第11話


 オルト・エンデの冒険者ギルド、その酒場の一角。

 そこで俺とレウリアは向かい合って作戦会議を開いていた。  

 酒場だというのに外観と同じように調度品まで瀟洒な作りなのは、流石としか言いようがない。

 それも上質な雰囲気を提供するよりも先に、利用する冒険者達の粗暴さを浮き彫りにするだけだったが。

 賑やかが過ぎる喧噪の中、レウリアが切り出す。 


「あの魔物を倒す手立てはあるの?」 


「方法はふたつ。アンデット系に有効な加護を持っている冒険者を仲間に加えるか、類似する効果を持つ遺物を手に入れかだ」


「誰かを仲間に入れるのは、絶対に嫌」


「わかってる。もめ事が起こる可能性のある解決方法はなるべく避けるつもりだ。まぁ、それはそれで問題が山積みなんだけどな」


 レウリアの仲間達と銀の果樹園が同じ末路を辿ったこと。

 これらが全くの無関係と思えるほど、俺も楽観的ではない。

 下手に仲間を加えても、グラン・セメタリーを倒した後に殺し合いになるかもしれないのだ。

 考えるだけでも気が引ける。

 加えてレウリアの加護の件もある。

 出来る事なら新しい仲間を加える事は避けたいところだ。 


 となると、現状を打開するには遺物を探し出す必要がある訳だが、それはそれで容易ではない。

 下手をすれば世界樹海の街々を隅々まで探す必要が出てくる。

 そして見つけ出せたとしても、手に入れられるかはまた別問題だ。

  

「また掲示板を使って遺物を探すのはどう?」


「難しいな。有用な遺物っていうのは大概目が飛び出るほどの値段が付けられてる。だから信頼のある大規模なクランやパーティじゃないと、俺達みたいな少人数の冒険者だと掲示板経由の取引自体を撥ねられるんだ」


「だから直接交渉するほかない、ってことね」


「場所を特定するぐらいなら、掲示板を使えるだろうな。だが大概、そう言った遺物はオークションや掲示板での取引に出されてる事が多い。全部を確認して回ってたら、それこそ何年かかるか」


 考えるだけで頭痛がしてくるが、グラン・セメタリーを突破するにはこれしかない。

 しかし、俺達が遺物を手に入れるまで他の冒険者達があの迷宮を突破しないとも限らない。

 出来るだけ早急に、目的の遺物を手に入れなければ。

 最悪、金で冒険者を雇ってグラン・セメタリーの討伐だけ手伝わせるという手も、無くはないが……。


「なにか、お困りかな」


 ふと、そんな声がテーブルの近くで上がる。

 いつの間にか傍にいたその人物は、俺とレウリアをじっと見比べていた。

 男女のどちらとも思えるその人物には、見覚えがあった。


「アンタは……ローデシアにいた……。」


「おや、こんな所で再会するとは。こんな偶然があるんだね」


 その人物は、無邪気にも驚いた様子で笑みを浮かべた。

 ただこの人物に覚えがあったのは、俺だけではなかった様子だ。

 向かいに座っていたレウリアが、怪訝そうにローブの中から睨みつける。


「貴方、私達に種子の情報を売った冒険者よね」


「そうだったかな? あぁ、そうだった気がする。間違いない、君達に世界樹の種子がある場所を教えてあげたのは、この僕だよ」


 思わぬ繋がりと事実に瞠目する。

 なぜレウリア達がウィンドミルの迷宮で世界樹の種子を探していたのか、以前から疑問に思っていた。

 幸運にも種子を探し当てた、という出来過ぎた話でもなければ、なにかしら事前に情報を持っていたに違いないと。

 しかしまさかこの人物がレウリア達に種子の情報を売っていたとは。

 

 となるとこの人物はどこから世界樹の種子に関する情報を手に入れたのかという疑問も残る。

 だが、馬鹿正直に質問して、それに答えてくれるような人物でないことは理解できている。

 そもそも、この人物が本当に冒険者なのかすら、確証が持てずにいるのだ。

 

