第57話 電話と約束②
『凛くんのクラスはリアル脱出ゲームだっけ? 中身はまとまったりしてるの?』
「そうだね……大まかなところはって感じかな。僕たちのところはどっちかっていうと大道具とかを作ったりするより、謎や仕掛けを考える方が時間かかりそうだし……」
『あー、確かにそれはあるかもね。簡単にクリアされると困るよね』
「うん、それに休日は一般開放もするから、子ども用に合わせたのも用意しないとだし……。遥陽のところは何か考えてる?」
『うーんと……小学生以下の子は一応大人が同伴してもらうことにしてるし、あと受付してもらった時に中の人たちに伝えて、ちょっと甘めにしてもらうようにしようかなって』
「それはいい案だね! 僕のクラスとは大違いだ……」
『凛くんのとこ何かあったの?』
目をぱちぱちと瞬かせる遥陽に僕はうーんと唸る。実行委員である雅樹が、メッセージアプリのクラスグループにある一文を投下したのはついさっきのことであった。
「うち雅樹が実行委員なんだけどさ、さっきクラスのグループに、今週中に手頃な謎や仕掛けを一つ以上考えておけって言い放って……そんなの全く思い浮かばないよ……」
手頃なって一体何なんだ。
料理の味付けじゃないんだから、砂糖少々とか塩コショウ適当とかみたいに言われても。
『なるほどねー、ネットで調べて真似したらダメなの?』
「僕もそうしようと思ったんだけど、雅樹が予め他所からパクるのは禁止とか、とんでもない縛りをしてきて……」
『ふふっ、今岡くんやけに気合い入っているね。中学の時の体育祭でも一日中旗を振り続けていたし、行事ごとになると瞳が真っ赤に燃えるよね』
「ただのお祭り男だよ……近くに消火器を持っている人がいないとこっちにまで燃え移ってしまう」
少しでも参考になればいいと、僕は机の上に乱雑に積み上げられたミステリー小説に目をやりながらため息をこぼした。
そこには確かに、あっと驚くような仕掛けがいくつも載ってはいるのだが、何せ完成度が高すぎるのとこれだとただのパクりになってしまう。
かといってそのクオリティを維持したまま、細部を弄るのなんてできないし……。
「だからもし遥陽に何かいい案があれば――」
『あー聞こえない聞こえない! ちゃんと自分で考えないといけないよ! 私だってジャンケンに負けて…………ってあれ? 凛くん聞こえてる?』
……どうしたんだろう。急に遥陽の声が遠くなったような気が。
「遥陽……?」
『あっ、戻った。ごめんごめん、何か最近ちょくちょく電波途切れることない? 他の友達との電話ではそんなことないんだけど……』
「そうなの? じゃあ僕のスマホに問題があるのかな……」
まだ一年ちょっとしか使っていないから、寿命にしてはちょっと早い気もするけど……。それともうちのWiFiとかに原因があるのだろうか。
そういう知識には疎いからちょっと僕には分からないけど、美帆なら何か知ってるかもしれない。また今度聞いておこう。
――それから僕たちは各クラスの催し物の一覧表を広げながら、来たる文化祭に向けて想像を膨らませていた。
元々前から一緒に回ろうという約束はしていたのだが、よく考えたらまだ互いの店番のシフトとかも決まっていないから結局細かい話はできなかった。
あと遥陽は友達の付き合いもあるから、ずっと一緒にいられるってわけでもないんだけど、それは仕方がない。
僕には別に遥陽を独占したいとか束縛したいとかいう気持ちは一切ないし、むしろそういうのもちゃんと大事にしてほしいと思っていたり。
友達の少ないお前が何を言ってんだって話だが。
『――でもちゃんと後夜祭だけは絶対に凛くんと一緒に過ごすって友達にも言ってるから!』
ズイっと画面に顔を寄せてくる遥陽。てかまた友達にそんな話したのか……。恥ずかしい。
文化祭の最終日は土曜日なんだけど、終わった後六時頃から五分程だけど打ち上げ花火が始まるのだ。
うちの卒業生に花火師がいるらしく、昔からそれが続いているらしい。
『この高校に入った時からずっと夢だったんだ……好きな人と一緒に花火を見るの。去年はいろいろあったし……』
「あぁ……」
確か遥陽は去年の文化祭、最終日は休んでいたんだった。一年前と今では僕と遥陽の関係は大きく変化した。
そもそも遥陽が来てなかったってこと自体、後になって知ったことだったし。そういえば、あの時かなりしつこく何してたか聞かれたっけな。
今にして思えば、これはどこも同じかもしれないけど、うちの文化祭にもいろいろな都市伝説的なあれが語り継がれているのだ。
普通は一つじゃないの? って突っ込みたくなるのは置いといて、一番有名なのはやっぱり『後夜祭の花火を手を繋いで見上げた男女は生涯結ばれる』だろう。
生憎去年の僕は、クラスの片付けが済んだらとっとと帰ったため花火自体見ていなかった。
今年は遥陽と――
『本当は都市伝説全部やっちゃいたいんだけど、さすがに欲張るのもおこがましいし、私は凛くんがそばにいてくれるだけで十分だから』
「うん、どこにもいったりしないよ。一緒に見ようね花火」
『――約束だよ』
そう言って遥陽は軽く握ったこぶしに小指をちょこんと突き出して、画面にそっと合わせてくる。
指切りげんまん。
僕も同じように、遥陽の小指に重なるようにスマホの画面に優しく触れる。
そこに遥陽はいないのに、本当に指が結ばれたような温かみが伝う。
これはスマホの熱なんかじゃない。遥陽がたまにする、僕の反応を伺うように指を絡めてくる感触に似たものを感じた。
ただデータを集約しただけの電子機器のはずが、力をこめれば、この奥にいる遥陽に触れらるのではないかと思ってしまうほど――
『――あっ、あとちゃんとおもしろい謎解き考えてよね。私何気に凛くんのとこ楽しみにしてるから』
その素っ頓狂……なんて言ったら怒られそうだけど、遥陽の声に僕は現実に引き戻される。
そうだった……。
面倒くさい宿題を思い出した僕は、遥陽におやすみと告げるとそのままその現実を逃避するかのごとく、電気を消して布団をかぶった。
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