第5話

 ヴィリッツとの模擬戦の後。

 俺はギルドにある審問室に閉じ込められていた。

 どれだけの時間がたったのかはわからないが、一日二日は十分に過ぎているはずだ。

 そして今現在、俺の真正面にはどこかで見たことのある女性が腰かけていた。 


 この場所にいるということは、少なくともギルドの関係者であることは確実だろう。

 だが女性は、受付嬢や換金を請け負う職員とは違った雰囲気を纏っている。

 どちらかと言えば、どこか冒険者に似ている。


 美しい装飾によって巧妙に隠されているが、着込んでいるのは防具の一種だ。

 腰には細身の剣が下げられており、袖口からは隠しナイフが見え隠れしている。

 それらの形状からして、魔物を相手にするための武器ではない。

 彼女は魔物ではなく、人間と敵対することを想定して武装しているのだ。


 一方の俺は、すでに武具の一切をギルドに取り上げられている。

 丸腰の俺を前にして、彼女は張り付いたような笑みを浮かべた。

 俺の緊張感を解くための物と言うより、それが癖になっている様子だ。

 少なくとも、その見え透いた作り物の笑顔に親近感が湧くことはなかった。


「こんなに早く噂の新人君とご対面できるなんて思ってもみなかったよ」


「貴女は?」


「私は……一応、ギルドの職員だと言っておこう。とはいっても冒険者を相手にする受付嬢とか、書類にハンコを押す事務員とか、はたまた冒険者の実力を測る観測員とは、また違った職員だ。少なくとも、大勢の冒険者とは関わりのない職員、とも言える」


 俺がこの場所に呼ばれた理由は、ヴィリッツとの戦闘でギルドが何かを察したか、落ちてきた世界樹の枝に関する事で俺に聴取をしたいかのどちらかだ。

 だが模擬戦を持ち掛けてきたヴィリッツと冒険者ギルド側であり、問題が発生した所で俺に聴取をするとは考えにくい。そもそもヴィリッツには傷ひとつ付いていない。逆に殺されかけたのは俺の方だ。

 となれば、残るのは落ちてきた世界樹に関する問題だろう。一見、俺には全くの無関係に思えるが、この目の前の職員は俺の関与を疑っているのだろう。

 つまりこの、目の前で笑顔を浮かべた職員の正体は……。


「世界樹保全機構の、特務職員」


「ご明察。プラチナ級冒険者と共に行動していたなら、どこかで顔を合わせたこともあるかもしれないね。改めまして世界樹保全機構のハンニバルだ。どうぞよろしく」


 その名前と共に脳裏をよぎったのは、血祭りにあげられた冒険者の姿だった。

 世界樹海に存在する世界樹はある種の信仰対象ともなっており、その枝葉は邪悪を遠のけ、世界樹の種子はありとあらゆる病を癒すとされている。

 それらは口伝や伝説の域を出ないが、これだけ巨大な植物ならばその生命力を信仰する人々の気持ちもわからなくはない。


 そこに目を付けた冒険者が、世界樹の一部を無断で切り落とし、商人に売りさばいていたことがあった。

 巨大な世界樹のごく一部なら見つからないと踏んだのか。それとも最初から罪悪感などなかったのか。

 どちらにせよ、その答えは永久に分からなくなった。

 世界樹を傷つけたその冒険者は、四肢を切断された状態で見つかったからだ。

 

 冒険者は、世界樹が加護とレベルという概念を人間に与える事で初めて誕生する。

 だがその冒険者がなにかの間違いで世界樹を傷つけ始めたとしたら、それを正す人間がいてもおかしくはない。

 それが、この目の前にいる女性。ハンニバルの所属する世界樹保全機構である。


 途端、冷や汗が頬を伝う。

 保全機構の目的は単純明快だ。

 ハンニバルがここに現れた理由も簡単に推察できる。


「悪いが、あの枝が落ちてきた事に関しては何も知らない。ギルドの職員に聞けばわかると思うが、俺は訓練場で別の冒険者と模擬戦をしていた」


「それは聞いているよ。なんでもシルバー級の冒険者が放ったスキルをいとも簡単に打ち破ってみせたとか。にわかには信じがたい事だけれど、本当かい?」


「ま、まぁ、そうなるな」


「素晴らしい! でも一つ気になる点がある。君はパーティを追い出された時、装備の一切を没収されているね。模擬戦の時に使っていた装備は、何処で手に入れたんだい? 見たところ、相当に質のいい装備みたいだけれど」