「アンタ、あの店が呪具を売ってると知って俺に教えたのか?」


 俺に助言をした件にしたってそうだ。

 あの時は善意で俺に格安の武具店を紹介してくれたのかと考えていた。

 しかしこの人物は、あの店では呪具も取り扱っていると知っていたのではないか。

 そう考えるようになっていた。

 あえて黙って、俺がどうなるかを楽しんでいたのではないかと。

 微かな怒気を含んだ質問に対し、目の前の人物は酷く驚いた素振りを見せた。


「まさか!? 僕は君の力になろうとしただけじゃないか。君は望み通りの金額で武具を手に入れ、そして目を見張るほどの活躍を残している。そして彼女の方も目的の代物を手に入れるチャンスを得ていたはずだ。僕が君達を騙そうとしているなら、もっと別の方法を使っている。違うかい?」


 言うことは最もだ。

 だがレウリアは不幸に見舞われた。

 俺も加護が無ければ、どうなっていたかわからない。

 偶然が俺に味方をしてくれただけだ。

 どうやらレウリアも俺と同じ印象を抱いていたようだった。


「私達は忙しいの。何処かへ行って」


「いやいや、話を聞いていたんだけれどね。君達、どうもアンデット系の魔物に困っているらしいね」


「盗み聞きか、趣味が良いな」


「そうだろう? 僕は趣味が良いんだ。それで、えっと、どこまで話したかな? あぁそうだ、アンデット系の魔物に困っているなら、今晩開催されるオークションに出てみると良いよ。何か突破口が見つかるかもしれないからね」

 

 またしても助言だ。

 それも今回は、非常に具体的な。

 笑みを浮かべ続けるその人物は、こちらが睨みつけても表情を一切動かさない。

 まるで何かに操られている人形を相手にしている気分だ。

 冗談ではないが、助言を素直に受け入れることは出来ない。


「信用しろって方が無理がある」


「逆に聞きたいんだけれど、そこまで警戒する必要があるのかい?」


「なに?」


「オークションに出るだけなら、どうあがいても僕が君達に危害を加えたり、騙したりする余地はないはずだよ。それとも、酒場の喧噪を聞きながら頭を抱えていれば解決方法が浮かぶと、本気で思っているのかな」


 反論の余地は、見つけられなかった。

 厳重に守られたオークション会場なら、危害が及ぶ可能性は極めて低い。

 加えて現状では手詰まりであり、ここで唸っていても打開策が見つかるとは考えにくい。

 結局、その人物が消えた後に、俺とレウリアはオークション会場へ向かう準備を始めるのだった。


 ◆


 歴史と金の街、オルト・エンデ。

 その代表的な娯楽でもあるオークションには、もちろん貴族や豪商も参加する。

 金さえ払えば冒険者も参加できるのだが、武器の持ち込みや喧嘩などはご法度。

 加えて、会場に入るにはドレスコードが必要ときた。

 

