飲み会と出会い


 仕事が終わり和泉の案内で例のBARに行く。雰囲気はBARらしいので多分居酒屋というよりBARって言ったほうがいいだろう。


「1本通りを裏に入っただけで変わるもんだな」

「ですね。俺もなかなか来ないんで結構驚いてます」

「んでその店はどれぐらい歩くんだ?」

「そんなに歩かないですよ。こっから5分ぐらいです」

「意外と近いのな」


 そう言った通りに少し歩くとすぐに目的の店が見えてくる。


 その一角だけ全く雰囲気が違い和風な喫茶店になっていて店先には花壇や鉢に綺麗な花が植えられている。


「これは……」

「すごいでしょう?」

「お前が躊躇する理由がわかったわ」

「わかってくれましたか」

「これ昼間に入るのもちょっと躊躇するな」

「まじで雰囲気が違いますからね。異界って言われても違和感ないです」

「とりあえず入るか?」

「そうですね」


 店のドアを開けるとベルの音がなり来店を知らせる。そしてカウンターには渋いマスターがいて……


「いらっしゃーい」

「うおぁ!?」


 ……真横から出てきた女性店員に和泉がまぁまぁの声量でびっくりする。俺もびくっ、とはなったけどそこまでじゃないぞ。


「お2人ですか?」

「はい」

「お好きなところどうぞ〜」


 未だに余韻が抜けない和泉を連れてテーブル席に座る。幸いにも俺たち意外に客はいなかったようで和泉の絶叫はそこまで迷惑を与えてないだろう。


 メニュー表を見てとりあえず最初に頼むものを吟味しつつ、店内の様子を覗いてみる。昼間喫茶店ということもありいかにもBARと言った感じではないものの分は出されていてかなり落ち着いた雰囲気のBARになっている。


「先輩なに飲みます?」

「俺は正直なんでも」

「えー……じゃあ俺が選ぶまでもう少し待ってください」

「ゆっくり選べばいいよ。待ってるし」

「いい先輩持ちましたね、後輩さん」

「うおぁ!?」

「やっぱりいい反応するね♪」

「びっくりするんでやめて貰えますかねぇ!?」

「いやー人来ないし暇なんだよね?」

「それ店員側が言って大丈夫なんです?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。趣味でやってるだけらしいから」

「店主はあっちのマスターですよね?」

「そだよー。私はその娘」

「なるほど」

「ちなみに大学生。バイト中です」

「あ、注文いいっすか」

「はいはーい」


 和泉が決めたらしく注文を済ませる。ちなみに散々悩んた末にマスターのおまかせカクテルを頼んだらしい。俺と被ってるじゃんか。ついでにおつまみ的なものを頼む。


 女性店員がマスターに伝えたと思ったらすぐに戻ってきて、更には椅子を持ってきて完全に居座る体勢になる。


「仕事しないでいいんすか」

「ん、おとーさんがやってくれるし大丈夫」

「バイトクビにされるぞ」

「和泉、気持ちはわかるがタメ口はやめとけ」

「いや、2度も脅してきた人に俺は敬語は使いません」

「酷いね、後輩さん」

「俺のこと後輩さんって呼ぶのやめて下さい」

「じゃあ名前教えて?」

「和泉 清正です」

「いい名前だね。私は天上院てんじょういん 若葉わかばだよ」

「すげぇ名字っすね」

「かっこいいでしょ?」

「俺よりかっこいいっすね」


 いつの間にやら和泉と天上院さんが仲良くしだしたので俺はカウンター席に移動する。


「娘がうるさくてすみませんね」

「あれぐらい元気な方がいいんじゃないんですか?」

「私には少しばかり元気すぎるので」

「あぁ、それはわかります」

「おや?経験がおありで?」

「えぇ……まぁ」

「深くは聞かないことにしておきましょう」

「ありがとうございます」

「注文のカクテルです」

「あ、どうも」


 貰ったカクテルを頂きながらマスターと会話を続ける。後ろを少し覗き見るとまだ2人は話を続けていて結構楽しそうにしている。傍から見るとお似合いカップルってぐらい楽しそうだ。


「随分と楽しそうにしていますね」

「意外に気が合うんですかね」

「ふむ……あの方は貴方からみてどう思います?」

「和泉のことですか?」

「えぇ」

「そうですね……真面目ですし、人のことを考えれる良い奴ですよ」

「そうですか。ちなみに恋人などは?」

「いませんよ……ってもしかして」

「いい方なら紹介してもらおうかと」

「なかなか強引ですね」

「そうでもしないと娘には相手が出来なさそうなので」

「そんなことはないでしょう?」

「ありますよ。あの子はまだ1度も恋人が出来ておりませんし」

「……まじですか?」

「まじです」


 渋い顔したマスターがまじです、なんて言うとちょっと笑いそうになったが天上院さんが1人も恋人がいないなんてびっくりだな。


「私が言うのもなんですがあの子は結構優秀なんですよ」

「そうなんですね」

「それもあって昔はよく1人になっていました」

「……なんとなく察しましたよ」

「おや、どうやら貴方は随分と察しがいいようですね」

「まぁ人並みには」

「貴方とはいい友人になれそうだ」

「俺もそんな気がします」


 まぁさっきの話はよくある事だろう。優秀な人ってのは周りの環境次第で大きく変わる。あの子は多分追い出されたんだろうな。だからこそ自分のことを知らない相手を求める。そういった感じだろうか。


 それを含めて和泉は察した上で彼女のことを考えれそうだから案外いいカップルになるのかもしれない。


「連絡先をお聞きしても?」

「構いませんよ」

「では、失礼して」


 そう言ってスマホをだしてお互い連絡先の交換をする。


「七草さんというのですね」

「えぇ、よろしくお願いします」

「……ところで秘密を共有できる女性の知り合いっています?」

「いますけど……なにか?」

「実は私シングルファーザーでして」

「えっ」

「娘に女性としてのことをあまり教えれてないのが心残りなんですよね」

「社会に出る前に教えておきたいと」

「そういう事です」

「そういう事なら受けましょう」

「それは助かります」

「後で大丈夫な日を送りますね」

「ありがとうございます」


 こうしてマスターと秘密の約束が交わされる。和泉を見るといつの間にか幼なじみのような距離感で会話をしているので本当に気があったのだろう。


 それからそれぞれで会話をしながら夜は更けていった。お陰様で帰るのが10時とかになってしまって、綾香に小言を貰ったが事前に買っておいたスイーツで許してもらったのでまぁいいだろう。


 ……チョロくて助かったなんて口が裂けても言えない。

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