいだった。
「長浜さんはどう思う? 兄妹間の恋愛について?」
「……それは、倫理的な話ですか?」
「そんなに難しく考えなくていいよ。長浜さんがパッと思いついたことを言ってくれれば」
「そもそも血の繋がった兄妹に恋心を抱くのってないんじゃないですか……? なんか遺伝子レベルの問題とかで」
美帆は以前チラッとテレビで見た近親婚のニュースを思い出して述べた。それによって産まれた子は先天的な障害を持つ可能性も高いと
紹介されたケースは海外のものだったが、国内でも稀にあるらしい。
それにしても九条は一体自分に何を言わせたいのか。こうして向かい合って座っていても、全く真意の読めない不気味さに口の中が異様に乾く。
気づけばグラスの中はもう残り僅かになっていた。氷の方が多いぐらい。九条の方はというと、まだ半分以上残っている。
知らないうちに――だけど少しずつ、沼の底に引っ張られているような気がしてならなかった。
兄はこんな腹の底が見えない女を好きになっていたのかと、妹として残念に思えてしまうぐらいだった。
――恋は盲目って本当にそうなんだね。
一人納得してしまう。少し前までの凜玖には、きっとこの人の頭の上には天使の輪っかがついて見えていたんだと。
天使と言うよりも悪魔――いや、死神に近いかもしれない。美帆にそう思わせる一言を、九条は言い放つ。
「――じゃあもしさ、家族は家族でも血の繋がっていない義理の家族だったらどうする? 恋愛感情を抱くかな?」
――美帆はすぐに思い知ることになる。
話はまだ、始まったばかりだと。
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