川の字で


 部屋に戻りそれからそれぞれお風呂に入っていつでも寝れる準備をする。その間翡翠がずっとベットで寝ていたが起きることなくぐっすりだった。


 それでもたまにうなされるようにして声をあげたりしていたので心配だったが。翡翠の使用人に聞くといつものことらしく常に気を使っているらしい。俺が頭を撫でただけで翡翠の表情がやわらいだ時は「私もそれぐらい信頼されたいですね」と言われてしまった。


 その使用人さんも今日は俺達に任せてくれといったらお礼を言って部屋に戻ったので疲れているのだろう。


「翡翠ちゃんってどんな夢みるのかな?」

「悪夢ならトラウマとかじゃないか」

「そうだろうね……」

「翡翠のトラウマがなにかわからないけどな」

「え?いじめられてた時のこととかじゃないの?」

「……親の死がわかった時かもしれないぞ」

「あ……」


 それですべてを察した綾香が翡翠に目を向ける。小学生がこれから親が自殺することを知ってその一端が自分にあることがわかればそれはきっといじめ以上のトラウマになると思う。


「ほんとよく生きてるよ」

「強い子……なのかな」

「心が壊れて感情が希薄で今は何も感じない、が正しいかな」

「そっか……」

「ああ」


 部屋に重い空気が満ちていく。どうにか話題を変えれないかと考えていると翡翠が寝がえりをうつ。また悪夢かなと思ったが違うようだ。起きている時にはみれない笑顔が顔に浮かんでいる。


「パパ……ママ……」


 その言葉に綾香が耐えれなかったのか一瞬涙をこらえるような表情をみせる。そして翡翠の隣に転んでそのままハグをする。


「ねぇ、冬夜くん」

「なに?」

「私たちがここにいる間だけでも代わりになれないかな」

「難しいぞ」

「わかってる、けど放っておけないよ」

「そうだけど……」


 代わりになる、それは俺も何度も考えた。けど翡翠には両親の記憶がきちんと残っている。それを俺達で上書きするような行為をしてもいいのかという迷いが生じる。


「冬夜くんの迷いはわかるよ、けどね翡翠ちゃんには今心の支えがいると思うの」

「支え?」

「うん、だって誰にも助けを求めれないで生きるのはつらいもん」

「……そうだな」


 綾香には似た経験がある。だからこそ今の翡翠の辛さが理解できるのだろう。


「あの時はほんと、ごめんな」

「いいよ、今一緒にいれるんだもん」

「翡翠も綾香みたいになれたらいいんだけどな」

「それにはやっぱり心の支えがいるよ」

「支えか」

「うん、私には冬夜くんって支えがあったもん、だから今こうしていられる。そりゃ今でも怖いよ、あの経験は私にとってトラウマだもん」

「トラウマにならなかったらちょっと引くわ」

「でしょ?翡翠ちゃんは私以上の辛さを味わってるもん、だから心の支えがいるの。私にとって冬夜くんみたいなね」

「そうか……」


 翡翠にとっての心の支えに俺はなれるのだろうか。それとも他の誰かがなるべきなのだろうか、それはまだわからない。けど綾香の言うように今だけは代わりになることっで翡翠の辛さがやわらぐならきっとなってあげるべきなのだろう。


「ん……」

「翡翠おきちゃったか?」

「んぅ……のどかわいた」

「なにが飲みたい?」

「おみずでいい」

「わかった」


 部屋の冷蔵庫から水をとって翡翠に渡す。それを両手で持って翡翠はコクコクと飲む。


「……ありがとう」

「ん、寝れるか?」

「多分」

「わからないか」

「うん」

「なら俺と綾香と一緒に寝ようか」

「一緒に?」

「そう、川の字みたいに転がってさ」

「……やってみたい」


 翡翠がそう言って俺と綾香はベットに転がる。翡翠が真ん中で俺が左、綾香が右だ。


「ちょっと狭いな」

「3人はさすがにきついね」

「でもたのしい」

「そりゃよかった」

「翡翠ちゃん近くでみるとすっごい綺麗な肌してるね」

「そう?」

「うん、それにぷにぷにで気持ちいい」

「……冬夜お兄ちゃんも触って」

「俺も?」

「うん、ぷにぷにか確かめて」

「おう」


 そう言われたので指を伸ばして翡翠の頬をつつく。綾香の言っていた通りにぷにぷにしていて押し込んだ指が返される。


「ぷにぷにしてる?」

「おう、ぷにぷにしてるぞ」

「ん……」


 ちょっとだけ恥ずかしそうに顔を俯ける。それを見て俺は1つのことを思いつく。


「綾香の頬もぷにぷにしてて気持ちいいんだぞ」

「綾香お姉ちゃんも?」

「おう、触ってみな」

「私の触る?いいよ」


 ほら、と言って綾香が触りやすいように翡翠に頬を向ける。それに恐る恐るといった感じで指を伸ばして翡翠がつつく。最初は戸惑っていたけど数回でなれたようでなんどもつついてその感触を楽しんでいた。


「たのしいかも」

「ほんと?」

「うん、気持ちいい」

「じゃあもっとよくしてあげるね」



 そう言うと綾香は翡翠のことをぎゅっと抱きしめる。


「ん」

「どう?」

「……不思議な感じ」

「ふふ、それはもう少ししたらわかるよ。冬夜くんもやって?」

「おう」


 俺は綾香ごと包み込むように2人を抱きしめる。


「どう?」

「……ちょっと暑い」

「あはは、でもさっきより不思議な気持ちが大きくなってるでしょ?」

「うん」

「私も同じなんだよ」

「冬夜お兄ちゃんも?」

「そうだな、みんなと一緒だ」


 みんなで引っ付いて少しづつ会話が少なくなっていていく。そうして徐々に寝息だけが部屋に響くようになる。こうして翡翠にとって激動の一日は終わりを迎えた。

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