はじめまして
その後私が起きたのは、随分と後らしい。詳しく言えば、リーダーが押しに負けて部屋割りを決め出した時に起きた。
「お、ようやく起きたか!待ってたんだぞ?」
私の一番側で、勝気そうな女の人が顔をあげる。涼しそうな青のタンクトップを着ていて、この世界では一生見ることがないと思っていた汗を首筋にかいている、赤髪の人だ。
「ほんとにね〜大丈夫?耳とか壊れてない?」
遠くの方で私に声をかけたのは、目が半開きでぼんやりしている女の人。ゆるゆるのパーカーを着ていて、ふらふらと体を揺らしてる、薄灰色の髪の人だ。
「あ!私も、心配してました…」
小さな少女が、自信なさげに俯く。黄色のカーディガンを着ていて、髪を編み込みにしている。
「怪我はないのか?」
無愛想な低い声が響く。どこにいるのかと周りを見渡すと、奥の奥の…ソファの隙間に挟まっていた。白衣を着ている…その、薄汚れた印象だった。
「怪我はないのか聞いている。まさか聴こえていない、とかじゃないよな?」
しばらく固まっていると、その声の主が私をじろりと一瞥する。初対面で言うのもあれだが、怖そうな人だった。
「いや、聞こえてます。この状況を考えてただけで…」
「なら返事をしろ。こんな状況で、勘違いされるような行動をとるな。」
訂正。怖い人だった。
「…お嬢さん、本当に体に不調はないかい?慣れない環境にいきなり入れられたら誰だって体を壊す。無理はしなくていいよ。」
そこの白衣の人とは真反対の優しい声。振り返ると、初老の男性が立っていた。頭にはそこそこ白髪が混じっていて、間違いなく私よりなんかよりずっと年上だと思わせた。
「ほんとにないです。嘘みたいに身軽。」
そういって、緊張感をほぐす為にえへへと笑う。シリアスな空間は苦手だ。特に今のような自分が発言しないといけない場はもっと苦手だった。
「あー、嬢ちゃん、挨拶はその辺りでいいかい?そこの子と一緒に、凍っちまった世界について現状を説明しときたいんだが…」
厳格そうなガスマスクをつけている人がそう話す。そこまで声は低くはなかったが、十分威圧を感じさせる物ではあった。
「私はかまいません。というか知っときたいですね。」
努めて冷静に言う。全くついていけてないがそうするのが一番いいのは分かった。
「話が早くて助かる。…えっと、そこの子も大丈夫か?」
私の隣で小さい肩がびくりと揺れる。
「あ、私も大丈夫です…何でみんな居ないのか知りたいです、し…」
自身なさげに声が消える。まだ体がしんどいのか、はたまた別の理由があるのか、その姿は少し儚げだった。
とどのつまり、元気がない、と。
「分かった。少し長くなるが勘弁しろよ。」
私もその子も、少し緊張した。なんせこうなった原因が聞けるのだ、緊張もする。
「まずこうなった原因だが、それはわからん。」
なんだ、と少し肩透かしを喰らう。まあ少しの人数しかいないし、期待しすぎたのかもしれない。
「だが、まあ隕石や戦争ではないのは確かだ。そうなったら凍る前に気づくだろうからな。そして凍ったのはこの国だけでなく、外国も同じらしい。なまじっか土地が広いだけに、悲惨なことになっているそうだ。海や川も完全に凍りついていて、氷で覆われてしまった島もあるようだ。まあ、悲観はここまでにしようか。少なくとも、ここにいる全員が生きている。それで十分だろう。幸いな事にここには電気もある、水もある、食料も、少しの病気なら治せるレベルの医療だってある。それに、生き残ったのは俺達だけじゃないだろう。外国だって、なんならこの国の中でも、探せば誰かの拠点なんて簡単に見つかるはずさ。人類はそこまで弱くはなかった、つーことだ。」
そこまで言い切って、大きく息を吸った。その間私たちは静かに聞いていた。演説を聞いているような気分だった。
「でも、他の誰かと連絡を取る手段はないんですよね?それに、その他の誰かが私たちが行ける様な場所にいるとは限らないじゃないですか…」
隣にいた弱気そうな子が反論する。あの男の人に反論できたのは『今』でも大したものだと思う。
「それは…そうだな。しかし、悲観する理由はないだろ?俺らが生き残っているということは、必ず誰か他がいるはずだ。」
少女は納得がいかなさそうに言葉を押し殺した。これ以上の問答は無駄だと悟ったのだろう。すると、白衣を着ていた怖い人が動き出した。
「そう楽観して下手に動いても人員と体力を浪費するだけだ。人を探すにしても何かあてや効率の良い方法を探さないと話にならない。そこの少女はそう言いたかったんだろう?自分の事を信じるのはいいが、余りに盲信すると足元を掬われるぞ。」
白衣の人が言いたい事を全部言ってくれたらしく、少女は少しだけ安心した様だった。ガスマスクの人の言っている事も確かに一理はある。けど、方針は決めておかないと確かに迷走する事にはなる。
「効率の良い方法、な。正直言って見つかってない。だから闇雲に探すしかないんだが、確かにこの状況で人手を失うことは避けたい…」
ガスマスクの人は考え出したのか、それきり何か思案する様な姿勢を取り黙り込んだ。暫く経った後に沈黙が気まずかったのか、勝気そうな女性が口を開いた。