 ハンニバルは俺の経歴を洗っているのだろう。

 なんの淀みも無く、そんな質問を繰り出してきた。

 ギルドの職員でもある彼女に、嘘をつく理由も必要もない。

 ありのまま、事実を告げる。


「あれは……買ったんだ。東の市場にあった店で。だがそれがなんだっていうんだよ」


「君が経済的に余裕がないことはわかってる。そんな君があの装備一式を揃えるだけの資金を持っていたとは、到底思えない」


「合計で4000Gの安物だったんだよ。俺の経歴を調べる暇があるなら、実際に店に行って確かめればいいだろ。あの店主が俺の事を覚えてるかどうかは知らないけどな」


 俺の答えに思う所があったのか。

 ハンニバルは初めて表情を崩し、ひとりで小さく頷いていた。


「……なるほど。本人ですら自覚が無いのか。どうりで誰も君の『能力』に気付けなかったわけだ」


「ひとりで納得してないで説明してくれよ。なんで俺はここに閉じ込められてるんだ? そもそも、俺が聴取を受けてる理由ぐらい話してくれてもいいだろ!」


 溢れ出した怒りが声に滲み出る。

 理由も説明されず、こんな小部屋に押し込められていたら誰だってこうなるだろう。

 武装した相手に聴取され、挙句の果てには何かの嫌疑をかけられているのだ。 

 ただ、そんな俺に対してハンニバルは張り付いた笑みのまま、衝撃の一言を放った。


「落ち着いて聞いてくれ、エルゼ・アルハート君。世界樹の枝を切り落としたのは、君なんだよ」


 最初、なにを言われたのか理解できなかった。

 どれだけの時間を費やしただろうか。

 長い沈黙の末、どうにか言葉を絞り出す。

 

「そ、そんなこと出来る訳ないだろ? 真下にいた俺が、どうやって枝を斬るっていうんだよ」


 俺の疑問に対して、ハンニバルは抑揚の極めて少ない声で答える。


「君が持っていたあの剣。鑑定した結果、『呪具(ケイオス)』だと判明したんだよね」


 ◆


「ま、待てよ。そんなはずが……あの剣が、呪具なわけないだろ? そんな物を振り回してたら、俺が無事なわけがないだろ」


 神代の超技術で作られた武具の数々を、冒険者やギルドは『遺物(レリック)』と呼称している。

 迷宮の内部から出土するそれらは現代の技術では復元不可能であり、また性能面でも現代の武具では遠く及ばない。

 過去から現在にかけて残された秘宝のひとつである。


 だがごく稀に、呪いによって汚染された遺物が出土することがある。

 神代に何があったのかはわからない。

 しかしながら、こういった呪われた武具は深い迷宮ほど発見される傾向がある。

 神々の技術を汚染し、呪いによってさらなる力を与えるそれらを、冒険者達は総じて『呪具(ケイオス)』と呼ぶ。 


 呪具は遺物と同等かそれ以上の能力を秘めているが、その呪いの力によって所有者を蝕む。

 低級の呪具であっても使用すれば、確実に何かしらの悪影響が出ているはずなのだ。

 強力な呪具であれば、触れるだけで精神が破壊され、命に関わる危険があるほどだ。 


 そんな物を身に着けていれば、俺の様な冒険者ならとっくにくたばってるはずだ。

 少なくとも、迷宮を攻略したり、ほかの冒険者と戦うなんて余裕があるはずがない。

 だがハンニバルは小さく首を横に振った。


「君はこの数日間で瞬く間に偉業を成し遂げた。冒険者として活動を再開したその日に未踏の迷宮を攻略し、昨日は格上の冒険者をスキルを使わずに打ち負かした。この事実をどう受け止めるつもりかな。君の中には隠された冒険者の才能が眠っていて、それが急速に開花して輝かしい実績を積み上げ始めたとでもいうつもりかい?」


