謎のノート
ーー冬夜ーー
「ただいまー」
今日は綾香がいなくて何となく寂しさを感じながらリビングに向う。ドアを開けるとテレビだけが付いていて綾香が消し忘れたのかなと思いリモコンを手に取ろうとする。
「おかえり」
「うぉあ!?」
ソファに寝転がってテレビを見ていた翡翠に声を掛けられて自分でもびっくりするぐらいの声を上げる。
「……翡翠がテレビ見てたのか」
「うん」
「面白いのでもあったか?」
「普通」
「そっか」
鞄から弁当やらを出して洗い物をする。部屋に戻ってスーツを脱いで部屋着に着替える。風呂に入ろうにもまだ入ってないし。
綾香の部屋の前を通ると僅かに話し声が聞こえる。恐らく誰と電話をしているのだろう。
晩御飯とかを決めてるのかだけ聞こうと思いドアをノックする。
「綾香、入ってもいいか?」
「いいよー」
許可を貰って部屋に入ると案の定電話中らしく机にスマホが立てかけられていた。なにやらノートを広げているし勉強でもしていたのだろうか。
「晩御飯なんだけどなんか決めてる?」
「ううん、特に決めてないよ」
「じゃあ適当に決めとくぞ?」
「決めたら言ってね、作るから」
「わかった」
それだけ言って部屋を出ようとする。すると綾香のスマホから声が聞こえてくる。
『夫婦みたいだねー』
「ちょっ……!若葉さん!?」
「相手、若葉さんなのか」
『やっほ〜』
カメラをオンにしていないから顔は見えないが手を振ってるんだろうなと想像する。
それよりも今からかわれた事への反撃がしたいので自分の記憶を辿ってネタを探す。直ぐにいいネタを見つけて俺は頬が緩む。
「冬夜くんすっごい悪い顔してる」
「そうか?綾香にも悪い話じゃないぞ」
「そうなの?」
『何があったの?』
「若葉さん、今日和泉が1日会いたがってたぞ」
『え?』
「随分と惚気話をされてな、甘々な生活を聞かせてもらったよ」
『……どのぐらい聞いたんですか』
「色々聞いたぞ、それこそ夜の話とか」
『うあぁぁぁ!!!』
「じゃ、今日もお楽しみに〜」
『……絶対今日は簡単に許さない』
2人の関係がこんなことで悪化しないのはわかっているので煽るだけ煽って部屋を出る。明日の和泉が楽しみだな。
風呂から上がりリビングに行くと綾香がエプロンを付けてキッチンに立っていた。翡翠はソファに座って足をぷらぷらさせながらテレビを見ている。
「手伝うよ」
「ありがと」
結局今日の晩御飯は生姜焼きにした。綾香が生姜焼きの調理をしているので俺は汁物の準備をする。味噌汁だし具材もそう多くないから直ぐに作れる。
綾香がタレを作っている横で具材を切っていく。火のとおりにくい根菜なんかは湯を沸騰させる過程でついでに柔らかくしておく。
出汁をきちんと取ると美味さが変わってくるがそこまですると時間がかかるしこういう時は顆粒出汁を使う。
「後はサラダとかかな」
「そうだね」
「一緒にやっとくよ」
「ん」
野菜を千切りにして簡単なサラダを作る。そうこうしていると綾香が肉を焼き始める。
俺はタイミングを見計らって綾香に調味料や、さっき作っていたタレを渡していく。
「ほい」
「ありがと」
こんな感じに一言二言程度で会話をして調理を進めていく。肉の調理が終わったところで翡翠に声を掛けて盛り付けと配膳をする。
「私も手伝う」
「じゃあこれを運んでくれ」
「わかった」
サラダの皿や皆の箸や取り皿などの比較的運びやすいものを翡翠に頼み、汁物や肉などは俺たちで運ぶ。
全て配膳が終われば実食だ。いただきますと皆で言って思い思いに食べ進める。
「美味い」
「よかった、翡翠ちゃんも美味しい?」
「ん、綾香お姉ちゃんのご飯は美味しい」
「ありがと〜」
食べ始めはご飯についての会話が多かったが徐々に今日あった事の話へと変わっていく。
「そう言えば若葉さんと電話して時勉強してたのか?」
「してないよ?」
「そうなのか」
「そんな風に見えた?」
「ノートが置いてあったし」
「あっ!……あー……うん」
「誤魔化すのが相変わらず下手だな」
「あのノートは秘密のノートなんだよ」
「ふーん?」
「日記帳だもんね」
「翡翠ちゃん!?」
「綾香日記なんて書いてたのか」
「ひーすーいちゃーん?」
「あうあう」
翡翠がムニムニと頬をこねくり回されている。まぁ秘密って言った途端にバラされたもんな。何となくノートが何か想像は出来てたけど。
「だって言っても大丈夫そうだったし」
「そうでも恥ずかしいの!」
翡翠が何やら弁明をしているがあれは許されなさそうだな。感情の理解は翡翠にとって難しいことだし仕方ないとは思うが。
「もう……後で冬夜くんに慰めて貰うから」
「俺に飛んでくるのか」
「そうだよ、だから今日は一緒に寝てもらうからね?」
「……わかったよ」
何だかうまく丸め込まれた気もするが気にしないことにしておく。綾香と一緒に寝れるのは俺にとっても嬉しいことだしな。
「ご馳走様でした」
とりあえず食べ終わったご飯の片付けを夜のことに少しだけ気持ちを高ぶらせながらこなしていった。
それは綾香も同じだったようで2人で何度も目を合わせては微笑み合うという謎の時間があったりした。
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