先輩の仕事


「無職っていいました?」

『言ったな』

「なんで仕事失ったんですか」

『まぁ……いろいろあったんだ』

「はぁ……」


 深くは聞かないことにする。にしても先輩が無職か。実感がわかない。


「今はどうしてるんですか?」

『これまでの稼ぎを使って株で稼いてるぞ』

「何も困ってないじゃないですか」

『いやこれが厄介でな』

「なにがですか」

『多少めんどくさいんだ』

「は?」

『やることが決まっているとはいえ、常に動向を見続けるとかめんどくさくてな』

「だから仕事がしたいと」

『そういうことだ』

「贅沢な悩みもあったもんですね」

「でも仕事って簡単に見つからないよね?」

「だから世の中困ってる人がいるわけだし」

「冬夜くんが紹介出来るのとかあるの?」


 俺は黙り込んで考える。俺が紹介出来る仕事。そんなものはないだろう。……いやあるかも知れないぞ。


「先輩って七草冬二とうじって人を知ってますか」

『知っているとも。というより知らない人なんているのか』

「その元で働くなんてどうです」

『ほう?』

「仕事内容は簡単です。秘書をやってくれればいい」

『秘書?資格なぞ持ってないぞ』

「そんなものは必要ありませんよ」

『なにをする仕事なんだ』

「ただ爺さんの頼み事を聞くだけです」

『ふむ……』


 先輩は考えこむ。そりゃ当然だろう。爺さんの元で秘書なんて普通はない仕事。誰かがやっていて当然なのだ。しかし爺さんは秘書にかなり無茶ぶりを求める。それゆえ雇った人がやめてしまうのだ。ずっと続いてるのは葉山さんぐらいなものだ。


 しかし先輩ならば出来るだろうと考えて今紹介をしている。


『体験等は可能か?』

「問題ないです」

『ならばそれをしてから決めさせてもらう』

「了解しました。では伝えておきますね」

『うむ、助かる』

「いえいえ、では」

『ああ、また』


 そうして電話が切れる。ついでに爺さんにメッセージを送れば俺のやることは終了。


「ふぅ」

「お疲れ様」

「綾香こそ、緊張させてごめんな」

「ううん、手を繋いでてくれたから大丈夫だよ」

「そっか」


 そうして繋いだままの手を少しだけ強く握る。


「冬夜くんの手ってやっぱり大きいね」

「男だしな」

「そうなのかな?」

「もしくは綾香がちっちゃい」

「私の手は実際そんなに大きくないよ」

「中学生とそんなに変わらないよな」

「手だけ成長しなかった……」

「そんな時もあるさ」

「ない方がいいんだけどね」

「俺は可愛くて好きだぞ」

「ならこれでいいよ」

「……相変わらずチョロいな」

「冬夜くんだけだよ」


 綾香が俺の肩に頭を預けてくる。そのまま目を閉じて完全に寝る体勢にはいる。


「ここで寝るなよ」

「大丈夫だよ」

「……絶対寝るから部屋いくぞ」

「えー……もうちょっとお話したい」

「なら一緒に寝ればいいだろ」

「やった、もうダブルベッドとか買った方が良さそうだね」

「……それはだめだ」

「ダメなの?」

「俺の理性が持たない」

「ぶー……」

「むくれてもだめ」


 そんな綾香をお姫様抱っこで抱えて部屋まで運ぶ。綾香を寝かせた後に自分の部屋から枕だけ取ってきて、それを隣に置いて一緒に転ぶ。


「今日も一緒に寝れるね」

「もうちょっと頻度下げたいけどな」

「どうして?」

「俺の理性が限界になる」

「別に襲ってもいいんだよ?」

「よくないだろ」

「どうして?」

「だって綾香はまだ学生だし」

「でもちゃんと対策してれば大丈夫でしょ?」

「それでも万が一があるだろ」


 仮にそういうことをしてしまっても俺は責任をとるつもりだし綾香になにかするわけでもないが、それで綾香の人生が変わってしまうのは避けたい。それで学校に行けないとかはあっちゃいけないしな。


「綾香の人生のことを考えたらダメだよ」

「別に冬夜くんに捧げるしいいよ?」

「ダメだ。それで綾香や俺が悪く言われたらどうする」

「でも……」

「俺たちだけならともかく、春弥や綾香の家族とかまで悪く言われるかもだぞ」

「……うん」

「だから軽率にそんなことを言わないでくれ」

「……わかった。ごめんなさい」

「わかればよろしい」


 綾香の頭を撫でて偉いぞと言う風に褒める。直ぐに綾香の頬が緩んで蕩けた顔になる。それと同時に眠気もやってきたのか瞬きの感覚が長くなってくる。


「もう眠いか?」

「ちょっとだけ」

「なら寝ちゃおう」

「……うん」

「ほら、こっちおいで」


 綾香のことを抱き寄せて包み込む。最近よくやっていることだけどそれでも全然慣れない。こういうことをする度に綾香も女の子なんだとという事を自覚させられて毎回心臓が早鐘を打つ。


 いい加減慣れないとなと思いながら綾香の背を撫でてゆっくり呼吸を安定させる。一定のリズムですれば人は案外すぐ寝てしまうもので、1分も経たずに寝息が聞こえてきた。


「……寝たかな」


 それを気に俺は今日のことを振り返る。爺さんとの交渉はともかく先輩の事が少し気がかりだ。


 仕事の話になると声のトーンが変わっていたし、そもそも簡単にやめるとは思えない。なにかあったと考えるのが妥当だろう。


 すぐに思いつく範囲だと人間関係とかだろうか。なんでもできるってことは反感を買うだろうし、不正なんかがあればそれを直ぐに正すだろう。やってることはいい事だけどある意味では嫌われることだ。


 先輩に限って心を病むなどないだろうし、生きていける保証があるから仕事を辞めたんだろけどやっぱり気になるな。


「……これから解決すればいいか」


 上手くやれば文化祭周辺で俺の悩みや考えていることはほぼ全て解決出来るだろう。そのためにも準備はしっかりしなきゃな、と誓いを立て俺も眠りにつくのだった。

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