 しかし寒村生まれ世界樹海育ちの俺に、そんな知識や習慣などあるはずもない。

 オークションに参加すると決めてすぐ、レウリアは俺を連れて仕立て屋へと向かい、サイズが近いスーツを購入した。

 生地の説明や仕立て方の説明を受けたものの、説明前と比べてスーツへの理解度は変わっていない。

 むしろ面倒くさいから早く済ませてくれと考えていたほどだ。

 結局、店側に全てを任せた突貫作業で調整した結果、一応は形になってきていた。


「よくお似合いですよ、お客様」


「そ、そうか?」


「えぇ、とても。お連れ様の見立てが素晴らしいとしか」


 仕立て屋は袖口を調整しながら、鏡に映る俺を見て大きく頷く

 確かに、レウリアの選んだスーツは、さほど調整することなく俺の体にぴったりと合っていた。

 後は細かい調整が終わり次第、オークション会場に向かうだけだ。

 ただ外は完全に日が落ち、街には明かりが灯り始めている。

 オークション会場はさほど遠くないが、飛び込みで参加する以上、早めに会場へ付いていたかった。


「レウリア、そろそろ出発した方がよさそうだ」


 別室で準備をしているであろうレウリアに、声をかける。 

 隣の部屋からはバタバタと賑やかな足音が聞こえていたため、複数人で衣装の調整をしていたはずだ。

 今は静かになっていたので支度が終わったと思ったのだが、扉越しに予想外の返事が返ってくる。


「入ってきて、手伝って」


「……いいのか?」


「構わない」


 一応仕立て屋にも確認を取るが、目を伏せるだけだった。

 ノックをしてから、ゆっくりと扉をあけ放つ。

 しかし見慣れた灰色のローブを見に纏った冒険者の姿はなかった。

  

 代わりに、背中が大きく開いた黒のドレスに身を包んだ女性と、鏡越しに目が合った。

 その女性が誰かを理解できず扉を閉じようとしたが、右目の眼帯を見てその正体を悟る。

 ドレスと対になる純白の長髪が腰まで流れ、レウリアを現実離れした存在に昇華させていた。

 思わず言葉の出ない俺に、レウリアは鏡越し続けた。


「これを付けるのは久しぶりだから。手間取ってしまって」


「あ、あぁ、なるほどな」 


 レウリアが片手に持っていたのは、深い青色の髪飾りだった。

 どうやら髪に差す飾りのようだが具体的な使い方はさっぱりだ。

 若干混乱の最中にいる俺に対して、レウリアは振り返ってその髪飾りを差し出した。


「だから手伝って」


「俺がか?」


「他に誰がいるの?」


 仕立て屋がやってくれるんじゃないのか。

 そう思ったが、いつの間にか部屋の中から仕立て屋の姿は消えていた。

 使わなくていい気を使ったのか、それとも単純に別の客の相手をしているのか。

 眼帯の令嬢は、じっとこちらを見つめていた。

 その目が早くしろと急かしているようで、震える手で髪飾りを受け取った。


「……分かった。ただ上手くできるかわからないからな。後悔しても知らないぞ」


 言い訳染みた言葉を並べて、作業に取り掛かる。

 結局、様子を見に来た仕立て屋に手伝ってもらったのは、また別の話だ。


 ◆


「お集まりの紳士淑女の皆さん! ようこそいらっしゃいました! 歴史あるオルト・エンデのオークションでは、主に遺物や呪具を中心に取り扱っております! 冒険者から貴族の方々まで、存分に競りをお楽しみください!」


 司会者の声と客達の拍手が、オークションの開始を告げる。

 今は亡き画家の名画に、異国で打たれた鋭利な剣。

 大魔術師が愛用したという眼鏡に、迷宮内部で生成される希少な宝石。

 そして、司会者が言っていた呪具から遺物まで。


 競売にかけられる代物は多種多様だが、それを競り落とす貴族には法則があった。

 特に呪具に関して言えば、アッシュレインという貴族がその殆どを競り落としていたのだ。

 ただ、ほかに競合相手がいなかったので、呪具を欲しがる貴族はごく少数なのだろう。

 それでも災いの元となる呪具を欲しがる人間が、俺のほかにいるとは驚きだが。


「まさか好き好んで呪具を収集する人間がいるなんてな」


「他人の道楽に口出しする気はないわ」


 競売に負けず劣らずの注目を集めているレウリアは、それだけを短く言い捨てる。

 レウリアが何よりも注視していたのは、このオークションの目玉として大々的に告知されていた遺物だ。

 その品が登場したと同時に、会場がにわかに騒がしくなる。  

 どうやら遺物を目的にオークションに参加した貴族や冒険者が多くいるようだ。

 司会者の指示で持ち出されたそれは、華美な装飾が施されたガラスの中で鈍く輝いている。


「さて! 本日、最も注目を集めているのはこの遺物で間違いありません! 『弔いの聖鐘』! 死者に安らかなる眠りを与えるとされる神聖なる鐘の音色は、冒険者の方々にとってもその有用性はご存じのはず!」 


