同担拒否の彼女と俺の嫁が被ってしまった

羽間慧

前編 同担拒否とか初耳なんだが

「静香もオルガンディ信者なのか? 俺と同じだな!」 


 好きなキャラが同じ人と、リアルで会うのは初めてだ。その相手が恋人であれば、なおさら嬉しい。俺は、同じ話題で盛り上がれる幸せを噛み締めた。だが、静香は俺をキッと睨みつける。


「一緒にしないで」


 高校から付き合っている彼女が、初めて声を荒げた瞬間だった。呆然とする俺の肩を、同期の芳貴が叩く。追いかけろと目で訴えられても、フリーズした体はすぐに再起動できない。


 彼女との間にできた溝。その深さは、氷河にできた裂け目のよう。今まで築いた好感度が一気に氷点下へ落ちていた。推し被りの相手が彼氏であっても、関わりたくない人に含まれてしまうのだ。


「同担拒否とか知らねぇよぉ」

「うわっ、僕にべたべたしないでよ。ほら、昼休みが終わる前に謝っておいたら?」

「何から謝ればいいのか分からない……」


 芳貴に泣きつきながら、自分の行動を思い返した。



 ***



 社員食堂は快適だ。短時間でメシにありつけるし、外に出る手間がない。その空いた時間はオンラインゲームに費やせる。昼休みは安寧のひとときだ。嫁の笑顔に、午前中に抱えた愚痴が浄化される。

 俺の隣に座った同期の芳貴も、スマホを操作しながら食事をしていた。


「なぁ、陽一。白髪と銀髪って同じじゃないの?」


 愚問だ。天と地ほど違いがある。


「火薬を突然ぶちまけて、ダチと論争を繰り広げるつもりか?」


 ちなみに俺は銀髪派だ。はかなくて上品なイメージに加え、現実世界では滅多にお目にかかれない希少性に惚れ惚れする。


 芳貴は両手を上げた。敵対するつもりはないらしい。ここは紳士らしく、言い分を最後まで聞こうではないか。


「レーヌとフェール。名前も見た目も同じキャラだから見分けつかないよ」

毛糸レーヌアイロンフェールの違いくらい、一発で分かるだろ」


 くすんだ白いウェーブヘアをおさげにしたレーヌに対し、フェールは灰色っぽい銀のツインテールだ。違いなど一目瞭然……ではないな。俺は説明しながら自信を失っていく。


 おい、どこが白髪キャラだ。双子コーデの着せ替えが登場したとき、間違えて購入したプレイヤーが大量発生した案件じゃないか。


「芳貴、分かりやすい例を出してくれよ。嫁以外のキャラは熱弁しにくい」

「ごめんごめん。ギルメンのチャットで炎上させてさー。白か銀か。紛らわしい畑には入るもんじゃないよね。陽一のギルド、招待してもらっていい? 余った進化素材、いくらでもトレードするから」

「いやだ。『オルガンディにひれ伏せ』の名前のままだと入りたくないって、お前が言ったんだぞ。ソル箱のみんな大好き勢は、頭数でも入れたくないわ」


 ソル箱――ソルシエールの裁縫箱。魔女の末裔であるプレイヤーが、裁縫箱の精霊達とともに旅する西洋ファンタジー。


 事前登録ガチャで引いたオルガンディとの出会いは、五年経った今でも覚えている。高い位置で結い上げた銀髪をなびかせ、夜空のような紺色の瞳で見つめられた。動きやすそうな腰布は、剣士に見える凜々しい出で立ち。だが、実際は蘇生できる回復役ヒーラーなのだ。前衛を守りながら攻撃も繰り出す。そのギャップに何度も悶えた。嫁を一発で引き当てた俺は、なんて強運の持ち主なんだ。


 芳貴の頬が引きつった。


「まさか、運命的な出会いとか思っているんじゃない? 事前登録ガチャは、SSRが出るまで引き直せる仕様だよ。公式が回転数を上げるために、Rキャラの排出率を高くしているのはビジネスとして当然の話」

