第3話
レンガと鉄柵によって補強された建物の奥には、暗闇が広がっていた。
眼前に広がるのは、ローデシアの地下に出現した第7迷宮。
世界樹の成長によって開かれたその迷宮は、誰も最下層までたどり着いた事のない未踏の迷宮だ。
だからこそ、迷宮の内部に眠る財宝を狙って多くの冒険者が、その闇の中へと消えていく。
そして今や、俺のその内の一人だった。
「……そうか、初めてだったか」
次々と迷宮へ入っていく冒険者達。
その後ろ姿を眺めていると、自分の手が震えているのに気づく。
元メンバーやルカエルとは幾度となく潜ってきた。荷物持ちになってからは、ほぼ毎日。
それでも、たったひとりで迷宮に挑むのは初めての試みだった。
ひとりで迷宮に挑むのが、ここまで心細いものなのかと思い知らされる。
ただ、ここまで来て後戻りなどできるはずがない。
自分を鼓舞する為に、首から下がるブロンズ級の冒険者章を握りしめる。
ここには自分と同程度の冒険者しかいない。
つまり、少しでも周りから抜きんでれば、下層に眠る遺物を手に入れる事だって、夢ではないはずだ。
それに――
「このダンジョンを攻略できないようじゃあ、冒険者は務まらないだろうな」
若い世界樹の、開かれたばかりの迷宮。
考え得る限り、最も簡単に踏破できる迷宮で間違いない。
ここで怯むようでは、冒険者として成功するなんてのは夢のまた夢だ。
「行くか」
震える足に鞭を打ち、暗闇の中を進んでいく。
脳裏をよぎるのは、俺を追い出したメンバー達の顔。
プラチナ級という遥か高みから俺を見下ろし、笑っているに違いない。
それどころか、もう俺の存在を忘れているかもしれない。
そんな連中を見返すため。
そして何より、この小さな挑戦がかつて夢見た栄光に繋がると信じて、第一歩を踏みしめた。
◆
「来い!」
身構えた目の前を、灰色の影が駆け抜けた。
影は薄暗い地面を走駆し、一気に眼前へと肉薄する。
オオカミに似た魔物『アッシュ・ウルフェン:Lv3』だ。
素早く動き回る事で得物を攪乱する魔物だが、それも複数等が連携することで効力を発揮する。
一対一で戦うなら、苦戦を強いられる相手ではない。
「このっ!」
飛び掛かってきたアッシュ・ウルフェンの頭部に、盾を叩きつける。
地面を転がり動きが鈍った所へ、とどめの一撃として剣を振り下ろす。
結果、遠吠えに似た悲鳴を上げてアッシュ・ウルフェンの体は霧散した。
後に残ったのは、指先ほどの魔石だけだ。
周囲を見渡して、ゆっくりと額の汗をぬぐう。
自分のステータスを確認しても、レベル8という数値に変化はない。
このレベルは、過去に冒険者として活動していた時の名残だ。
流石に格下の相手と数回戦うだけでは、ここまでレベルアップはしない。
「レベル差があれば、まだ楽勝だな。これが同格の相手になったらどうなるか……。」
レベルとは、言ってしまえば身体能力の高さを可視化した数値だ。
冒険者達は世界樹と契約を結ぶことで加護を得るが、それと同時にレベルという概念を知覚するようになる。
レベルは迷宮内の魔物と戦闘を繰り返すことで上り、身体能力の強化から特別なスキルの会得まで様々な恩恵を受けられる。
つまり冒険者としての活動を続けていくにはこのレベルを上げることも重要になってくる。
なら簡単に倒せる魔物と戦い続ければいいのではと思うが、そうはいかない。
自分よりレベルの低い魔物との戦闘では殆どレベルが上がらないのだ。
より自分を強化したいのなら、自分と同レベルか格上を戦うことを強いられる。
文字通り、危険を冒して冒険をしなければならない。
この地上からほど近い、浅い階層には他の冒険者も多く、魔物の数が少なくなっている。
だが中層に差し掛かるあたりで魔物のレベルも上がってくるはずだ。
レベル的な有利も効かなくなってくると同時に、レベルを上げるには最適な場所とも言える。
中層からが正念場だろう。
幸いにも、格安で手に入れた装備は値段以上の働きをしてくれている。
下手するとリンドック達に与えられていた装備以上だ。
しかし……。
「頼むから、このまま行ってくれよ……。」
どうしてもあの店主の一言が頭から離れない。
罪滅ぼしとは一体、どういう意味なのか。
一抹の不安を振り払うように、次の階層へと足を運んだ。
◆
素早く踏み込み、攻撃の出鼻を挫く。
横なぎに振るわれた巨剣を掻い潜り、『スケルトン・ウォリアー:Lv7』の胸元へ滑り込んで、一撃。
脇腹から肩口まで切り裂かれたスケルトン・ウォリアーは、バラバラになって地面に転がった。
再び立ち上がる様子もなく、すぐに魔石を残して霧散する。
余りに拍子抜けな結果に、思わず周囲を見渡す。
他の冒険者が今の魔物を弱らせていたかもしれないと危惧したからだ。
獲物の横取りは冒険者同士の争いの種であり、今の場合は俺が誰かの得物を横取りした可能性が高い。
しかしどれだけ周りを見渡しても、冒険者の影はない。
「……いや、今の魔物が偶然にも弱っていただけの可能性もある。気を引き締めていこう」
どこかから逃げてきたのか。
あるいは途中まで戦った冒険者達が不測の事態で撤退したのか。
詳しい理由はわからないが、今の一戦で気を抜かないよう、喝を入れなおす。
冒険者が一番命を落としやすいのは、戦いに慣れて気を落とした時だ。
