第2話2:早く結婚したい
「ねえ、ちょっと・・・ちょっと待って・・・」
私はルーカスから目を逸らしながら、握られた手を解こうとするが、完全に固定されていて全く解けない。
「待たない。こういう事は早い方がいい。今すぐ結婚しよう」
私の手を握る力が強くなったのを感じ、その真剣な眼差しに思わず体が強ばってしまう。
その瞳は私が頷く事だけを望んでいる様であるが、こちらも惚れ薬による告白を真に受ける訳にはいかない。
私はゆっくりと息を吸い、落ち着いて彼を宥める言葉を頭の中に巡らせ、慎重に口を開いた。
「ルーカス・・・あなたさっき惚れ薬を飲んだわよね?惚れ薬がどんな薬か知ってる・・・?」
「あ・・・ああ・・・知っている」
ルーカスは一瞬ギクリとすると、掴んでいた私の手を離し、ソファに腰掛け目線を逸らした。
その顔は相変わらずの無表情だけど、長い付き合いの私には彼がわずかに動揺している事を見抜くことが出来た。
「やはり・・・怒ったか・・・?」
どうやら少しは反省したみたいで、表情を曇らせながら、私の顔色を伺うようにちらりと見てくる。
「そうね・・・振り回される私の気持ちにもなってほしいわ・・・」
そんな私の言葉が刺さったようで、ルーカスは更に悲壮感を漂わせ、俯きながら震え始めた。
その姿はまるでこの世の終わりを見るかのよう・・・
・・・いや・・・そこまで悲しそうにしなくても・・・私に嫌われるとでも思ってるのかな・・・?
まあ、こちらも好きな相手に好意を向けられて嬉しい気持ちが全くない訳じゃ無いし?・・・むしろ嬉しい気持ちの方が大きい訳で・・・うーん・・・複雑ね・・・。
「この惚れ薬って本物だったのね・・・」
私はそう呟くと、ルーカスの隣に座り、空になった小瓶を見つめた。
「あ、ああ・・・そのようだな」
ルーカスはそう言うと、再び私の方を覗き込むようにジッと見つめてくる。
いくら惚れ薬の効果だと自分に言い聞かせていても、そんな目で見つめられてしまったら・・・
「エリーゼ・・・俺の事、好きか?」
「・・・ふぁ!!?」
ルーカスの言葉によく分からない声が自分の口から放たれると同時に全身の体温が一気に急上昇した。
人間の体温ってこんなに上昇するものなのか・・・と謎の感心をしたところで私の思考は停止した。
異常なまでに上昇した体温のせいか、視界はグルグルと回り、パクパクと口は無意味に動いているだけだ。
・・・というか、これでは私がルーカスを好きだと全身で表現している様なものだ。
そんな私の反応を見て、ルーカスは目を細め、幸せそうな笑みを浮かべると、膝に置いていた私の手をギュッと握った。
「エリーゼ・・・明日・・・いや、今から式を挙げよう・・・今すぐに教会に行って神に誓いを立てよう」
「ちょっと待てぃ!!」
再び発せられたルーカスの結婚宣言に私は我に返り、間髪入れずにツッコミを入れた。
いや、さっきの反省はどこいった・・・?
私は体内の熱を逃がすようにゆっくり息を吐き、落ち着きを取り戻すとルーカスに目線を合わせ、宥めるように語りかけた。
「ルーカス・・・惚れ薬による効果は一時的なはずよ?もしも今の気持ちのまま結婚したとして・・・惚れ薬の効果が消えた時に、後悔するのはあなたなのよ?」
今は惚れ薬の影響で私の事を好きだとしても、もし薬の効果が切れて、好きという感情が無くなってしまったら・・・その後の事は今は考えたくない。
結婚を取り消すこと・・・つまり、離婚をするという事も可能ではあるけど・・・。
結婚式とは、教会の聖堂で神に対して、2人が生涯を共にするという誓いを立てる事である。そうすることで、初めて成婚が認められ、同じ性を名乗ることが出来る。
しかし、もしも離婚をするとなると、それなりに代償を支払う必要があるのだ。
1度神に対し誓いを立てたのならば、
それでも、離婚をした人が好きな人と一緒になる事はある。が、法的には認められていないため、同じ性を名乗る事は出来ない。
つまり、正式に結婚出来るのは1度きり。
人生における重大な決断であり、決して失敗してはいけない事なわけだ。
決して、惚れ薬による一時的な感情で行うものでは無い。
その事を理解してほしくて、ルーカスを見る私の目は自然と鋭くなっていく。
ルーカスは口元に手を当て、何か考えるような素振りを見せた後、私の顔をじっと見た。
「・・・ならば、エリーゼは後悔しないのか?」
「へ・・・?」
予想外の問いかけに、睨むようにルーカスを見つめていた私の瞳は丸くなった。
ルーカスと結婚した事を私が後悔するか・・・ってこと?
・・・正直なところ、結婚する気もなかったし、たとえルーカスと結婚して離婚する事になっても、後に好きな人が出来る気もしない。
実際に28年間生きてきて、好きになった人はルーカスだけだし・・・
なにより、ずっと好きだった相手と結婚出来るなんて夢のような出来事だし、仮に離婚したとしても、その後ルーカスが結婚する事は無いと思うと・・・結婚したところで私にはメリットしか思いつかない。
「わ・・・私は・・・別に後悔なんて・・・」
「そうか。では今すぐ結婚しよう!」
私の言葉を聞いたルーカスは再び私の手を包み混むように握ると、顔を近付けてきたので、私は顔を反らし、自分に言い聞かせるように声を絞り出した。
「いや、だからルーカスが後悔するんだってば!」
しかし、私の手はいまだにルーカスの手によって、まるで大事な宝物かの様に優しく包み込まれている。
「大丈夫だ。何を後悔する事がある?たとえ離婚したとしても、エリーゼがその後結婚する事が出来なくなれば、結婚相手を消す必要が無くなる。俺にはメリットしかない」
・・・んん?今さらっとすごく恐ろしい事を言わなかったか・・・?
とりあえず、私はルーカスの口から出た不適切な言葉を記憶から抹消して頭の中を整理する。
どうやら惚れ薬を飲んでしまった今のルーカスは盲目的に私を好きでいてくれてる様だ・・・。
この状態のルーカスを説得するのは無理だろう。
飲んでしまった物は今更どうする事も出来ないけど・・・
しかし、どうしても気になる事がある。
なんで惚れ薬を飲んだの・・・?
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