一方その頃 1
頭で考えるより先に、拳から肉を打つ感覚が伝わってきた。
目の前にいた男が椅子をなぎ倒して床を転がる。
その無様な姿を見て少しばかり溜飲が下がる。
だからと言って、この馬鹿な男を許す気などなかったが。
「二度とその面を見せるな! この役立たずが!」
溜まりに溜まった怒りを吐き出すように、吠える。
男は慌てた様子で逃げ出し、すぐに姿が見えなくなった。
代わりに背中から聞きなれた声が上がる。
「リンドック、なにもそこまでしなくても良かったんじゃないか? ようやく見つけた荷物持ち(サポーター)だったんだぞ」
モーリスが男の逃げていった方向を眺めながら、そんな事をのたまう。
コイツが自分で物事を考えられない、愚鈍な奴だということは十分に理解している。
だからこそ扱いやすいが、こういった時に俺の考えに付いてこれないのが気に障る。
状況を理解できず顔をしかめるモーリスに、仕方なく丁寧に説明してやる。
「あの荷物持ちがまともな仕事をしてれば追い出してない。高価な道具が必要とか言うから渡してやったのに、戦利品を殆ど持ち帰らずに帰ってきやがったんだぞ? むざむざ宝の山を捨ててきた奴を追い出して何が悪いっていうんだ」
思い返すだけでも腹が立つ。
さっきの荷物持ちは、雇われの身でありながら、このリーダーの俺に意見してきたのだ。
深い迷宮には非常に危険な呪具が転がっており、戦利品を回収するにはあのエルゼが使っていた道具ではとても役に立たないと。
だがそんな稚拙な嘘は、瞬時に見破ってやった。
今までエルゼは戦利品を片っ端から拾い上げていたが、なんら影響は出ていなかった。
つまり今の道具でも戦利品の回収には何ら支障はないが、前任者のお古では満足できないと言外に訴えたのだ。
加えて、絶対に嘘だろうが先程の男は別のプラチナ級冒険者のパーティで荷物持ちを務めていたとほざいていた。
あんな無能を雇うプラチナ級の冒険者がいるはずがない。
冒険者のおこぼれに預からなければ生きていけない荷物持ち風情が。
この俺を……蒼穹の剣を育て上げた、このリンドックを騙そうとしやがったのだ。
だが、俺も子供じゃない。
一流の冒険者は一流の道具を好む。
荷物持ちが従順になり、相応の仕事をしてくれるのであればと、高額な道具を渡したのだ。
少なくとも周囲から見た時、見栄えのいい道具を。
しかし、寛大な俺の好意は、無残にも裏切られた。
男は道具を渡した後も、全く持って仕事を果たせなかったのだ。
最初に裏切ったのは男であり、俺は被害者と言える。
なのになぜ俺が責められなければならないのか。
これだから程度の低い仲間を持つと疲れる。
「でも追い出し過ぎよ。もうこれで七人目でしょ。せっかくプラチナ級に上がったっていうのに、街を歩いててもいい顔はされないわ」
「仕方がないだろ! 質のいい装備の補修には金がかかるし、お前達が馬鹿みたいに消費してる高ランクのポーションだって、出費が馬鹿にならない! せっかく最上位冒険者の仲間入りを果たしたってのに、いつも活動資金は底が見えてる状態だ!」
不満しか口にしない馬鹿共に現実を教えてやる。
そもそも、このメンバーで活動していくのには無理があると考えていた。
プラチナ級に上がった今、俺以外の三人は実力不足としか言いようがない。
俺の考えについてこれず、正確な状況の判断もできない。
実際に俺が突きつけた事実に対して、モーリスとサリュアは口を噤んだ。
だが最後に出しゃばってきた奴がいた。
恋人だか幼馴染だかを裏切った、性悪女のルカエルだ。
「そもそもなんだけど、なんでさっきの人は戦利品を持ち帰るのを渋ってたのかな」
「呪具にビビってるんだろ。高級な道具を揃えてやったってのに」
「でも、リンドック。このレベル帯になると、手に持つだけで精神が破壊されるような代物も紛れているらしい。いくら専用の道具を持たせていても、下手に拾わせるのは酷なんじゃないか?」
