第8話
じゃらりと金属が擦れる音と共に、革袋の口から金貨が零れ出る。
俺は今、昨日の稼ぎを提示するために再びアンドニスの店にやってきていた。
稼ぎの半分を手付金として提示すると、彼女は納得した様子でそれを受け取る。
あの重さの革袋を手にして首を横に振る商人の方が少ないだろう。
「お望み通り迷宮を攻略して、そっちが納得できるだけの稼ぎを提示した。これで交渉は成立だろ?」
「流石はハンニバルが推した冒険者だ。たった一日で迷宮踏破とは恐れ入る。それにひとりでこれだけの稼ぎを叩き出すなんてな」
「契約を結べばアンドニスは仕事仲間だ。協力してくれるなら、これからも相応の報酬は支払う」
「いいぜ、組んでやる。アタシも金が必要だし、冒険者の数が減って仕事もさほど忙しくないしな」
自虐気味に笑うアンドニスだが、その点は俺も薄々気付いていた。
あのローブを纏った冒険者を除いて、この店でまだ客を見ていないのだ。
いや、それどころかこの工業地区で冒険者を見かけることが滅多にない。
流石に冒険者ギルドにはほかの冒険者もいたが、それでも多くて十人に届くかどうかという所だ。
ウィンドミルという街の規模に対して、圧倒的に冒険者の数が少ないように思えた。
その原因も、確かこの街に来たときに聞かされたように覚えていた。
「そういえば、ハンニバルから聞いてたな。なんでも世界樹の民とかいう連中の仕業なんだろ」
「まぁ、大半はな。とは言え今のところ、あの銀の死神がウィンドミルから立ち去れば全て解決するんだが」
アンドニスは忌々しそうに鼻を鳴らし、その名前を呟く。
よほどあの女冒険者……レウリアが気に入らないらしい。
「その話ならギルドでも聞いた。ただ、そんなに影響力が大きい冒険者なのか? 俺には周りが噂話を鵜呑みにして、過剰に恐れてるだけにしか見えないけどな」
「当たり前だろ。たったひとりの冒険者風情の影響で、ウィンドミルの景気が決まってたまるかよ。だがその馬鹿みたいな噂話を世界樹の民とかいう連中が広めてんだよ。信じる奴は信じるから、余計に質が悪い」
「あっと、話が見えないんだが。聞いた限り、その世界樹の民は活動家かなにかの集まりなんだろ? なんで一冒険者の噂話を広める必要があるんだ?」
そういえば、ハンニバルも詳しい事情の説明を避けていたように覚えている。
なにか特別な事情でもあるのかと思ったが、アンドニスはこともなげに説明を始めた。
「まぁ、何処から説明すりゃいいのか。まず世界樹の民とかいう連中は世界樹至上主義で動いてるんだが、そもそも世界樹を守るには冒険者が必要だ。迷宮を放置すれば魔物が世界樹の根を破壊するからな。だがレウリアが仲間を殺したって噂が広まってから、少数の冒険者達がこのウィンドミルから逃げ出した。その結果、どうなったかわかるか?」
「噂が噂を呼んで、ほかの冒険者達もレウリアを恐れるようになったんだろ」
「あのいかれた集団はそこを拡大解釈して騒ぎ立てた。レウリアのせいでウィンドミルの冒険者が減って、世界樹が危険に晒されてるってな。だからレウリアを酷く嫌って、この街から追い出そうと画策した」
「なるほどな。レウリアがこの街を去ればほかの冒険者が戻ってくると考えてる訳だ。そうすれば迷宮に挑む冒険者の数も増えて、結果的に世界樹を守る事につながると」
辛うじてその話も理解できる。
理解はできるが、冷静に聞いてみれば粗が目立つ理論だ。
「だがその目論見は完全に裏目に出た。孤立させて街から追い出そうと、レウリアと懇意にしていた商人や職人を非難しなり、荒唐無稽な噂話を流したんだが、レウリアが街を離れるどころか残っていた冒険者と商人と職人が街から出ていっちまった」
「滑稽の極みだ。よくそれで世界樹を守ってるなんて主張ができるな」
「自分達のやったことを棚に上げて、街が衰退した全ての原因はレウリアにあると公言してるような連中だぞ? 恥も外聞もありゃしねえよ」
レウリアという冒険者が他者を近づけない理由を垣間見た気がした。