「別に無闇に人を増やすコトはねーんじゃないか?人数的にも足りねーわけじゃないし、食料と設備だってある程度整ってんだろ?ここで人を増やしても食糧難とかまた難しい問題にぶつかんじゃね?」
「うん、アカネちゃんの言う通りだと思うよ〜。人が増えたら増えた分だけ、複雑化するしねぇ〜。」
『アカネ』と言う女の人のあとに相槌を打つ様にパーカーを着ている人が発言した。人数を増やさなくて良い、と言う意見も確かに一理はある。
「そこの人はどう思うの?まだ意見聞いてないけど…」
パーカーの人は続けて私に話を振った。発言していないと言うのなら初老の方だって発言していないが、まあ余り議論には参加しない人なのだろう。
「私は…すぐに決める必要はないんじゃないかなと思います。アカネさんの言う通り、設備だって整ってるし。でもいつまでも現状維持なんてそんな事はできないと思うし、みんなで話し合ったら良いんじゃないでしょうか。」
そこまで言い切った後、ガスマスクの人に疑問をぶつける。
「私たちを探し出した時に、『音』を使ったじゃないですか。あれをまた使うと言うのは駄目なんですか?」
するとガスマスクの人は顔を上げ、申し訳なさそうに首を振った。
「残念ながら音を拾える範囲にいたのは君たちだけだ。暫くしたらまたやっても良いが、あれはあれで膨大な電力がかかるからな。コストは高いがリターンが見合っていない。」
なるほど、それなら何回もあの方法で人を集めるのは難しいだろう。電気だって、この世界では安定して手に入る物じゃないはずだ。リターンが来ないかもしれないのに、それに賭ける理由は確かに無い。
「電気だってこの世界では有限資源に近い。浪費して良い理由はない。」
「皆の者、考え込むのは良い事だが、もう日が暮れているぞ?」
初老の人がそう言うので窓を見てみると、確かに黒い空に星が綺麗に瞬いていた。凍った事で空気が綺麗になったのか、いつも見上げる空よりずっと綺麗だった。
「体力は温存しておいた方が、今後のためにも良いだろう。もっとも私に今後はないがな…」
その人は笑えない冗談を言った後、部屋を後にした。別室があるのか、それなら快適に眠れそうだ。こんな状況になっておいて贅沢な事だが人と一緒の空間で寝るのは嫌だったのだ。
「あ、部屋割り決めてるから案内するよ。イルナはそっちの子を案内してあげてくれ。」
アカネさんはそう言うと私についてこいと言わんばかりに扉に向かって歩き出した。引き戸のドアを開けると、長い廊下に繋がっていた。
「いやーみんなして災難だったな、こんな災害に見舞われるなんてさー。」
アカネさんは歩きながら世間話を始めた。無言の時間を作りたくない人の様だった。
「でもまあやっていくしかねぇよな、こうなっちまってもみんなで集まれたんだ、きっとどうにかなるよ、な?」
そう言いながら私の肩をバシバシと叩く。ちょっとしたスキンシップのようだが、脆い私には痛いからやめてほしい。
「まあそうですね、私も凍ったのを目撃した時はどうしようかと思ったし、私一人だけなんじゃないかとも不安にもなりました。」
起きたばかりで思考が停止していたが、これは本当に大変なことなのだろう。私は昔から一歩線を引いて見るのが癖になっているので、未だに今の状況にリアリティがあまりない。
「んー、まあな。私の場合起きたらここにいたから一人かもってのはなかったが…」
それからアカネさんは私がここにくるまでの経緯を話してくれた。リーダーが近隣に生存者がいないか直接探し回ったこと、その段階でアカネさん達が集められたこと、ここはリーダーのお父さんが持つ巨大なシェルターということ、そのお父さんはもう亡くなられていること、ここには大量の資源があるということ。
「…なんか、物語の中みたいだよな。あ、もうだめだ死ぬってなった途端にここに連れてこられて、ここは絶対安全だよって言われて。そりゃ実感なんて湧かんよな〜」
そう言い、苦笑いをした。実際私も同じ気持ちだった。体だけ移動して、心はまるで動いてないのだ。
出来事がまるで、分厚いフィルターを通している感覚。まあ、今に始まった話ではないんだけど。
「ん、部屋に着いたぞ。ここまでの道は覚えてるよな?」
確認するようにアカネさんは目配せをする。面倒見がいい人なのだろう。
「はい、覚えてます。おやすみなさい。」
案内してくれたアカネさんにぺこりとお辞儀をしてドアを閉めた。その瞬間、外と室内が断絶される感覚に陥った。まるで世界に私しかいないような感覚。
その不気味な静けさのままベットに飛び込む。途端に離れがたくなる。硬いベットがまるで海のように受け入れてくれる。今日一日の疲れがどっと押し寄せ、思わず愚痴が漏れる。
「いきなり世界が凍りました、なんて言われてもどうすればいいか…私何も特別な技能とか持ってないし…いっそ私も凍れば楽だったのかな…」
一人になって入り込み始めたマイナス思考を頭を振り払い吹き飛ばす。こうなってしまったらなるようにしかならないのだ。私があれこれ考えても何も解決しない。こう言うのは賢い人ーーガスマスクの人やドクターさんに任せた方がいい。
やはり、夜中の考え事は良くない。今日は早めに寝てしまおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます