惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい

三月叶姫

第1話1:惚れ薬を飲んだ男

「エリーゼ、好きだ。俺と結婚しよう。」


 私の両手を胸に抱く様に掴み、私の目を真っ直ぐに見つめてそう言うのは、私がずっと恋心を抱いていた相手だ。

 本来ならば、この告白に胸が高鳴り喜びで舞い踊っている所なのだろうが、残念ながら今の心境は僅かな喜び、そして大きな後悔しかない。


 一体なんでこんな事になってしまったのだろう・・・


┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 時は少しだけ遡る。


「・・・はああああぁぁぁぁ・・・」


 私はソファにもたれながら、大きな溜息と共に頭を抱えていた。


 ・・・なんでこんな物が送られてきたの?


 目の前のテーブルの上には、液体の入った小瓶が1つ置かれている。

 その小瓶に貼られている紙には「惚れ薬」と書かれている。

 首都に住んでいる私の幼なじみが送ってきた物なのだけど・・・一体なんの意図があってこれを私に送ってきたのだろうか・・・?


「惚れ薬を飲んだ者は、1番最初に目が合った相手を好きになる」


 というのはロマンス小説の中ではよくある話だ。

 これを送ってきたユーリとは、よくロマンス小説を回し読みしていた仲だった。


 しかし、惚れ薬なんてものが実在するなんて・・・

 そういえば、首都には使が住んでいるらしいし、それなら魔法の力を使って人を惚れさせる薬を作る事も可能かもしれない。


 送られてきた箱の中身は、瓶が割れないように丁寧に包装されていたが、手紙は入っていなかった。これを送ってきたユーリの意図が分からずに苦悩する羽目になっている。


 ユーリは確か去年結婚したはず・・・

 もしかしてこれを使って私にも結婚相手を探せ、とでも言いたいのだろうか・・・?

 だとしたら余計なお世話だ。


 私は今年28歳になる。

 私の住む村は田舎ではあるが、首都まで馬車で8時間程の距離であり、そんなに離れている訳では無い。

 年頃を迎えた女性達の元に、結婚相手を探す貴族達からの手紙が来る事も珍しくはない。

 首都に憧れる村の女性と、首都に暮らす高飛車な令嬢を妻にしたくない男性、双方の利点が合わさっての事のようだ。


 ・・・が、幸か不幸か、私にそんな手紙が来たことは1度も無い。

 ・・・別にいいのだけど・・・。


 というのも、私には結婚願望など全く無い。

 今の私の望みはこの住み慣れた村で、自由にひっそりと暮らしていく事・・・それだけだ。


 それに、私にはずっと前から好きな人がいる。

 何度も想いを告げようと思ったけど・・・どうしても踏み込めないのには理由がある。

 私は目の前の小瓶を手に取り、その中の液体をジッと見つめた。


 もしもこれを彼に飲ませたら・・・私の事を本当に好きになってくれるのだろうか・・・?


 目の前の液体に誘惑されそうになるが、私は首を左右に振り、その小瓶を机の上に戻す。

 こんな物を使って好きになってもらっても、それは本当の気持ちじゃないし、嬉しくない。

 そんな事をしても、きっと後悔するだけだろう。

 相手の気持ちを強制的に自分に向けさせるなんて・・・意味の無い事だ。


 ただでさえ、私と彼の関係は少し複雑なのだから・・・


 「うん、やっぱり捨てよう」


 私はそう決心して顔をあげた時、テーブルを挟んで向かい側のソファで足を組み、寛いでいる人物がいた。


「・・・・・・」


 私は状況が飲み込めず、しばらく言葉が出てこなかった。目の前にいるその人物は、つい先程私の脳裏に浮かんだ人物であり・・・私の好きな人だ。


「・・・うわぁ!!?」


 一瞬幻かと思ったけど、そこに実在している事を把握し、私は反射的に飛び跳ねた。


「ルーカス!いつの間に入って来たのよ!!?」


「・・・ついさっきだが・・・入る前にノックはした」


 私の怒り気味の問いかけに、悪びれる様子もなく無表情のまま淡々と話すのは、私のもう1人の幼なじみ、ルーカスである。

 長身で少し筋肉質だが端麗な容姿は、幼なじみながらも、気を抜くと目を奪われてしまう。鮮やかな朱色の髪は汗で濡れたのか少し湿っていて、いつも以上に色っぽさを演出している。