「それらが全部、呪具のお陰だって言いたいのか」


「新人が瞬く間に実力を伸ばし、名を轟かせるのは何度か目にしたことはある。でも君はそういった冒険者とは根本的に違う。実力不足を理由にパーティを追い出された君が、こんな短期間で急成長を遂げるとは思えない。ならば君自身の素質の他に、何かが活躍を後押しているに違いないんだ」


 ハンニバルの言葉が正しいと仮定すれば、今まで感じてきた違和感に説明がつく。

 自分には過ぎた力が発揮されること。

 そして迷宮が簡単に攻略出来たこと。

 シルバー級冒険者のスキルを、一方的に打ち破ったこと。

 だがそうなると、今までの疑念が解けると同時に新たな疑問が浮かんでくる。 


「その仮説が正しいとして、なぜ俺は呪具の影響を受けないんだ? 今までの事を考えると、呪具の力が完全になくなってる訳でもないんだろ」


 呪具は強力な装備であることに間違いはないが、安易に触れるだけで呪いの影響を受けることになる。

 それ故に装備を持ち帰るには専門の道具か、その場で呪具か遺物かを判定できる鑑定のスキルが必要になる。

 例外として呪具の影響を中和する道具も存在するため、俺はその道具を使って装備の回収を任されてた。


 つまり、プラチナ級の冒険者であったとしても呪具の影響から逃れることは不可能であり、十分に警戒するに値する脅威という証左でもある。

 そもそも呪具の強力な性能の根底にあるのが呪いであり、装備してしまえばその影響から逃れることは絶対に不可能だ。

 だがハンニバルの言葉を信じるのであれば、俺は丸二日ほど呪具を使い続けていた。

 それでも全く影響を受けなかったなんてことが起こり得るのか。

 俺の疑問に対して、ハンニバルは曖昧な答えを提示した。


「君自身、薄々気付いているんじゃないのかい? その力の正体に」


 その指摘に、小さく心臓が跳ねる。

 たしかに心当たりは一つだけある。

 まさかと疑う自分もいる。

 しかし話を聞く限り、他にはあり得ない。


「『気高き純白』の効果、なのか?」


「私達はそう推測している。いや、そうとしか説明できないと言えばいいか」


 鼓動が早まり、無意識のうちに拳を握りしめていた。

 世界樹との契約以来、俺の加護の能力は一切が不明だった。

 元メンバー達からは見下され、埋めようのない実力の差が生まれた。

 次々と能力を開花させて高みへ目指していく最中、俺はずっとそれを見上げ続けた。

 

 しかし、その立場が変わるかもしれない。

 

 普通であれば、呪具の大半は破棄されることが多い。

 遺物と同等かそれ以上の性能を誇るも、傍に置いてあるだけで災いを呼ぶのだから当然だ。 

 しかし俺はその影響を受けない。

 破棄されるはずの強力な呪具を、そのまま遺物と同じように扱うことができるのだ。


 上手くやれば一気に冒険者として成り上がる事も夢じゃない。

 いいや、ここ数日間を考えればその可能性の方が高いと言える。


「この力を使えば、ゴールド級やプラチナ級だって夢じゃない」


 膨らむ期待から、願望が声となって漏れ出る。

 そんな俺の声に真正面からため息交じりの言葉が飛ぶ。


「君は自身の持つ価値を真の意味で理解していない。冒険者ギルド側でも呪具を自由に使用できる冒険者は、一度も確認されていないんだ。この意味が分かるかい?」


「何が言いたいんだ」


「これまでの評価が一気に覆るんだよ。君は無能な加護を持っていると見下されてきたはずだが、もはやゴールド級やプラチナ級なんて目じゃないさ。君が望むのであれば、さらにその上……ギルド創設から数えてふたりしか存在しない、ユグドラシル級の冒険者を目指す事だって可能だ」


 ハンニバルは初めて笑みを解き、まっすぐと俺の目を射抜いた。

 吸い込まれる様な深い深海のような瞳に、思わず視線を逸らせなくなる。

 身を乗り出いしたハンニバルは、静かに諭すように、言った。


「君はこの世界樹海において、唯一無二の冒険者なんだよ」

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