「オルガンディはRキャラだけど、俺にとっては一番お迎えしたかった子なの。細かいことは気にするな」


 嫁のレア度が高くないことと、俺の愛の深さは一致しない。序盤だけ重宝される不遇なキャラではある。だが、俺が惚れたのは、マメだらけの手で木刀を握る姿だ。


 俺の熱弁に芳貴は首を傾げる。


「マメだらけの手? そんな情報あったっけ」

「まだまだ初心者だな。アイテムボックスを確認してみろ」


 俺は鼻高々になる。この情報はシナリオにも、キャラの自己紹介にも載っていない。装備強化で消費するアイテムの説明に、一文だけ記されているからだ。


「ほんとだ。毎日オルガンディが素振りをして折れた木の棒。こんな細かい部分、ガチ勢じゃないと見過ごすだろうな」

「そうだろう? もっと褒めてくれ」


 俺のかざした両手に、賞賛の雨は降り注がなかった。


「静香ちゃん、お前が重課金勢って知っているのか?」


 しっ、声が大きい。趣味は芸術鑑賞という名目にしているんだ。


 オルガンディを後衛で活躍させるため、戦力強化に費やした額はあった。無(理のない)課金と言えない実態を知られたら、別れ話を持ち出されるかもしれない。ギャンブルとは違うが、一度に飛ぶ金が多いのは似たようなものだ。


「同棲しているのにバレないの? あ。もしかして、クレジットじゃなくてプリペイドカードで払ってる?」

「まぁ、コーヒーを買うついでに。一番安い金額だから、大した出費じゃないよ」


 月に何枚買っているのかだけは言えない。貯金を切り崩していないものの、後ろめたさを感じるくらいには良心が残っている。いずれ嫁になる彼女には安い婚約指輪を与えて、ゲームの嫁は至れり尽くせりですかって。


 俺が溜息をつくと、近くの席で黄色い声が響く。


「石橋さん、ゲームするんですか? 意外ですぅ。どう見ても男性向けですよね、ソルシエールの裁縫箱。美少女育成ゲームのどこが面白いんですか? 彼氏がプレイしていますけど、ぜーんぜん分からないです」


 いるよな、真面目な人間だって勝手に決めつける奴。あと、他人の好きな世界観に水を差すんじゃねぇよ。

 それにしても石橋って経理の石橋静香だよな。仕事熱心すぎて近付きにくいって有名な。……って、俺の彼女もソル箱やっているのか?


「へー。アイコンはオルガンディなんですね。石橋さん、この子がハズレキャラだって知らないんですか? 人気キャラも持っているのに、マイナーなところを攻めますね」

「まぁ、ほかのキャラも可愛いけどね」


 言葉を濁す静香と目が合った。きゃぴきゃぴ系女子は苦手だもんな。

 俺はわざとらしい声を上げる。


「あれ? そこにいるの静香じゃん。社食で会うの珍しいな。食べ終わったんなら来なよ、こっち」


 芳貴はカップルに挟まれたと嫌そうに呟いた。職場で惚気るつもりはないから安心しろ。


「ありがと。陽一」

「おぅ……当たり前だろ。彼女が困っていたんだから」

「うわー。すでに惚気てるよ。邪魔な僕は周回に没頭しとこ」


 甘い匂いを感じ取り、芳貴はスマホに向かって囁いた。

 仕方ないな。とことん惚気てやる。ずっと推しについて話題を共有したかったんだ。

 俺は、オルガンディを好きになった理由を話し始めた。ホーム画面で微笑む姿を見せながら。


「そういえば静香もオルガンディ信者なのか? 俺と同じだな! だったら、この着せ替え衣装の良さが分かるよな。オルガンディの綺麗さを一番引き立たせていて、最高だと思わないか?」

「一緒にしないで」


 静香の声には、今まで聞いたことのない鋭さがあった。


「私はね、オーちゃんの日常を見守りたいだけなの。自説をひけらかす人が一番嫌い。愛情が重すぎて反吐が出る」


 そこまで拒絶反応が出ますか。


「私の前でオーちゃんの名前を口にしたら許さないから」


 俺の唇に人差し指を軽く当て、静香は席を立ったのだった。


「僕は、陽一が悪いと思うな。同担じゃなくても、他人の嫁の話を二十分も聞けば嫌になるって」


 芳貴はスマホを置き、俺の肩を叩く。

 彼女を追いかけて謝らなければいけないと思いつつも、オルガンディの名を出さずに弁解するのは無理がある。


「最後まで話を聞いてくれたから、同じぐらい好きだと思ったのに!」


 むなしい嘆きとともに、昼休みが終わりを告げた。

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