消えるアルバイト達 24ページ
ーー十五年後。
僕はテーブル越しに椅子に座る、不安そうな顔の女性に言った。
「旦那様はやはり浮気をしていたようですね」
「そんな……」
そう言いながらすすり泣く女性。僕はテーブルの上の封筒に入った数枚の写真を取り出しテーブルに並べた。
「こちらが一週間前に撮った写真です。あなたの旦那様が会社の部下の女性と一緒にホテルに入るところです」
目にハンカチを押し付け、涙を拭う女性。非情だったが、僕は続ける。
「こちらが路地の陰で二人がキスをしている写真です」
女性が声をあげて泣いている。僕は励ますように言葉を選びながら彼女に言う。
「何と言ったらいいのか良い言葉は見つかりませんが、ここからどうするかは奥様次第です。一度ご主人とお話なさるのが良いかと思います。場合によっては良い弁護士を知っていますので紹介することもできますし」
「えぇ、分かりました……。一度主人と……話を……してみます」
女性は涙で目を赤くし、声にならない声で力無くそう言った。
女性が部屋を出るのを廊下まで見送った後、入口横に掲げてある看板を見る。
【山根・柳田探偵事務所】
僕はドアを開け、室内に入る。ここはマンションの一室にあるしがない事務所だ。
十五年前のあの事件の後、北警察署に行き、山根が言っていた明石刑事を尋ね、事件のことを話した。
明石刑事は熱心に聞いてくれ、上司を説得して僕達が働いた夜見旅館に行ってくれたけ ど、旅館はすでに潰れてから数年経過していたらしかった。ただ廃墟があっただけだと言っていた。
僕達は幻覚か妖術でも見せられていたのだろうか。それとも他に何かトリックがあったのか。
中にはたくさんの血が飛び散っていたようだけど 、山根達の姿はなく遺体もなかったという事で失踪事件として処理されているようだ。
妖怪達に骨まで食べられているのだから当然と言えば当然だ。
結局、毎食たくさん食べさせられていたのは、他の妖怪達に太った僕達を食べさせるためだった。僕達は家畜のように扱わていたということだ。
明石刑事の話では指紋採取やDNA鑑定、置いてあった荷物や、家族から出されていた失踪届けなどからほとんどのアルバイト達が特定されたらしい。
それと捜査が終わった後で明石刑事が山根の手帳と共に山根の探偵事務所の鍵があったと言って僕に渡してきた。
手帳の最後に記されていたのは初日の夜、寝る前に書いたものだった。
次の日に従業員休憩室に潜入してみようとしていたこと。
ホクロ田がおかしくなるはずがないから洗脳されたのではないかということと、もし洗脳されたとしたら自分も同じ目にあうかもしれないということ。
そして最後にもし自分までおかしくなってしまって何かあったら、僕かハナハナ、ちょんまげ、角刈りの誰か生き残った者が事務所を引き継いでほしいということまで書かれていた。
手帳には僕に対するメッセージも書かれていた。関係のない僕を巻き込んで申し訳ないということ。
十五年前のあの出来事は、今となっては遠い過去の話になってしまった。
少しずつ記憶が薄れていたけど昨日、急に思い出してしまった。何やら朝日大学の学生が、その件で僕に聞きたいことがあると連絡があったからだ。
もう少しで来るはずだが……。
とその時だった。事務所にチャイムの音が鳴り響いた。
僕はインターホンのモニターを見た。そこに写っていたのは茶髪で少し髪の毛が長めだが、
この子達が朝日大学の生徒だな。
「はい」と僕が言うと、茶髪の男性はモニターに少し近付き「昨日お電話しました幸村鷹志です」と言った。
やはり、この子達が……。
僕は玄関に行き鍵を開けドアを開けた。そこに立っていたのは男女六名の学生達。
「どうぞ中へ」
学生達は「失礼します!」と口々に言いながら中へ入ってくる。見た目と違って誠実そう。
テーブルの前に椅子が三つしかないので更に三つパイプ椅子を用意し、ペットボトルのお茶を出す。そろそろ事務員でも雇いたいな。
対面に座り僕は質問する。
「昨日幸村君から僕の過去のことについて聞きたいと電話があったけど、今日はどのようなことを聞きたいのかな?」
すると茶髪の男性が頭を軽く下げて質問してくる。
「実は明石刑事から伺ったのですが、過去に夜見村の
何だろう? ただの興味からの質問だろうか? それとも……。
「うん、そうだね。これを話すと長くなるけど、大丈夫かな?」
「えぇ。僕達は大丈夫です」
「……っと、その前に忙しくて電話で聞くことが出来なかったけど、何で僕にこの話を聞きたいのだろう?」
「はい、それは」
と言いながら、黒いTシャツの袖をまくりあげる幸村鷹志。タンクトップ状態になる。
ん? 何だ?
僕の目に飛び込んできたのは、肩に書いてある呪文のようなタトゥー。いや、違うような……。
幸村が肩を少し見た後、僕の方に視線を変え話を続ける。
「実はこれ、神威鋭山に住んでいる百鬼夜行に掛けらた呪印なんです」
「え、百鬼夜行って妖怪の?」
「えぇ。信じていただけるか分かりませんが、妖怪達に呪いを掛けられてしまって、このままだと百日で僕達は死んでしまうらしいのです」
百日で死ぬ?
そういうことか。それで過去に僕が体験した妖怪の話を聞きたいんだね? でも僕はそんな呪いは掛けられていないけど。
「それは大変な状況だね。でもあいにく僕は妖怪に呪いを掛けられたわけではないよ」
「え?」という幸村の反応、他の五名も驚いているようだ。
角刈りの体格の良い学生がすぐに反応する。
「じゃあ、何で妖怪に殺されそうになったんすか? 呪われたんじゃないんすか?」
「うん、僕は呪われてはいないよ。それでもいいなら話をするけど」と言い幸村の顔を見ると「はい、是非お願いします」と言い真剣な眼差し。
僕は「分かったよ」と言い、過去に起きた話を始める。
「ある日、僕の住んでいたマンションにチラシが入っていたんだ。それはアルバイト募集のチラシだったんだけど、夜見旅館という……」
ーーーー完(呪いの百鬼夜行に続く)ーーーー
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