人々からいわれなき悪意を向けられれば、自分から離れていこうと考えるのは普通の事だ。
だというのに、なぜそこまでしてウィンドミルに留まっているのだろうか。
あの実力と加護を持ってすれば、何処であろうと冒険者として成功するのは難しくないだろう。
悪評さえ届かない彼方の地でやり直すことも不可能ではないはずなのだ。
そこまで考えが至った所で、ふと思考を断ち切る。
「なにか理由がありそうだが、深入りするもんじゃないな」
冒険者になる者達は、それぞれがそれぞれの事情を抱えている。
レウリアという女冒険者が抱えている事情は、街中から悪意を向けられても逃げ出すことが許されない程の事情なのだろう。
さして関わりのない俺が興味半分で首を突っ込んでも、碌な事にはならないはずだ。
「つまらん話はここまでにしとこうぜ。今日は新しい仕事仲間が出来た記念日だ。特別価格で店の物を売ってやるよ」
「買い物もいいんだが、まずはこれの鑑定を頼みたい」
ポーチに忍ばせていた指輪をカウンターに置く。
「なら今回は特別にサービスで鑑定してやるよ。これはアタシからの懇意の印だ」
「そりゃ、ありがたい」
アンドニスが専用の道具で指輪を持ち上げた、その時。
店先のドアベルが珍しく音を立てた。
ふと振り返れば、灰色のローブが目に入る。
間違いない。素顔の殆どが隠されているが、例の冒険者……銀の死神である。
彼女は深海の様な瞳を俺に向けると、透き通るような声色で短くつぶやいた。
「見つけた」
「なぁ!? 二度とこの店に顔を見せんなって言ってあっただろうが!」
「貴女に用事はないわ。私が話したいのは、そっちの冒険者よ」
がなるアンドニスに構うことなく、冒険者は俺の目の前まで歩いてきた。
見たところ槍は持ち歩いていない様子で、迷宮内部での刺々しさも消えていた。
一体どんな心変わりがあったのか知らないが、少なくとも彼女から接触してい来る理由に心当たりはなかった。
「付いてくるなと言ってなかったか。それなのに話があるってのは、一体どういう了見だ」
「あの時は気が動転していたの。でも冷静に考えてみれば、貴方が特別だということに気付いたわ」
想定を大きく外れた返答に、警戒心は最高まで跳ね上がる。
一方のアンドニスは、先程までの怒りを忘れてしまったかのように楽し気に声を上げた。
「おっと、アタシは席を外すべきか?」
「真面目な話よ。貴方、私の目を直接見てもなんともなかった。それって、普通じゃあり得ないことなのよ」
「自分の美貌に酔いしれてるんじゃなければ、もう少しまともな説明が必要じゃねえか?」
「……別の場所で話しましょう。そこの彼女は、どうも黙って話を聞くことができないみたい」
「あ? 勝手に店に入ってきて、店主のアタシに喧嘩を売ろうってのか?」
俺が初めて店に入ってきたとき、一体どんな会話が行われていたのかが容易に想像できる光景だった。
ただここで喧嘩を始められても困る。アンドニスが怪我でもすれば今後の仕事にも差し障るだろう。
どうにか宥める為に、二人の間に割って入る。
「まぁ、話を聞くぐらいなら構わない。魔石の分の恩もあるしな」
俺の顔を立ててくれたのか、アンドニスは黙って椅子に座り込んだ。
自分の話を遮らないと確認したレウリアは、静かに要件を語る。
「私の加護は、周囲の人間に影響を与える。特に右目を直視した相手は、必ずと言っていいほどに影響を受ける。それが魔物だろうと、人間だろうと、関係なく」
「それについては迷宮の中で見させてもらった。そうとう強力な加護みたいだな」
「強力である事が必ずしも良いとは限らないわ。自分の意思とは関係なく力をまき散らすのだから。でも貴方は違う。なぜかは知らないけど、直接目を見ても、一切影響をうけていなかった」
確かに迷宮の中でレウリアと目が合ったのは覚えている。
眼帯で守られている右目が、記憶に焼き付くような銀色だったということも。
つまり、彼女の加護の力を俺は受けていないという事だ。
