Data.5 鹿角刀

 私は明確な敵意を持って鹿をにらみつける。すると、その頭上に文字とゲージが表示された。文字の方は『黄銅角鹿おうどうかじか』。きっと鹿の名前だ。ゲージの方は私の体力ゲージに似ているから、おそらく鹿の体力を表している。


 つまり、あの鹿のゲージを削り切れば私の勝ちだ!


 今のところ全体の10分の1程度しか削れていないけど、逆にいえばさっきの斬撃を9回繰り返すだけで倒せるということだ。1つの勝負の中で10回の斬撃を繰り出したことはないけど、1回1回を1つの勝負だと思えば出来ないことではない!


 鹿の行動は変わらず突進!

 集中力を切らさないようにしながら何度でも回避し、何度でも斬撃を加える!


「これでトドメだ!」


 最後の一太刀の手応えは、明らかに今までのものと違っていた。一瞬だけグッと食い込む感覚があった後、スーッと刃が通っていくあの感触……。少しだけ『VR居合』の興奮を思い出しつつ、仕事を終えた刀を鞘に戻す。


 斬られた鹿の首は吹っ飛んでいないし、血飛沫も出ていない。そのまま地面に倒れ込み、光の粒子となって消えていった。


 私は人を斬るゲームを好んではいるけど、グロテスクな表現は超苦手だ。こういう生々しくない、良い意味でゲーム的な撃破表現は非常に嬉しい。


 それにしても、体の動きの悪さはなんなんだろう。まだ慣れていないだけなのか、ゲームの違いのせいなのか……。とにかく『VR居合』で五千連勝してた時のキレは見る影もない。


 そういえば、達人は1日鍛錬を休んだだけでも腕が鈍ると聞いたことがある。オンライン対戦サービスが終わってから1週間は経つし、それだけのブランクがあれば体も鈍るかもしれない。


 まあ、要するに斬って斬って斬りまくれってことかなぁ~。


「ん……? 鹿がいたところになんか刺さってる……」


 それは紛れもなく刀だった!

 鹿の角を思わせるあのなんとも言えない薄茶色の刃が、静かな森の木漏こもれ日を受けて光っている。


 地面から引き抜いてみると、案外ずっしりとくる長めの刀だとわかった。じっくり眺めていると、見習いの刀と同じ様に説明が表示された。


鹿角刀ろっかくとう

 種類:刀 評価:三つ星 血闘値:0.00

 武具技能:【鹿角ろっかくき】

〈鹿の角で作られた刀。特殊な加工により仕上げられた刃は並の金属よりも遥かに頑丈〉


 み、三つ星!

 それに今使っている見習いの刀と違って、こっちには武具技能もある!


 ゲームのことはよく知らないけど、きっと一つ星よりは三つ星の方が良いし、武具技能も『ない』よりは『ある』方が得するものだと思う。いきなりこんな刀が手に入った私は、かなりラッキーかもしれない!


「おーおー、幸運だねお嬢ちゃ~ん!」


 誰かの声……後ろだ!

 振り返った先には、小柄な男が立っていた。顔立ちは40歳前後ってところか。言っちゃ悪いけどかなりの悪人顔だし、悪者みたいな言動だ。これはもしかして……もしかする?


「おっと、思ったより鋭いし驚かないねぇ。こりゃちょっとは歯ごたえがありそうだ。まっ、略奪に歯ごたえなんて必要ないんだがな」


 むき出しの敵意に『略奪』という言葉……。しかも、男はすでに短めの刀を抜き、腰を低くする独特の構えをとっている。私を倒して刀を奪おうってことだ!


 やっぱこの人、暴漢じゃん!

 いやぁ、この世界にもいたんだなぁ~。なんかホッとしている自分がいる。


「見たところ初心者っぽいのに肝が据わってやがる。この隙間鼠すきまねずみのスズマを前にしてひるみもしないとはな!」


 すっごい自己紹介してくれるけど、ゲームを始めたばかりの私に思い当たる節はない。それよりも気になるのは、本当にこいつを斬っていいのかどうかだ。まさかプレイヤー同士の戦いはご法度はっとなんてこと……ないか。


 私にはわかる。目の前の男は私を斬ろうとしている。プレイヤー同士の戦いが禁止されているゲームでこの目のギラつき方はありえない!


 人を斬ろうとするやつは、人に斬られても文句は言えない。だから、こいつは斬ってもいい奴だ!


「だが、初心者のお嬢ちゃんにその三つ星武具は過ぎた代物だ。そんな強いもん持ってたら序盤の冒険がつまんなくなっちまうよ。だから、おじさんに渡しな!」


「嫌だと言ったら?」


「へへっ、かわいくないねぇ……。仕方あるめぇし、殺してる!」


「そうこなくっちゃ!」


「その舐めた口、すぐに黙らせてやる。ツジギリ・システムは発動済みだぜ!」


 ツジギリ・システム……?

 よくわからないけど、出会った時からズズマは体に赤いオーラをまとっている。もしかしたら、これが『技能』というものなのかもしれない。


「まずは脚を潰す! くらえ! 脚斬鉄鼠あしぎりてっそ!」


 曲げた脚をバネのよう使って跳び出したズズマは、低い姿勢のまま爆発的な加速で私に迫る。


 本人が言ってる通り脚を狙った攻撃だ。あの姿勢の低さでこれだけのスピードを出せるのはすごいけど、単純な速さなら鹿の方が速かったなぁ~。


 私はぴょんと上に跳んでその攻撃を避ける。同時に鹿角刀を構えて、真下にいるズズマに狙いを定める。そっちが技能を使うなら、こっちも使ってみるか。あいつみたいに技名を叫べば使えるはずだ!


「鹿角突き!」


 それはその名の通り突きの技だった。真下に向けて放たれた刀の突きは、ズズマの頭を貫き地面に釘付けにした。


「ぎゃあああああああああっ!? そ、そんな俺の技が見切られ……!?」


「えいえいっ!」


 頭に刺さった刀をぐりぐり動かすと、ズズマは赤黒い光の粒子となって消滅した。


 倒した後に言うのもなんだけど、この人は何だったんだろう……。それに人を斬ったというより、突き刺した勝ち方になってしまった。下に潜り込んでくる向こうが悪いんだけどね。


 まあ、それはそれとして……結構楽しい戦いだったなぁ! 今までにない敵の動きに、今までにない私の戦い方! 何もかもがとっても新鮮で、私に未体験の刺激を与えてくれる!


 色んな意味で『VR居合』とはまったく違うゲームだけど、もう比較ばかりせずこのゲームを純粋に楽しんでいこうと今なら思える。なにより私の友達たちが選んでくれたゲームだし、親友の竜美が作ってくれた遊ぶ時間だ。素直に楽しまねば無作法ぶさほうというもの……!


「次は一体どんな敵が襲いかかってくるんだろう? 今度はズバッと斬って勝ちたいものね~」


 手に入れたばかりの鹿角刀を鞘に収め、最初の町を目指して歩く。カッコつけてはいるけど、普通に慣れないゲームを遊んで本気で疲れています……。


 今日は早めに終わって竜美の家事を一緒に手伝おう。そして晩御飯も一緒に作って、うちで食べて帰ってもらおう。戦いは孤独でも楽しいけど、食事は1人じゃ寂しいからね。

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