 私はしばらくその姿を目に焼きつけると、ハッと我に返った。


「って、私が返事してないんだから、勝手に入ってきちゃ駄目でしょうが!!ちゃんと返事があるまで待ちなさいよ!!」


 私の言葉に、ルーカスは一瞬沈黙したが、表情を変えず、目線だけ横にそらした。


「一応待ったんだがな・・・1秒程」


 1秒かーい・・・・・・

 ああ、そうよね・・・あなたそういう人だもんね・・・


「それを待ったとは言わないでしょうが・・・ほんと、せっかちなんだから・・・」


 ルーカスは超が付く程のせっかち男である。

 何かを決めるのも、行動するのも、何もかもが通常の人よりも格段に早い。

 12歳の時に彼が首都へ移住してからは、会うことが少なくなった。なので、私も聞いた話でしか知らないが、驚くべきスピードで出世し独立、複数の事業を立ち上げ、その業績を評価されて皇室から男爵の爵位を渡されたとか?

 凄すぎて私にはよく分からない領域だ。


 ルーカスの抱える事業の中で、衣服や装身具を扱うものがあるらしく、5年前から私はその仕事に少しだけ関わらせてもらっている。


「とりあえず・・・依頼の品を取りに来たのよね?ちょっと待ってて」


「ああ」


 私はソファから立ち上がり、作業用の机に向かった。その机の上にある箱を手に取り、蓋を開け中身を確認した。

 丁寧に折り畳んである、白い無地の布地にはワンポイントの刺繍がされている。

 私はルーカスの依頼でハンカチ等の布地に刺繍をして、彼のお店で売り物として出している。


「惚れ薬・・・」


 突然聞こえたその声に、持っていた箱を落としそうになるが、なんとか堪えた。

 しまった・・・惚れ薬を置きっぱなしにしていた・・・しかも一番見られたくない人に見られてシマッタ!!


「あ・・・ああ!それね、ユーリが勝手に送ってきたのよ。私にどうしろっていうのよねぇ?使いたい相手もいないから捨てるしかないよね!あははははは」


 少し早口になりながら弁明してみたものの、明らかに動揺しているのはきっとバレている。


 よし決めた。捨てよう。ルーカスの前で今すぐ捨てよう!!


 私は笑顔で振り返り、ルーカスの座るソファの所へ戻り、テーブルの上の小瓶を手にした。


 ・・・あれ・・・?


 少し軽くなった気がして、その中身を確認すると・・・中は何も入っていない。


「・・・・・・・・・え?」


 もしやと思い、私はルーカスの方を向くと、ちょうどルーカスと目が合う形になった。

 その顔は相変わらず無表情なままであったが・・・私の瞳を捕まえ、まっすぐ見つめて離さない。

 まるで私に縋るような瞳に、私も目をそらすことが出来ずに、見つめ合うだけの時間が続いた。


 次第にその顔色は鮮やかな赤に染まっていくと、私もそれにつられるように、自分の顔が熱くなってくるのを感じた。

 多分、今の私もルーカスに負けないくらい・・・いや、ルーカス以上に顔が赤い自信がある。

 好きな相手から熱烈な視線を向けられて反応するなという方が無理な話だ。


 そんな私を見て、歓喜ともいえる様な表情でルーカスの口角が上がっていく。


 この反応・・・まさか・・・この男!!


 私が現状を把握すると同時に、ルーカスは立ち上がると私の両手をガシッと掴み、その大きな胸板へと私を引き寄せ、私達は一気に距離が詰まった。


「エリーゼ、好きだ。俺と結婚しよう。」


 やっぱり!!惚れ薬を飲んだなこの野郎!!


 真っ直ぐに熱い視線を向けられ、握られた手から伝わる熱に私の体温が更に急上昇していくのを感じながら、クラクラとする頭に必死に呼びかける。


 勘違いしてはいけない。

 彼のこの燃えるような熱い視線も、真っ直ぐ告げられた愛の告白も、惚れ薬によるものなのだと。


 全て作られた偽物の感情なのだ。・・・と。

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