これも含めて『気高き純白』の効果なのか、それとも別の要因があるのか。
ただ、今の俺が聞きたいことは別にある。
「アンタが俺に目を付けた理由は分かった。だが聞きたいのは俺を探してた理由の方だ」
その加護の余波を受けない俺を探し出して、一体何をしたいのか。
レウリアは逡巡の末、絞り出す様な声音で俺の疑問に答えた。
「探し物を手伝ってほしいの。もちろん報酬は用意する。金銭的な報酬と、そして貴方が絶対に欲しがる物を」
「俺が欲しがるなんてどうしてわかるんだ」
「私から提供できる報酬がアルセント・ワーズの研究手記だから。呪具を使える貴方には、必要な物でしょ」
そう言ったレウリアは、アンドニスの手元にある指輪に向けられていた。
どこで俺が呪具を使えるという情報を手に入れたのかは、定かではない。
しかし重要な問題はそこだけではなかった。
カウンターの向こう側から、怒気を孕んだ声が飛ぶ。
「馬鹿言え。アルセントは一年前に死んだだろ。その手記を持ってるはずがないだろ」
「私と仲間達は、過去にアルセント博士から依頼を受けた。研究完成の為に迷宮へ入る博士は、自分に万一の事があったことを考えて、研究成果を地上に残していった。これが依頼書の写しよ」
「その預け先が、アンタ達だったって訳か。くそ、なるほどな」
「そのアルセントの研究手記ってのは、そんなに価値のあるものなのか?」
ふと視線を向ければ、アンドニスは不承不承といった様子で首を縦に振った。
「アルセントは呪具から呪いを取り除いて遺物に戻す研究をしてたんだよ。だが研究は失敗続きで、界隈では狂人扱いされてた。だが奴は呪いを取り除くのを諦めて、呪いを移し替える事で呪具を遺物に戻そうとした」
「戻そうとした、ってことは結局は戻せなかったんだろ?」
「呪いを完全に取り除くには最後のピースが足りないとほざいて、迷宮に入ったっきり行方不明だ。ただ、呪具が使える奴がいれば、この研究には全く別の意味が生まれる」
アンドニスの言わんとすることは、俺もすぐに理解できた。
「ひとつの呪具に呪いの力を集めれば、それだけ強大な能力を得ることになる。つまり俺にとっては、武具を大幅に強化する手立てになり得るってことか」
「アタシは……まぁ、美味い話だとは思う。流石にアタシも呪具には手を加えられない。武具を強化する為には、アルセントの研究手記は必要不可欠だ。とは言え、あの死神の手伝いをするなら周囲からどう思われるかは目に見えてるが」
呪具は遺物と違い、金を払ってでも処理したいという冒険者が後を絶たない。
手元に置いておくだけで呪いの力をまき散らすのだから無理もないだろう。
しかしながら、迷宮内部から出土する呪具の総数は遺物と比較しても少ない。
それらを広大な世界樹海からかき集めるのは、物理的に不可能だ。
アンドニスの協力があれば呪具を一定数を集める事は出来るだろうが、それらが全て有用な効果を持っているとは限らない。
より強力な呪具で装備を固めていくのであれば、手早く呪具自体を強化できる方法が必要だ。
そしてアルセントの研究手記には、その方法が記されているかもしれないのだ。
考えれば考えるほど、手記の価値が計り知れない物だと気付かされる。
だが目先の報酬にばかり目がくらんでいては、重要な事を見落としてしまうものだ。
じっと返事を待つレウリアへと、最後の問いを投げかける。
「どちらにせよ、まずはその探し物が何なのかを教えてくれ。受けるかどうかは、その代物次第だ」
「そりゃそうか。それで? アンタは一体なにを探してんだ?」
冒険者は危険な迷宮に飛び込み、金銭と名声を得る。
ならばアルセンドの手記を手に入れる為には、一体何を探し出せばいいというのか。
レウリアは深い青色の瞳で俺を真直ぐに見つめて、言った。
「迷宮の深層で見つかる秘宝。世界樹の種子よ」
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