第30話2:早く結婚したい(ルーカスside)

「ねえ、ちょっと・・・ちょっと待って・・・」


 エリーゼがあたふたと声をかけてきて、俺はハッと我に返った。

 ・・・てっきりこのまま結婚を承諾してくれると思ていたのだが・・・

 エリーゼは顔を赤らめながら俺から目を逸らし、困った様な複雑な表情をしている。


 そうか・・・エリーゼも俺が惚れ薬を使った効果で、俺の事を好きになったという事を自覚しているんだったな・・・。


 だが・・・すまないエリーゼ・・・俺もこのチャンスを逃す訳にはいかない。このまま畳み掛ける・・・!


「待たない。こういう事は早い方がいい。今すぐ結婚しよう」


 俺の手から逃れようとするエリーゼの手を逃がさないように、ギュッと力を込めた。


 どうか・・・俺の元から離れて行かないでくれ・・・


 そう訴えかけるように彼女の瞳にすがった。

 そんな俺をエリーゼは戸惑うように見つめ返した。

 その瞳はフルフルと震えていたが、しばらくすると何か迷いが消えたかのようにキッと鋭くなり、エリーゼはその瞳を俺に向けながらゆっくりと息を吸いこんだ。


「ルーカス・・・あなたさっき惚れ薬を飲んだわよね?惚れ薬がどんな薬か知ってる・・・?」


「あ・・・ああ・・・知っている」


 エリーゼの言葉に俺は動揺を隠せず、握っていた彼女の手を離してしまった。

 先程まで俺の手の中にあった彼女のぬくもりが、溶けていくように失われた。

 その喪失感から、俺は脱力する様にソファーに腰を落とした。


 彼女は今どんな顔で俺の事を見ているのだろうか・・・気になるものの、その表情を確認する勇気はない。


「やはり・・・怒ったか・・・?」


 勝手に惚れ薬を飲み・・・勝手に彼女の心を手に入れた・・・。

 今更ながら、自分の愚かな行為に対する嫌悪感が怒涛のように襲ってきた。

 恐る恐るエリーゼを見ると、納得いかないような表情でジトッとこちら睨んでいる。


「そうね・・・振り回される私の気持ちにもなってほしいわ・・・」


 その言葉がグサリと俺の胸を深くえぐり、その痛みに耐える様に体を震わせた。

 そんな俺の頭にはある疑問が浮かんできた。


 あの惚れ薬は本当に効いていたのだろうか?


 確かに、見つめ合った時のエリーゼの反応を見て、俺の事を好きになったのだと確信した。

 しかしエリーゼの口からはまだ、俺を「好き」という言葉は聞いていない。

 もしかしたら全部俺の勘違いで、エリーゼは俺の事を好きになった訳じゃなかった・・・?

 だとしたら、俺はエリーゼの気を引きたくて、惚れ薬と書かれた偽物を飲んだ、ただの最低な勘違い男じゃないか・・・?


 サーっと全身から血の気が引いていくのを感じた。


 俺は・・・なんて事をしてしまったんだ・・・。


「この惚れ薬って本物だったのね・・・」


 ・・・・・・・・・え・・・?


 この世の終わりとも思える程に絶望する俺の隣で、エリーゼが空になった瓶を見つめていた。


 ・・・惚れ薬は本物だった・・・だと・・・?

 それはつまり・・・やっぱりエリーゼは俺の事を好きになったという事か・・・!?


「あ、ああ・・・そのようだな・・・?」


 その事をはっきりと確認したくて、俺はエリーゼの顔を覗き込んだ。俺の視線に気付いた彼女の顔は、再び赤く染まっていく。


「エリーゼ・・・俺の事、好きか?」


「・・・ふぁ!!?」


 俺の問いかけに、エリーゼはなんとも可愛い声をあげると、湯気が出るほど顔を真っ赤に染め、パクパクと口を動かしているが声にはなっていない。


 ああ、もう・・・言葉はいらないな。

 その反応だけで伝わってくるエリーゼの気持ちに、俺は言葉にならない幸福感で満たされていった。


 俺はエリーゼの膝の上に置いてある彼女の手を、上から包み込むようにギュッと握った。


「エリーゼ・・・明日・・・いや、今から式を挙げよう・・・すぐに教会に行って神に誓いを立てよう」


「ちょっと待てぃ!!」


 エリーゼの渾身の叫びを聞いて、少しだけ頭が冷静さを呼び戻した。

 エリーゼはゆっくり息を吐き出すと俺と目を合わせ、真剣な表情で語りかけてきた。


「ルーカス・・・惚れ薬による効果は一時的なはずよ?もしも今の気持ちのまま結婚したとして・・・惚れ薬の効果が消えた時に、後悔するのはあなたなのよ?」


 ・・・惚れ薬の効果は・・・一時的・・・?


 エリーゼのその言葉に目の前が真っ暗になった。

 

 惚れ薬に効果時間があるとは考えていなかった・・・。

 ユーリはその事について何も言わなかった・・・いや、ユーリの事だからわざと隠していた可能性が高い・・・。

 となると・・・エリーゼが俺を好きだという気持ちもいずれ・・・無くなってしまうのか・・・?


 もしもこのまま彼女と結婚したら俺は後悔・・・ん?


 何故だ・・・?

 何故俺が後悔する・・・?

 この場合、後悔するのはエリーゼの方じゃないのか?


「・・・ならば、エリーゼは後悔しないのか?」


「へ・・・?」


 俺の問いかけに、険しかったエリーゼの表情はゆるみ、目を丸くして「なんでそんな事聞くの?」と言いたげにこちらを見ている。


「わ・・・私は・・・別に後悔なんて・・・」


「そうか。では今すぐ結婚しよう!」


 エリーゼの言葉に俺の不安など一気に消し飛んだ。


 何故俺が後悔するなんて心配したのかはよく分からないが、エリーゼのことだから何かおかしな勘違いをしているのかもしれない。

 俺としてはエリーゼが後悔しないと言うならば、この結婚にはメリットしかない。

 というか、もう結婚する以外の選択肢がない。


 祝福の鐘の音が頭に響き渡る中、俺は再びエリーゼの両手を包み込む様に握った。

 エリーゼの瞳は少し潤んでいて、このまま泣いてしまうのではないかと思い、俺は顔を近付けて確認しようとした。

 エリーゼとの顔が至近距離まで縮まり、思わずそのぷっくりとした赤い実のような唇に目が止まった。

 このままその誘惑するような唇を奪ってしまおうかという衝動に駆られたが、ぷいっと顔を思い切り逸らされてしまった。


「いや、だからルーカスが後悔するんだってば!」


 いや、だから何故俺が後悔する・・・?

 たった今エリーゼと口付けをするチャンスを逃してしまった事には後悔しているが・・・。


 何かと葛藤する様なエリーゼの手を、俺は大事な宝物のように愛しく見つめた。


「大丈夫だ。何を後悔する事がある?たとえ離婚したとしても、エリーゼがその後結婚する事が出来なくなれば、結婚相手を消す必要が無くなる。俺にはメリットしかない」


 おっと・・・俺としたことが、言わなくても良い情報まで言ってしまったな・・・。


 俺の言葉を聞いたエリーゼは、怪訝そうにこちらの様子を伺っていた。

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