そう自分に言い聞かせて、中階層を進み始める。
しかし先ほどから剣に違和感があるのは、なぜだろうか。
◆
地響きと雄叫びが大気を震わせ、振るわれた棍棒が大地を揺るがす。
見上げる程の巨躯を誇る巨人型の魔物『ゴリアテ:Lv12』は、その鈍重な動きとは裏腹に、俺の事をしっかりと視線で追っていた。
近距離で戦い続けるのは危険だ。
そう考えた俺に対して、ゴリアテは地面に半分埋まった棍棒を無理やり薙ぎ薙ぎ払う。
俺の行動パターンを読んでの行動か。それとも本能的にこれが有効だと察したのか。
弾丸の様な岩々が、周囲一帯を薙ぎ払う。
その瞬間、地面に倒れ込むようにしてやり過ごす。
甲高い音を立てて、岩の破片が耳の近くを通り過ぎる。
だが、幸運にも俺には当たらなかったようだ。
見ればゴリアテは土煙で視界が奪われている状態だった。
その隙を逃す手はない。
即座に肉薄。
完全に俺を見失っていたのだろう。
無防備なゴリアテの腹部に一閃。
「ゴァァァァアアアアッ!!!」
咆哮の様な悲鳴が迷宮を震わせた。
それだけの深手を負わせることができたのだ。
本来であれば、分厚い筋線維に守られたゴリアテの皮膚を貫くのは難しいとされている。
しかし今回ばかりは殆ど抵抗なく、俺の剣はするりとゴリアテの腹部に滑り込んだ。
偶然であったとしても、絶好の好機に違いはない。
そのまま一息に、深く突き刺さった剣を振りぬく。
流石のゴリアテも胴体の半分を両断されれば、ひとたまりもなかっただろう。
先程まで圧倒的な破壊をまき散らしていた巨体は、ゆっくりと力なく地面に崩れ落ちる。
そして体は煙となり、後には大きな魔石が残されていた。
本来であれば戦勝を喜び、戦利品を喜んで荷物入れに仕舞う所だ。
だが興奮冷めやらぬというのに、俺の頭の中は疑問でいっぱいだった。
「すこし、順調すぎやしないか?」
戦利品の魔石を拾あげながら、自分自身に問いかける。
この成果は、普通じゃない。
冒険者に偶然はあり得ない。
格上の強敵と戦えば苦戦を強いられるのが常であり、あのプラチナ級の蒼穹の剣でさえもその例に漏れない。
強力な遺物を複数所持していればまた話は変わってくるのだろうが、俺が身に着けているのは一部位1000Gで投げ売りされていた装備だ。
少なくとも戦闘で有利に働く要素は皆無だ。
「まさか俺の加護が関係してるのか……?」
そんな考えがちらりと脳裏をよぎる。
この『気高き純白』の能力が、ひとりで戦うことで発揮される類の物だったとしたらどうだろう。
気味悪いほどに順調に迷宮の攻略が上手くいっている現状にも説明がつくのではないだろうか。
推測の域は出ないが、今後検証する価値は十分にある。
もしかすると、冒険者として活動していく大きな助けとなるかもしれない。
「少しばかり、夢を見てもいいかもしれないな」
気付けば、軽い足取りで迷宮の奥に向かっていた。
油断は禁物だ。過度な期待も。
それでも、抑えきれるものではない。
高鳴る期待を抑えつつ、初めて冒険者として迷宮に入ったときのような足取りで、奥へ奥へと進むのだった。
◆
もちろん、期待した。
自分の加護は誰も知らない特別な力を持っていて、今はまだそれが発揮されていないだけなのだと。
いずれはその力が発揮され、一線で名を上げる冒険者として大成するのだと。
プラチナ級までのし上がり、あの自分を見下して追い出した四人に目にもの見せてやると。
しかしながら、この時ばかりは疑問が頭を埋め尽くした。
崩れ落ちる迷宮の主『ランドン・キマイラ:Lv21』を前にして。
「あ、あれ?」
いうなれば、一刀両断。
見上げる程の巨体を誇る迷宮の主は、自分に何が起きたのかさえ理解できなかったに違いない。
俺自身、なにが起きたのか理解できていないのだから当然だ。
最下層で悲鳴が聞こえ、駆けつけたら先程のランドン・キマイラが冒険者達を追い詰めていた。
複数の魔物が融合した様な姿を持つランドン・キマイラには、明確な弱点が存在しない。
それどころか、融合している魔物の数だけ強みを持つことで有名だ。
明確な攻略方法が存在しないため、冒険者にとっては地力を試される相手となる。
襲われていたのは、俺に野次を飛ばしていた冒険者のパーティだった。
首にはシルバー級の冒険者章が下がっており、口だけでなく実力も持ち合わせていたはずだ。
それでも五人のうち三人が地面に伏せっており、残りの二人も負傷していた。
そこで一瞬でも気を引こうと横から一撃を見舞ったところ、ランドン・キマイラは霧散した。
後に残ったのは大小様々な魔石の数々と、驚愕の表情で俺を見つめる二人の冒険者だ。
だが幸いにも倒れている冒険者達も息があるようで、残った二人は急いでポーションを飲ませ始める。
「本当にありがとうございます! 貴方は命の恩人です!」
まるで昨日の出来事が嘘のように、その冒険者は頭を下げ始めた。
少し気味が悪い程に。
実際に自分でも何が起こったのか、把握できていないのだ。
その感謝を素直に受け取るには、余りに理解できないことが多すぎる。
「い、いや、なんと言えばいいか……。」
多くの謎と違和感が残ったまま、ひとりで入った初めての迷宮探索は幕を閉じた。
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