第2話 一人反省会と妹


それから家までどうやって帰ったのかあまり覚えていない。



自転車で片道十五分。よく事故に遭わなかったな……。



僕が住んでいるファミリー向けのマンションの駐輪場にとめて、エントランスホールに入る。エレベーターで六階まで上がったら、玄関の鍵を開ける――というのが、本来の行動である。



今日はそこにプラスして、そのまま自室のベッドにひれ伏した、がつけ加えられた。



帰ってきた時は多分誰もいなかったと思う。



両親は共に仕事だし、妹もまだ部活のはず。



陽の光を浴びながら自転車をこいでいたので、Tシャツが汗でべっとりしている。シャワーを浴びたいところだけど、とてもじゃないが今はそんな気にならない。



僕はポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリを開く。



当然のことだが、九条さんとのやりとりは今朝の到着したことを知らせる旨の文章で止まっていた。




――九条さんに彼氏ができた。




つまるところ、僕の一方的な片想いだったのだ。



九条さんからしてみれば、僕は同じクラスの男友達。それ以上でもそれ以下でもない。



九条さんの相手がどんな人なのか、どういう経緯で付き合うに至ったのかなどは知らないけれど、それを知ったところでどうにもならないのは明白である。



これで残りの夏休み――どころか、僕の高校生活は終焉を迎えたと言っても過言ではなかった。



彼女いない歴=年齢の僕が言えた口ではないが、原因……もとい敗因は積極的にアピールをしなかったからなのかもしれない。



勉強以外にも、ご飯や遊びに誘える積極性が僕にあれば……恐れずに好意を伝える大胆性が僕に備わっていれば……。



昔からそうだった。小学校中学校と気になったり好きになった女の子はたくさんいた。



しかし、そこから男女の仲に発展することは一度もなかった。僕の友達には別れてもすぐ他の人に告白したり、何度断られても諦めずにアタックし続ける人だっていた。



僕はそういう友達の話を聞いて一緒に笑いあっていたけど、ただ遠くから見つめていることしかできないビビり野郎に、笑う資格などなかったのだ。



そもそも僕はスタートラインにすら立てていない。普通に話しかけたり、スマホを通してメッセージのやり取りをするぐらいは何とかできる。



けどその先が無理なんだ。僕にとっては未知の領域。何よりも拒絶されるのが怖くて、それを想像しただけで声が出なくなる、身体が金縛りにあったようになる。



「でも今日会ってくれたってことは、彼氏ができたのは最近なのかな……」



僕は枕に顔をうずめて、一人解析を始める。



元々九条さんとは夏休みが始まる前から、一緒に課題をやろうという話はしていた。それが今から約一ヶ月前。具体的な日時を決めたのは終業式の日で、今日が夏休みが始まってから二週間が経過したところ。



なので、僕にとっての厄日となったのは、夏休みの初日から今日までの約二週間の中にある可能性が非常に高い。



――で、それが分かったから何だという話だよな。



「あぁーーーーっ!! もう何で僕はこんな性格に育ってしまったんだよ!!!!」



家に誰もいないのをいいことに、僕は枕に向かって他の誰でもない、僕自身に対する怒りをぶつける。



水中で水をけるかの如く、両足をベッドの上でバタバタさせてもこの憤りが晴らせるわけでもないことぐらいは理解している。



「……シャワー浴びよう」



久しぶりに叫んだことで、僕は少し落ち着きを取り戻す事はできた。汗まみれでエアコンのついた部屋にいたせいか、さっきからちょっと寒気がする。



僕は上体を起こしてベッドから降りると――



「――兄さん、帰っていたの?」



やや遠慮気味なノックと共に、扉の奥から妹の声がしてきた。



僕は扉を開けて、部活から帰ってきたばかりであろう妹の練習着姿を見て、少し予定を変更する。



「……うん、ちょっと前に。シャワー浴びようと思ったんだけど、先に美帆いってきなよ」



「み、美帆は後でもいいよ。兄さんこそ……って兄さん何かあった……?」



「えっ? いや……特に何もないけど、急にどうして?」



「何か目が腫れているように見えたから……気のせいだったらいいんだけど」



「あっ、目……エアコンの風でやられたのかもしれないな。ほら、僕ドライアイだから」



美帆は僕の咄嗟に出た言い訳を信じてくれたのか、それ以上は何も言わずその後少しの譲り合いを経て、結局美帆が先に汗を流すことになった。



妹の美帆は今年から僕と同じ高校に通っており、硬式のテニス部に所属している。僕はテニスのことは漫画でしか知らないけれど、今のところ怪我をして身体中痣だらけで帰ってくる――というようなことはない。



……それにしても、僕自分でも気づかないうちに涙を流していたのか…………。



どうやら、僕が思っている以上に、僕の心と身体は堪えていたらしい。







――それから、美帆に続いて身体を洗った僕は夕飯までの間もう一度ベッドにダイブし、エアコンの温度をギリギリまで下げて布団を頭から被った。








***



いつの間にか眠っていたらしい。



カーテンを閉め切っていたため、当然と言えば当然だが、部屋の中は真っ暗だ。



空腹を覚えて目が覚めた僕は、今の時間を確認するべく枕元に置いてあるであろうスマホを手探りで探す。



……これか?



指先が何かにぶつかり手繰り寄せようとしたが、なぜか妙に柔らかいことに違和感を覚える。



「んっ、うぅーん」



……は?



スマホから出ている音にしては、やけにリアルすぎる女の人の吐息声が右耳をくすぐる。



僕はうつ伏せの体勢を変え、暖かい息づかいを感じた方を向いた。



「……美帆……?」



横幅一メートルほどのシングルベッドで眠る俺の脇で、妹が俺の腰に手を回したまま、むにゃむにゃと口元を気持ちよさそうに動かしていた。




















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