第15話 距離感バグってる
「ケイ様」
食堂でのカレー戦争が終わり、遅い食事を終えたあと。体力も気力もなくなった私はふらふらと一階から三階の自分の部屋に戻っている途中の階段を登っていると、団長さんから声をかけられた。
「あ……団長さん」
「なんだか随分とやつれておりますが、どうされたんですか?」
心配そうな団長さんはふらつく私の身体を咄嗟に支えようとしたけど、淑女にうんたらかんたらでもあるのかちょっと躊躇した後、優しく肩をささえてくれた。うう、ありがたやーありがたやー。
実は階段登るのも辛かったんだよーーう!
お礼を言って、手すりに捕まりつつゆっくり階段を二人で登る。
またふらつくかもしれない私の隣で、私のペースに合わせて進んでくれてる。
……てか、団長さんはあの騒ぎをご存知ない……?
「えと、食堂での事……聞いてないのですか?」
「食堂の事、ですか……?」
あ、これ知らないパターンだ。
「副団長の……ライオネルさん、だっけ?その方が来て事は収まったんですが」
「ああ、ライオネルが……そうでしたか」
「……団長さん?」
ん?なんか難しい顔してるぞ?
私が首を傾げ無言で問うと団長さんは眉を垂らした苦笑ともいえぬ、悲しい笑顔で答えた。
あー……なんだか事情がありそうだな。
「ライオネルが処理したのなら、もう大丈夫でしょう」
この話は終わり、とやんわり言われた。
まだ知り合ったばかりの私がなんやかんやと騎士団の内情とか人間関係とか聞くのはお門違いなので、そこには触れずに今日あったことを掻い摘んだ話をした。
***********
あの後、騒ぎを聞きつけたライオネルさんが来ると一喝で騒ぎがおさまった。
ライオネルさんは背も高く筋肉もあるマッチョでいかにもファンタジーの騎士団、団長という雰囲気。
最初に団長さんと会ってなかったら私はきっとこの人を団長さんですか?と聞いていたと思う。
アッシュグリーンの髪をかきあげ、グレーの瞳をもつ、彫りの深い、外人です!と言う整った顔立ちに顎髭ある人だ。
「なんの騒ぎだ!!」
「ひゃっ!副団長!」
「ライオネル副団長だ!」
おかわり戦争真っ只中。
食堂によく通る声で怒号が走った。
その瞬間、カウンターに押し掛けていた騎士達が散らばり、列を作って敬礼をとる。
刷り込みって怖いね。反射的にやってるよね、それ。
「誰がこの騒ぎを起こした!」
「そ、それは……」
騎士達も何も言えず、少しザワついたあと誰もが口を噤んだのでシーンとした空気が食堂に流れる。
原因、といえば私だよね?
私が作ったカレーからこんな騒ぎになったんだから。不可抗力だとしても、だ。
怒られる覚悟で仕方無しに、カウンター越しに手を挙げる。
「お前は……」
「原因、というなら私です」
「何だと?」
「自分の分のご飯を作ってたら私の作ったものが食べたいと皆が言うので作っておりましたらこんな騒ぎになりました、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
私が事のあらましを簡潔に説明し、最後に謝罪の一礼をしたら、カウンターに近付いてきたライオネルさんが私を上から下まで不躾に見てくる。
私はカウンター越しなのもあるし、かなり見上げる形になっていたので威圧感がすごい。
なんとなく、その視線が値踏みでもされているようで心地よくない……というか嫌悪すら感じる。
「ほう、あのウルファングがどこぞの小娘を保護したとの報告は聞いてたが……はっ。お前か」
小馬鹿にした言い方。
あーこれ、私知ってる。敵意です。
確実に私の事を敵視して、排除したいって人の言い方だわ。
あの馬鹿王子とはベクトルの違う敵意と嫌味だな。こういう人には何も言わず逆らわず謝って置くのがいい。下手に何か言おうものなら二倍じゃ効かないくらいの嫌味が返ってくるからな。これ、経験から来る予知です!
