第4話 味噌汁は涙の味

 ……てことがありました。

 回想終わり。


 寒さに震えながら目を覚ますと、気付いたら辺りは真っ暗、慌てて近くのバックパックを引き寄せライトを発見。

 すぐに手に出来て良かった、と言うくらい真っ暗の中手探りでスイッチを入れる。

 指が覚えているので簡単につけることができた。

 ふわっとランタンの淡い光がテント内を灯す。

 あかりがあると言うだけでこうも安心するのか、と己の安直さを罵ったけどもそう言えばここは異世界。

 電気なんてものは多分無いんだろう。

 ましてはここは中庭の端。

 王宮の光なんて届きもしない。

 真の暗闇、山の中とかと違う怖さや物々しさがある。


 こんな時間まで居るはずではなかったんだけど、朝からバタバタと気の滅入るような事があったんだから寝落ちても仕方ないと思う。

 本当に疲れてたし、ショックな事が起きすぎて脳がきっと考えることをやめたんだと思う。

 そういうのって、生きていく上での本能なんだろうな。

 いくら単純な私でも、ついていけないことはある。

 それが異世界召喚とかいう、自分の身に起こることだと思わなかったものに対しては。

 というかそんなの本の中の事と思ってたし、なんなら魔法とかも信じてないってかあの流行りの映画も観て無いし。

 ファンタジーものは好きだけど、それはそれ。


 そんな中途半端な知識なのに、連れて来られたのは魔法溢れるファンタジーな世界プラス頭パッパラパーの王族が納める国……。


 神様はきっと、私のこと嫌いなんだと思う。


 ……と、悲しくなったらガタッと何か揺れた。

 え、怖っ。


 しばらく身構えてテント内を見渡すけど、何も無かった。

 ほっと息を着くとぐううぅっと鳴る腹の虫。そうだった、私、朝から何も食べてない。

 思い出すと急にくる空腹に堪らずバックパックに手を伸ばしゴソゴソと漁る。食料と調味料が入った保冷バッグ、缶つめや非常食などが入ったポーチ、ガスバーナーセットを取り出す。

 インナーテントから抜け出し、前室……土間部分になっている所に移動。


 私のテントはワンポールテントで、全体的に上から見ると四角、横から見ると三角の形をしている言わばソロ用のテントだ。

 人気のものでこれは難燃性。ちょっと重いのがたまにキズだけどそこは譲れなかった。

 他のギアを軽くすることでバイクへの積載量を調整すればいいのだ、という考えが私。

 そんで、テントの説明に戻るけど、半分を寝床、半分を土間として分けられるので、この土間の所で調理出来るのがお気に入りポイントかな。

 私は椅子を使わない、地べたスタイルだからアウトドア用の座椅子があればいいし、無かったら寝床に使ってるウレタンマットを敷けばいい。

 更にめんどくさかったらインナーシートの上に直接座ればいいのだし。

 あ、インナーシートってのはテントが土などに汚れないように先に敷く、言わばレジャーシートの分厚いやつって考えてくれたらいいよ。

 今日はとりあえずなにも敷かずに座るよ。

 ここの中庭、小石もないくらい整えられているから直接でも痛くないし。


 簡易テーブルを組み立てて、私は慣れた手つきでガスバーナーを組み立てる。アウトドア用のコンパクトのじゃなく、お鍋とかに使う普通のガス缶を使うバーナーを私は愛用してる。

