珍しい朝


 目覚ましの音で目を覚まし身体を起こす。寝起きはいい方だが気分的に顔を洗いたいので洗面所に行く。顔を洗ってそのまま洗濯物をハンガーとかに吊るしていく。


 それをベランダに干してから朝ごはんを作る。今日は適当な具材を挟んだサンドイッチだ。2人分を作ってテーブルの上に置いたとこで気づく綾香がまだ起きてこないことに。


「まだ寝てるのか……?」


 そう思って綾香の部屋に行く。コンコン、とドアをノックするも返事がないので仕方なく部屋に入る。


「入るからなー」


 一応声をかけて部屋に入ると綾香はまだベットの上ですやすや寝ていた。幸せそうな寝顔をしていて随分といい夢を見ているようだ。


「綾香ー朝だぞー」

「んぅ……」


 頬をぺちぺちと叩きながら呼んでみるが起きる気配はない。それどころかその手を掴んで離さないほどだ。まるでここにいてといった具合に。ちょっと前にもこんなことあったぞ。


「起きないと遅刻するぞー」


 再び声をかけるも起きる気配はない。昨日のゲームで疲れたんだろうか?それで熟睡しているとなれば俺にも少し非があるし申し訳ないけど……


「朝だぞー?」


 三度呼びかけるも返事がない。綾香の部屋の時計で時間を見るとまだ少し余裕があるが今起きなければギリギリになるだろう。てか目覚ましは器用に止めたのな。


 そこでふと名案を思いつく。これなら恐らく起きるだろうという名案を。


 俺は綾香の耳元に顔を近づけなるべく意識して声をだす。


「朝ですよ、お嬢様。起きないと遅刻してしまいますよ?」

「ひゃっ!?」


 綾香が飛び起きる。


「お、起きたか」

「い、いまのなに?」

「さぁ?」

「もしかして冬夜くんがやったの?」

「どうだろうな」

「ねぇ、もう1回!」

「そんなことしてるとほんとに遅刻するぞ」


 そういうと綾香は時計を見て時間がギリギリな事に気づく。


「やば……」

「家事は全部やっとくから自分の準備に集中しときな」

「ありがと!」


 綾香がバタバタと洗面所に駆けていく。俺は乱雑にめくられた布団を丁寧に畳んでからリビングに戻る。




 綾香はいそいそとサンドイッチを咥えながら髪をかしている。


「……髪、俺がやろうか?」

「ほんほぉ?」

「咥えてるの置いてから言おうか」


 俺は綾香の後ろに立ち髪を梳かす。綾香は先程までとは違いゆっくりとサンドイッチを食べ始めた。なぜかハムスターみたいに頬袋を作ってるけど。


 俺は一瞬髪を梳かすのをやめて人差し指でその頬袋をつつく。


「どひたの?」

「いや、なんかつつきたくなっただけ」

「ふーん」


 ほんとハムスターみたいで可愛い。そんなことを思いながら髪を結んでいく。いつも綾香は髪を結んだりしてないけど今日ぐらいは弄ってもいいだろう。


「ほい」

「ありがと……って冬夜くん髪結べたんだ」

「まぁそれぐらいはできるな」

「なんで出来るの!?」

「いつか綾香にして欲しいなって思って練習した」

「これはそれの1つ?」

「そうだな、似合ってるよ。可愛い」

「……う、うん」


 綾香が頬を紅らめて下を向く。それも可愛くて俺はセットした髪が崩れない程度に頭を撫でる。


「わっ」

「ほんとに可愛いな綾香は」

「急に褒めないでよ……」

「そう言われてもな」

「言ってもらうにも準備がいるの」

「えー……」


 ゆったりとした空気が流れる。ついこのままその空気に流されそうになるけど時間がギリギリと言うことを思い出す。


「ほら、綾香早く準備しないと」

「そうじゃん!」


 また綾香が慌ただしく準備を再開する。俺も朝ごはんの洗い物を済ませて着替えをする。1年も経てばスーツも着慣れたもので数分で準備は終わる。


 カバンの中身とかも前日に用意はしているしな。荷物を全て持って俺はリビングで待つ。


 数分もすると制服に着替えた綾香がやってくる。


「よし、出れるか?」

「うん!」


 玄関を一緒に出て鍵をかける。いつもなら俺の方が若干早く出るため綾香が鍵をかけているし、なんなら途中まで一緒に行くこととかはない。


「今日は途中まで一緒だね」

「理由は遅刻しかけてるからだけどな」

「理由なんてなんでもいいんだよ」

「そうだな」


 流石に手を繋いだりするわけにも行かないので綾香と並んで歩く。手を繋げないと言っても距離感的には手が触れそうなぐらいの距離だけど。


「遅刻しかけてもいいことはあるね」

「寝坊しないで欲しいけどな」

「それは……まぁ……」


 綾香が申し訳なさそうな顔をする。


「それはそうと今度から途中まで一緒に行こうよ」

「俺はいいけど綾香はちょっと早く起きなきゃだぞ」

「そんなに変わらないし大丈夫だよ」

「今日寝坊しかけたのに?」

「きょ、今日はたまたまだよ!」

「まぁ一緒に行けるなら一緒に行きたいな」

「冬夜くんが通報されないといいけどね」

「それが1番怖いとこだよ……」


 家にいたりする分にはいいけど外を出歩いていると通報される危険がある、とく綾香が制服を着ているときは。


「通報されても庇ってあげるからね?」

「そもそも庇われるような状況にならないけどな」

「それもそっか」


 綾香と話しながら別れるところまで一緒に歩く。長く話していたいからかそこまでの距離はいつもより長く感じた。


「それじゃあいってらっしゃい」

「おう、綾香もいってらっしゃい」

「いってきます」


 そうして名残り惜しみながら挨拶を交わして2人の朝の時間は終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る