「あいつはこれの事を言ってたのか? だが――」


「競売の開始価格は250万Gからです!」

 

 その直後、周りの参加者たちが一斉に価格を提示し始める。

 貴族も冒険者も関係なく、白熱した競り合いによって値段は天井知らずとなっていった。

 一方で俺とレウリアはその様子を黙って眺めているだけだった。 

 そもそも開始価格の250万Gからして、俺達に支払える額ではない。


 加えて、あの『弔いの聖鐘』は非常に実用性の高い遺物と言える。

 アンデット系の魔物全般に対して有用なのであれば、迷宮の中で使う機会も多い。

 少しでも危険や仲間の損耗を減らしたいと考えるクランなら、大金を支払ってでも手に入れたい逸品だろう。


 ただ、このオークションに参加しているのは冒険者だけではない。

 莫大な財を有する貴族達も、負けじと競り合いに参加していた。

 結局、貴族が780万Gを提示したことで、競り合っていた冒険者は押し黙ってしまう。

 それ以降は誰も手を上げる事無く、競りは終了を迎える。


 貴族はその手に『弔いの聖鐘』を持つと、自分と競り合っていた冒険者を見下すように嘲笑っていた。

 どちらかと言えばあの遺物が欲しいのではなく、自分の財力を誇示するのが目的なのだろうか。

 従者に遺物を渡すと、貴族は周りの注目を集めながらオークション会場の出口へと向かっていく。

 あっけないが、これで今日の競りは終わりのようだった。

 

「遺物一つに2300万Gか。辺境の田舎なら数十年間遊んで暮らせるな。って、おい! どこに行くつもりだ!?」


「競り落とした貴族と交渉してくる」


 席を立ったレウリアは、遺物を落札した貴族を目で追っていた。

 今すぐにでもその貴族の元へ走りだしそうな様子だ。

 しかしその手を引っ張り、再び席に座らせる。

 ふわりと白い髪を広げたレウリアは、睨みつける様に青い瞳を俺に向けた。

 なぜ邪魔するのか。そんな言外の文句が聞こえてくる。


「まずは落ち着け。あの貴族がなんの見返りも求めずに遺物を貸してくれると思うか?」


「でも交渉しなければ結果はわからないわ。貸してくれるというなら、どんな代償を払っても構わない」


 レウリアが世界樹の種子の入手にかける覚悟は本物だ。

 だがその思いが強すぎて、はたから見れば自暴自棄にも見えた。

 真直ぐで小細工を弄することを知らない実直すぎる性格は、見ていて不安にもなる。

 レウリアが今の姿であの貴族に、何でもするから遺物を貸してくれ、なんて言えばどうなるか。

 小さなため息と共に、別の提案をする。


「少しだけ俺に時間をくれ。それに失敗したら、あの貴族の所へ行けばいい」


「なにか考えがあるの?」


「それじゃなかったらこんなこと言わないだろ」


 謎の人物の助言。それが何を示すのかはわからない。

 レウリアの言う通り、あの貴族に頭を下げる――もしくはそれ以上の対価を支払う――事で突破口を作る、という意味かもしれない。

 ただ、俺の頭には別の方法が思い浮かんでいた。

 上手くいくかはわからないが、それでもレウリアがあの貴族に頼み込むよりは、まともな結果が得られるだろう。 

 

「聞かせて。それから判断する」


 レウリアが身を乗り出し、目の前に迫る。

 いつもの灰色のローブ姿ではなく着飾ったドレスの姿で。

 微かな香油の香りが鼻をくすぐり、思わず距離を取る。

 だが俺の行動が理解できなかったのだろう。

 レウリアは小さく首を傾げた。

 

「……説明するから、あまり近寄るなよ」


 出来る限り今後の事を考えながら、俺の作戦を打ち明けた。

 説明を終える頃にはレウリアも納得した様子だったが、確実な作戦とは言えない。

 結局は貴族の元に行き、頭を下げるということに変わりはないのだから。 

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