 本当なら、アウトドア用の方がコンパクトに出来るけど私は補充のことを考えてあえてコンビニとかでガスの換えを買える方のバーナーにしたのだ。

 もし無くなった時、どう対処するか……というのを考えておかなければキャンプは出来ない。

 それを考えずに行き当たりばったりでキャンプなどしようものなら死活問題……というか、本当に死ぬ。

 今のアウトドアブームはそういうのを教えないので迷惑キャンパーが増えて、やれギアを盗むとか火が着けられないとか、ガス爆発とかするのだ。


 キャンプは高級な野宿。


 そう考えて行動して欲しいもんだ。

 などと考えていたら自然とお湯を沸かしていたので慣れと言うのは怖い。

 私は調理する時はいつも白湯をつくる。

 そうすればコーヒーを飲んだり何かを温めたりと何かと便利なのだ。

 今日はもう、お米を炊いたりするのもめんどくさかったら、非常食ポーチに入っていたインスタント味噌汁を取り出す。

 シェラカップにインスタント味噌汁の小袋を空けて、一食分の味噌を入れればお湯を注ぎ空袋で軽く混ぜる。

 ズボラな私はいつもそうする。コーヒーや紅茶の空き袋をスプーン代わりに混ぜるキャンパーは多いと思う。


 混ぜ終わった味噌汁は暖かそうな湯気がほわほわと、そしてクルクルとまわる具材はちっちゃなワカメとネギだけ。

 それにそっと息をふきかけ、ゆっくりと啜る。


 お出汁の味、味噌の味。

 私は合わせ味噌派だけど、麦味噌も赤味噌も好き。

 色んな味噌の種類のインスタント味噌汁はポーチに入ってるけど、今日、掴んだ味噌汁は合わせ味噌。

 何も食べてなかった胃に、味噌汁が染み渡る。

 ちょっと寒かったから、この温かさも相まって熱がお腹からじんわりと広がった。


「……帰れない、かあ……」


 ぽつり、口に出してみる。

 まだ現実味がない。ふと、頭の片側で仕事行かなくて済むからラッキーとか、これからどうしよう、とか。

 ごちゃごちゃと頭の中にこれからの期待や不安、そして……家族のこと。

 もう、会えないし声も聞けないんだと思うと、急にぶわっと体温が上がった。

 その熱が目に集まった、と思ったら……


 ……――泣いていた。


 ぽたぽたと味噌汁に己の涙が入る。

 お母さんは味噌汁があまり好きじゃなかった。

 でも、お父さんが味噌汁が大好きだから、仕方ないわね、なんていいつつ毎日味噌汁を作ってた。

 私もそんなに味噌汁が好きなわけじゃないけど、たまに食べたくなる、そんな位置にいる味噌汁。


 でも、今は私と私が育った世界を繋ぐ味。

 異世界召喚されて最初に口にした味。

 お母さんの味噌汁、もう私は飲めないのか。


 そう思ったら、何故だか泣けてきたのだ。

 誰もいないことを良い事に、嗚咽混じりで泣いてしまっていた。こんなに泣いたのはいつぶりか。

 もう、涙などあの時で枯れ果てたし泣き飽きたと思っていたのに、現実はそうではなく、ボロボロととめどなく溢れてくる。

 悲しくない、ただ、寂しかった。

 怒涛の時間を過ごし、受け止めきれなくて気絶するように眠って、味噌汁を飲んだらここが異世界なんだと言うことが信じられなくて……だって、味噌汁はいつも通りの味だったから。

 

「わたし、また、一人になるんだな……」


 世界中から、必要とされてないような気がした。

 そんな事をまた、この異世界でも味わわなければならないそんな理不尽さに、悲しいよりも不甲斐なさや何やらの感情が渦巻く。

 ひょっとしたら私は、誰にも必要とされてないのかもしれない。


 先行き不安なこの状況。

 元の世界でも、味わった、苦い記憶。

 それが今、また襲いかかる。


「大丈夫……大丈夫……」


 そう、私は大丈夫。

 いつも強いね、と言われていたのだ。

 それは呪いの言葉であり、呪詛でもあったけれど。

 己を鼓舞する時には、それくらいが丁度いいのだ。

 毒を食らわば皿まで、と言うし私には毒を食らわば更に毒をくらって中和するぜ!くらいがいい。


 もう、忘れよう。そして明日からのことを考えよう。

 幸い、ここは見つからない様な場所だから、2、3日くらいは居てもいいだろう。その間に今後の計画を立てていこう。

 大丈夫、なんとかなる。

 物語の主人公達だってどうにかしてきた。

 それを参考にして生きていけばいいのだ。


 そう考えたら未来は明るいし、幸いにもわたしにはキャンプグッズがある。どこでも寝れるしどこにでも住めるんだ。

 自分で、自分を奮い立たたせると、すっかり温くなった味噌汁を飲み干す。


 冷めた味噌汁は、涙の味がした。

 



 

 

 


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