「まあいい、今回は見逃す。次は無いぞ。皆の者も、次にこのような騒ぎを起こせば深夜訓練を課す。覚えておけ!」
捨て台詞を吐いてライオネルさんは食堂から出ていった。
ほっ、と安堵の息をついてしまった。
多分、あの視線と威圧感がなくなったからだと思うけど、アレだけでどっと疲れた。もう対面したくないな。
てか、初対面なのにあんなに敵視するか?普通。騒ぎを起こしたのは悪かったけど。
……なんとなく、嫌な予感だけが心に残っていた。
*************
「そんなことが……」
「ライオネルさんは怖かったですが、カレーは評判で騎士の皆さん凄く喜んでくれたのが嬉しかったです!また作ってくれ、なんて言われちゃったりしました!」
「そんなにですか……いいですね、私も食べたかったです」
……あれ?この間、いつもは部屋で食べるって言ってたから誰かが団長さんの分も持って行ってるのかと思ってたけど、違うのかな。
もしかしたら私が作る前に持っていったから食べられなかった?
うーん、なんか、聞きづらいな。
「今度、また作りますよ……団長さんのも」
「はい、期待してます」
それまで表情が固かった団長さんが少女漫画によくあるような、花が舞う演出がつきそうな、そんな綻んだ笑顔を私に向ける。
は、破壊力……破壊力ー!!
ぶっちゃけ団長さんの顔立ちって好きな方だから困るー!
なまじ好みなイケメンの笑顔を至近距離でくらった私です、その破壊力は想像以上なんですよ。ムダにときめかせるのやめて欲しい……。
「ケイ様が良ければ、時々でいいですから厨房の方をよろしくお願いいたします」
「え……いいんですか!?」
「その方が騎士達も喜びますので」
「ありがとうございます!お仕事貰えて嬉しいです!」
じっとしているのは暇だったし、これからも厨房に行くための口実としてパン作りの用意もした。
いちいち許可取りめんどくさいな、と思ってたから尚のこと嬉しい。これでなんの気兼ねもなく好きな時に厨房が使えるのだ!
とりあえず硬いパンをどうするかが問題だからな!!
「カレーの騒ぎも任せてください。次はライオネルが口を出せぬようにしておきます」
「……そんなことして大丈夫なんですか?」
心の中で喜びながらも、ライオネルさんの名前が出たので必然と表情は固くなる。
あの人、私に敵意を持ってるから。
遠回しに人間関係は大丈夫か、と聞いたつもりなんだけど。察した団長さんが無言で頷くだけだったからまた、何も言えなかった。
私がいるだけでこの人に迷惑かけるんじゃないんだろうか。
それだけは、嫌だな。
考えが表情に出てたのか、団長さんの手のひらが私の頭を優しく撫でる。
「私の事など気にせず、貴女は好きな様に楽しく過ごしてください」
「団長さん……」
「それでも気になると言うなら、カレーもですが特別に私だけに味噌汁を、お願いします」
ああ、この人はきっと私の気持ちなどお見通しでこういうことを言ってるんだろう。
気を使わせまいと、私が楽になる言葉と行動をくれる。
「……はい、是非!」
こういう人には笑って好意を受け止めて、その分、感謝を行動で表すしかない。否定すると絶対頑なになるのだ。
お互いが気を遣い合うと泥沼になるから。
私が笑顔で頷き了承すると、安堵したのか普段の柔らかな雰囲気を取り戻してくれた。
その後は他愛のない話を少しして、やっと到着した三階の私が使わせて貰ってる部屋まで送ってくれた。
「じゃあ、おやすみなさい」
「ええ、良い夢を……」
お互いにおやすみの挨拶を交わし、軽く手を振って、私は部屋のノブに手を掛けた……瞬間。
「ケイ様」
団長さんが私を呼ぶので振り返ると、髪をひと房掴み、唇を落とす団長さんが目の前にいた。
「貴女の事は、この身に変えても護ります……必ず」
耳元で囁かれる声が、吐息が!
突然の不意打ちに何が起こったか分からない、というか思考回路がショート寸前ではなくショートしました。
髪にキス!?え!?なにそれ騎士っぽい!
いや、団長さんは騎士さんですけど、こういう行為は婚約者とか、恋人とかにする事なのでは!?
なにそんな愛おしそうに慈しむ顔見せちゃってんの!?
あわあわしている私の反応に、団長さんは満足したのか人の悪い笑みを見せ、言うだけ言って、自分の部屋に戻っていった。
何かを決意したかのように真剣な団長さんの顔だけがやけに印象的で、この先の事を少し憂いたのに。
「……だっから、騎士の何某は……どこ行ったんだっての!」
驚きと思考停止ゆえの放心状態でドアに身体をあずけると腰が抜けてしまい、ズルズルとドアつたいにしゃがみこんでしまった。
私は誤魔化すように悪態をつく。
心臓の高鳴りが、暫く収まらなかったから。
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