「お前は本当に馬鹿だな! 迷宮内で戦利品を拾うのがアイツらの仕事なんだぞ!? 金払って雇ってんのに、その仕事をしない方が悪いに決まってんだろ!」
思わず拳を振り下ろす。
手元にあった食器が粉々に砕け散り、残っていたスープが飛び跳ねた。
それでも怒りは収まるどころか、じわじわと身を焼くように膨れ上がっていく。
こんな予定じゃなかったはずだ。
あの使えないエルゼを追い出す事には成功した。
後は優秀な荷物持ちを雇い、迷宮内で得られる報酬額を増やし、高額を提示して優秀な冒険者を仲間に引き入れる。
俺のこの完璧な計画が、ここにきて狂い始めてしまった。
どこで何を間違えたのか。
いや、俺はなにも間違えていない。
悪いのは、俺の要求にこたえられない無能どもだ。
「その点、あのエルゼは優秀だったわね。自分に呪具の力が向けられるなんて考えずに、ただ言われた通り戦利品をかき集めてたじゃない」
「じゃあエルゼを追い出したのが失敗だったって言いたいの?」
「どうかしらね。でもこのままじゃ首が回らなくなるのも時間の問題よ? 現地で装備の鑑定ができる高位のサポーターを雇うか、それとも今までのように出費のかさむ戦い方を諦めるか。その両方に納得がいかないなら、あるいは――」
サリュアのふざけた言葉の先が読めた瞬間、反射的に叫んでいた。
「絶対にアイツは呼び戻さない! 俺達はプラチナ級冒険者だぞ!? たかだか荷物持ちに頭を下げられるかよ!」
プラチナ級は全ての冒険者が羨望と尊敬の眼差しを向ける、冒険者の最高位だ。
当然、周囲の無能共は指をくわえて俺達の……いや、俺のパーティの活躍を見ている事しか出来ない。
だが、ここで追い出した荷物持ち如きに頭を下げたとなればどうなるか。
周りにはなめられ、ここまで保ってきた蒼穹の剣の面子に泥を塗ることになる。
それだけは絶対に避けなければならない。
かと言って現地で鑑定ができる荷物持ち(サポーター)は希少で、こっちの足元を見て依頼料も目が飛び出るほどに高額だ。そういった奴は大抵、がめつい守銭奴であり信頼はできない。
そして戦い方を変えて出費を抑えるという案も当然却下だ。
プラチナ級冒険者パーティの蒼穹の剣が、たかだか荷物持ち一人が抜けただけで今までの活躍が出来なくなったなどという、事実無根の噂を広める訳にはいかないのだ。
「なら早急に代案を考えるべきね。このままじゃクランを立ち上げるなんて話は、貴方のむなしい妄想で終わることになるわ。それだけは避けたいでしょ」
わかりきったことを、繰り返すサリュアに舌打ちする。
クランとはパーティの延長線上にある組織制度と言える。
冒険者は五人でパーティを組むのが一般的だが、クランは数十人まで所属することができる。
そのリーダーになれば、残りの冒険者達が迷宮に入り、俺は本部の椅子に座ってるだけで金が転がり込む。
そこが、俺の溢れる才能と実績に相応しい場所だ。
だがクランを立ち上げるには、もう少しばかりの実績が必要だった。
とは言えまだ焦る必要はない。
追い詰められたとしても、俺の頭脳を使えば容易に切り抜けられる。
今までもそうだったし、これからもきっとそうに違いない。
そこで、ふと名案が天より降りてきた。
なにも荷物持ちに拘ることはない。
順序を変えればいいのだ。
荷物持ちではなく、優秀な冒険者を引き入れる。
そうすれば戦闘効率も上がり、魔石の回収も捗るはずだ。
「そうか、簡単な話じゃないか」
資金に余裕が出てきたら、今度こそ優秀な荷物持ちを雇えばいい。
いや、このまま活躍を続けていけば相手側から雇ってくれと俺の元に殺到することになる。
焦る必要はない。
俺の様な知恵者は、自分から頭を下げる事などしない。
相手に下げさせるのだ。
馬鹿なメンバーは考えが読めずに、首をかしげている。
だが数日後には俺の考えに感嘆のため息をついているはずだ。
黙ってついてくればいい。
そうすれば、俺の手柄のおこぼれを預かる事が出来るのだから。
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